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自森人-自由の森学園の人-の読書ブログ
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★★★★★

著者:  カート・ヴォネガット
出版社: 早川書房

  アメリカ軍兵士、ビリー・ピルグリムの物語。彼はトラルファマドール星人と出会い、彼らの哲学に触れ、いつでも過去と現在と未来を行き来しています。物語自体も飛散したビリー・ピルグリムの記憶の欠片を拾い集めていくような感じです。時系列に沿っていないし、細切れ。彼は第二次世界大戦に参加し、戦場をふらふらしていたらドイツ兵に捕らえられます。そして、ドイツのドレスデンにあった使われていない屠殺場に連れていかれ、捕虜としてそこに収容されます。彼は辺りを珍しげに見渡します。芸術品のように美しいと評されるドレスデンの町並みが程なくして爆撃によって月面のようになってしまうことを知っていたからです・・・

  奇怪な小説。

  「大量殺戮を語る理性的な言葉など何ひとつない」とヴォネガットは宣告し、ポップでぐだぐだな文体を用いて戦争を綴ります。

  とくに印象的なのは、トラルファマドール星人。時間を超越した四次元の生物。彼らは人間とは異なっていて過去と現在と未来を区別しません。そして、何も変えることはできず、世界はすでに確定しているものとして受け止めています。彼らは「自由意志」などというものを真面目に論じているのは人間だけだと人間に向かって告げます。

  ヴォネガットの実体験を基にした小説だそうです。目の前で、10数万人の人間が虐殺され、美しい街が月面のようになってしまっても主人公=ヴォネガットは動じません。怒らず、嘆かず、悔いることもなく、ただ受け入れるだけです。「そういうものだ」という言葉が何度となくくり返されます。呆れますが、共感します。いかんともしがたい事態に直面したとき、人はそれを許容するしかないのではないか、と感じます。なぜなのか、と問うことは無意味だと感じることはしばしばあるのではないか。

  しかし、ヴォネガットは語り、書くことをやめるわけではありません。あくまで誠実に自分が遭遇した事態を綴っているのです。世界を構造的に理解するために、人類はこれまで多くのことを学んできたはずなのにその学びはたいてい活かされず、むしろ悪用されてきました。それらを踏まえれば、ヴォネガットの無力感も理解できます。

  第二次世界大戦は、生きることさえナンセンスにしてしまったのかも知れない、と感じます。


自森人読書 スローターハウス5
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★★★★

著者:  コードウェイナー・スミス
出版社: 早川書房

  短編集。『スキャナーに生きがいはない』『星の海に魂の帆をかけた少女』『鼠と竜のゲーム』『燃える脳』『スズダル中佐の犯罪と栄光』『黄金の船が・・・おお! おお!おお!』『ママ・ヒットンのかわゆいキットンたち』『アルファ・ラルファ大通り』 収録。

  『スキャナーに生きがいはない』
  主人公は、スキャナーのマーテル(スキャナーとは<空のむこう>で人間を守るため自ら志願して肉体を機械化した人間たち)。マーテルはクランチに入り妻との日々を楽しんでいたのに、突如として緊急召集されます。スキャナーたちは自分たちの存在意義を失わせる男を殺そうとしていました。マーテルは反対し・・・

  『星の海に魂の帆をかけた少女』
  主人公はヘレン・アメリカとミスター・グレイ=ノー=モア。ヘレン・アメリカは初めて星の海に〈魂〉の帆をかけた畸形の女性。グレイ=ノー=モアは一ヶ月(その間に40年分老化)かけ、母なる惑星へ現れた老人。2人は惹かれあい・・・

  『鼠と竜のゲーム』
  人類は平面航法を理解し、宇宙にはばたいていきます。しかし、航海中船員が何者かに襲われ、発狂する事件が多発。エスパーは、その襲撃者を竜のようなものと看做し、光で撃退します。しかし、そのためにはパートナー=猫が必要でした。猫たちは、襲撃者を鼠として捉えていて・・・

  『燃える脳』
  最高のゴー・キャプテンとして知られているマーニョ・タリアーノとその妻ドロレス・オーの物語。悲劇。

  『スズダル中佐の犯罪と栄光』
  主人公は、クルーザーの艦長スズダル中佐。彼はアラコシア人の襲撃を受けます。それをある違法な方法で撃退するのですが、極刑に処され・・・

  『黄金の船が・・・おお! おお!おお!』
  辺境の惑星を支配する独裁者ラウムソッグ大公は地球征服をたくらみました。補完機構はそれに対応します。

  『ママ・ヒットンのかわゆいキットンたち』
  盗賊ベンジャコミン・ボザートは、惑星ノーストリリアに侵入し、ストルーンを盗み出そうとするのですが・・・

  『アルファ・ラルファ大通り』
  人類補完機構は《人間の再発見》を容認し、地球の人類を安全で満足できる管理から解き放ちます。新フランス人となった2人は・・・

  「人類補完機構」シリーズ。

  サイエンス・フィクションというよりは、宇宙規模で繰り広げられる伝説といった方が正確ではないか、と感じます。言葉遣いが特徴的です。詳しい説明がないためにかえって、その世界が壮大に感じられます。あとは猫が様々な場面で登場するところが愉快。


自森人読書 鼠と竜のゲーム
★★

著者:  恩田陸
出版社: メディアファクトリー

  『私の家では何も起こらない』は恩田陸の連作短編集。『私の家では何も起こらない』『私は風の音に耳を澄ます』『我々は失敗しつつある』『あたしたちは互いの影を踏む』『僕の可愛いお気に入り』『奴らは夜に這ってくる』『素敵なあなた』『俺と彼らと彼女たち』『私の家へようこそ』『附記・われらの時代』収録。

  多分ホラー小説。

  ある女流作家は、小さな丘の上に建つ二階建ての古い家に住むことにします。しかし、その館は幾つもの悲惨な事件・出来事の舞台になっていて・・・

  随分と不気味な物語ばかりが収録されています。マリネにされたこどもがでてきたり、殺し合う姉妹ができたり、自殺した少年が出てきたり。『私の家では何も起こらない』どころか、いろいろなことが起こりまくりです。

  ぞっとしますが、さほど怖いわけではありません。いかにも恩田陸っぽい小説、としか書きようがないです。決してつまらないというわけではないし、端正な作品ばかりなのですがなんとういうか微妙だし、しかもそれが面白さにも繋がっていない気もします。恩田陸の作品にはいつも期待しているのに、そのたびに期待をはずされている様な気がします。

  女流作家というのは「O」という人。恩田陸か、と書くのも野暮か。

  まぁフィットする作品を書いてくれたら嬉しいなぁ、とは思いますが、期待はずれでも構わないかなぁ、と感じます。それなりに楽しめます。


自森人読書 私の家では何も起こらない
★★★★★

著者:  ジーン・ウルフ
出版社: 国書刊行会

  〈物語の設定〉 双子惑星サント・クロアとサント・アンヌでは、地球から移住してきた人類が繁栄しています。そして、かつてサント・アンヌに住んでいた原住民は人類によって駆逐され、滅亡したことになっています。ですが、原住民を見かけたという噂は絶えません。学者の中には、何にでも変身できる原住民は人類ととって代わり、人類を滅ぼしてしまったのだという人もいるのですが・・・ 3つの中篇によって構成されています。『ケルベロス第五の首』『『ある物語』ジョン・V・マーシュ作』『V.R.T.』収録。

  『ケルベロス第五の首』
  物語の舞台は、奴隷売買で栄える惑星惑星サント・クロワの中の一都市ポール・ミミゾンにある娼館「犬の家」。少年の回想です。かつて、少年は家庭教師ミスター・ミリオン、弟デイヴィットとともに「犬の家」で生活しています。他にも父と叔母ジーニーが住んでいるのですが顔を合わせることはありませんでした。ある日、父に呼ばれ、ナンバーファイブという名前を与えられ、様々なことを問われるようになります。それと前後して、少年は弟とともに、美しい少女フィードリアと出会い、演劇の公演を行うようになります。

  『『ある物語』ジョン・V・マーシュ作』
  マーシュが採集し、書き記した「アボ」の伝説が綴られています。物語の舞台はサント・アンヌ。「揺れるスギの枝」は「東の風(ジョン・イーストウィンド)」と「砂歩き(ジョン・サンドウォーカー)」を産みます。「東の風」は川に誘拐されてしまいます。ですが、「砂歩き」はたくましく成長していき・・・

  『V.R.T.』
  囚人143号はなぜか逮捕され、監獄に閉じ込められてしまいます。物語は、囚人143号の手記や日記、彼を尋問したときの記録などを読み続ける取調官の視点から綴られています。少しカフカっぽいです。

  SF小説。

  非常に魅力的な小説。まず、細部が素晴らしいです。とくに、『『ある物語』ジョン・V・マーシュ作』は面白いです。伝説や神話のような壮大さが感じられるし、それでいて謎に満ちているのです。

  何を書いてもネタバレになりそうだけど、ネタバレはありえない気もします。なぜならば謎解きが存在しないからです。『V.R.T.』は自分殺しの物語ではないか、という推測は成り立つけれど、それが正しいのか判定することは出来ません。自分とは何か、記憶とは何か、歴史とは何か、様々なことを考えさせられます。


自森人読書 ケルベロス第五の首
★★★★★

著者:  神林長平
出版社: 早川書房

  『戦闘妖精・雪風』シリーズ第3作目。『グッドラック』の続編。さらに、思弁的かつ抽象的な物語になってきています。戦闘シーンはほとんどありません。

  情報軍に属するロンバート大佐はジャムと組んでFAFを乗っ取るべくクーデターを起こします。彼は不可解なジャムになりきることでジャムに打ち勝とうとしていたのです。そして、クーデターを起こしてから、すぐに地球に在住しているジャーナリスト、リン・ジャクスンへ向けて手紙を書きます。それは、人間に対する宣戦布告でした。

  友達に借りた本なのですぐに読もうと思っていたのに、分厚くてその上2段組なので、読みきるのに時間がかかりました。非常に面白かったのですが、これまでの2作以上に難解なので何度も訳が分からなくなりました。登場人物は、誰もが理屈に拘ります。とにかく徹底的に理屈を捏ね繰り回すのです。疲れるけど愉快です。

  クーリィ准将の存在というものが非常に巨大になってきます。彼女が特殊戦というものの性質を決定付けるからです。

  あと、機械である雪風に擬似的な人格のようなものが生まれたことが明確になる部分が面白いです。むしろ、人間の意識は機械に見透かされているということまで明らかになり、状況はさらに複雑怪奇になります。誰が敵で、誰が味方なのかよく分かりません。

  しかも、不確定性の原理についても語られだすので混乱します。SFとしてはありがちなネタではある気もしますが、それにしても様々な要素が盛り込まれすぎていてよく分からなくなってくるのです。しかし、著者の狙いはそれなのかも知れません。

  続編が非常に楽しみです。


自森人読書 アンブロークンアロー-戦闘妖精・雪風
★★★

著者:  飛浩隆
出版社: 早川書房

  物語の舞台は、南欧の田舎をモチーフにした仮想空間「数値海岸」。そこでは、1050年の間、永遠のヴァカンスに倦むこともなくAIたちが同じ夏の1日を繰り返していました。ホストである人間が現れなくなったからです。ある日のこと、十二歳の少年ジュール・タピーはジュリーとともに硝視体<グラス・アイ>を拾うため海岸へ赴きます。ですが、区界を破壊する<蜘蛛>が現れ・・・

  SF小説。

  ヴァーチャル空間を舞台にしたSF小説は数多く存在しています。だから、『グラン・ヴァカンス』自体に独創性というものを感じることはないし、使い古された設定の焼き直しということもできます。だけど、描写が凝っていて、物語も面白いです。

  キャラ設定などは、いかにも漫画的/映像的。構成は練られているようには感じられません。とはいえ、小説でしか表現できないようなものもしっかりと盛り込まれています。

  官能的、かつグロテスク。

  気持ち悪いところがいいです。ヴァーチャル空間が舞台だからこそありえる幻想性というか、脆弱な世界の描き方が秀逸。物語の中に、全ての基盤がぐらっと揺らぐ瞬間というものが存在します。くらくらします。

  文章はさほど巧いとは感じられません。日本語として変な部分が多いので気になりました。主語が明確ではなくて妙にぐらぐらしています。けれど、そういう文体が作品の雰囲気を形作ってはいるし、軽いので非常に読みやすいです。


自森人読書 グラン・ヴァカンス-廃園の天使〈1〉
★★

著者:  ロバート・J・ソウヤー
出版社: 早川書房

  ブランドン・サッカレー(ブランディ)と、マイルズ・ジョーダン教授(クリックス)は恐竜が滅びた理由を探るため、6500万年前にタイムスリップします。ですが、2人はテスという一人の女性を巡って争っている最中でした。そのため、彼らは恐竜と出会うのですが、なかなか協調できません。そうして2人がいがみ合っているうちに恐竜の体内からは青いゼリーのようなものがでてきて、しかも恐竜が喋りだし・・・ というようなことが書いてある文書をブランドンは発見し、困惑するのですが・・・

  優れたSFミステリ。

  恐竜が滅びた理由、恐竜が巨体を保つことが出来た理由などなどが次々と解明されます。それらの真相はまったくもって奇想天外というしかなく、SFとして非常に面白いです。

  タイムマシン、恐竜、異星人などなどが登場し、その上『さよならダイノサウルス』というタイトルなので、少し安っぽい印象も受けますが、作品自体はそれほど古臭くも安っぽくもないです。サクッとした軽いミステリとして読むことができるからです。

  謎と伏線が散りばめられています。というより、謎と伏線だけの物語といってしまっても良いのではないか。もう少し重みとか、深みみたいなものが欲しい気がしないでもないのですが、謎解きだけの物語というのもそれはそれで面白いです。それにしても、うまい具合に全ての要素がポンポン回収されていくんだなぁ・・・ 本当におみごと。

  サクッとしているけど、恐竜好きにとってラストは非常に悲しいかも知れません。


自森人読書 さよならダイノサウルス
★★★

著者:  R・A・ラファティ
出版社: 角川書店

  『どろぼう熊の惑星』はR・A・ラファティの日本版オリジナル短編集。『このすばらしい死骸』『秘密の鰐について』『寿限無、寿限無』『コンディヤックの石像』『とどろき平』『また、石灰岩の島々も』『世界の蝶番はうめく』『処女の季節』『意思と壁紙としての世界』『草の日々、藁の日々』『ダマスカスの川』『床の水たまり』『どろぼう熊の惑星』『イフリート』『公明にして正大』『泉が干あがったとき』『豊かで不思議なもの』収録。

  奇天烈な法螺吹きSF小説ばかりが収録されています。

  童話のように残酷。すぐに人間が殺されたり、首をちょん切られたりします。随分とシュールなのですが、シュールとかそういう言葉で説明するのは少し違うかもしれません。小説というよりは、おとぎ話といったほうがぴったりきます。

  言葉遊びに満ち、偶然が物語を支配しているようにみえて、しっかりとしたストーリーが存在しています。物語がどのように展開していくか読めないことも多くてはらはらします。

  分かりやすい『寿限無、寿限無』などはとくにおかしかったです。しかし、もう少しよく分からない短編もそれぞれ面白い。寓話的な『泉が干あがったとき』もいいなぁ、と感じました。

  『寿限無、寿限無』
  優柔不断な天使ボシェルは罰を受けます。6匹の猿にランダムにタイプを打たせ、シェイクスピアの全著作が収録されている<ブラックリスト・リーダーズ版>を一文字違わず再現するように命じられたのです。しかし、何千年たっても何万年たっても、完成せず・・・

  『泉が干あがったとき』
  泉の水が干あがってしまい、人々のアイディアは枯れてしまいます。事態を憂慮した有識者が集まるのですが、彼らも意味があることを考え付くことが出ません。それはどうしてなのか、というと多くの生物がはぐくんできた創造的なものを生み出す泉を、人間が勝手に、しかも大量に消費尽くしてきたから。


自森人読書 どろぼう熊の惑星
★★★★★

著者:  ウィリアム・ギブスン
出版社: 早川書房

  主人公はカウボーイ(ハッカー)のケイス。彼は千葉市(チバシティ)にてリンダ・リーという女性と出会い、付き合うようになりますが、リンダはケイスとともにドラッグや酒に溺れていきます。一方、ケイスは依頼主を裏切ってしまい、脳神経を焼かれ、ジャックイン(電脳世界への接続)できなくなってしまいます。彼は能力を取り戻そうとするのですが、全身に武装インプラントを施したモリィという女性と出会い・・・

  SF小説。

  1984年に発表されたウィリアム・ギブスンのデビュー作。サイバーパンクの最高傑作とたたえられているそうです。それも納得。

  鮮烈なのです。

  ドラッグや酒、セックスに満ちている退廃的で美しくない未来が描かれています。そして、「マトリックス」と呼ばれる電脳空間(サイバースペース)が登場。ヴァーチャル・リアリティ(仮想現実)が登場したことによって現実と架空の狭間が曖昧になっていく様子が生々しく描かれています。とにかく、イカれていてどこまでも異様なところが面白い。

  そして文体も素晴らしいです。様々なものが積み込まれ、ミックスされていて読みづらいのですが、一文一文が妙に装飾的でギラギラしていて疾走していて、それでいて詩のようです。各章のタイトルから「第一部 千葉市憂愁(チバ・シティ・ブルーズ)/第二部 買物遠征(ショッピング・エクスペディション)/第三部 真夜中(ミッドナイト)のジュール・ヴェルヌ通り/第4部 迷光仕掛け(ストレイライト・ラン)/結尾(コーダ) 出発(デパーチャ)と到着(アライヴァル)」という感じ。黒丸尚の訳がいいのか。

  『ニューロマンサー』は、『マトリックス』や『攻殻機動隊』など、様々な小説・映画に多大な影響を与えています。それだけでなく、現実にも影響を与えたと思われます。一部の研究者やSF好き、オタクたちのものだったサイバースペースやネットやヴァーチャル・リアリティという概念やものが、その後クールなものとしてもてはやされるようになっていくのです。それだけ『ニューロマンサー』の描き出した、どこか壊れているのに先進的ともいえる未来像が衝撃的だったということではないか。

  『ニューロマンサー』とは、ニューロン(神経)とニュー・ロマンサー(新浪漫主義者)とをかけた言葉だそうです。

  84年のヒューゴー賞、フィリップ・K・ディック賞、85年のネビュラ賞、雑誌『SFクロニクル』誌読者賞、ディトマー賞受賞作。


自森人読書 ニューロマンサー
★★

著者:  山田正紀
出版社: 徳間書店

  主人公は天才情報工学研究者の島津圭助。彼は非常に頑固な男でした。若くして成功するのですが、古代遺跡の石室に刻まれた“古代文字”を目にした後に崩れる石室の中で気絶。目覚めると、嫉妬に狂う周囲の人間によって自分が石室崩壊の過失の責任を取らされ、出世街道からひきずりおろされたことを知ります。彼は怒るのですが、その後“古代文字”を解読しているとき、その言葉が人間には理解できない論理構造を持っていることがわかり・・・

  ソフトなSF小説。山田正紀のデビュー作。

  小道具は古臭いし、人物描写は類型的。そして、ハードボイルドチックで少しナルシスティックな主人公には違和感を覚えます。しかし、それでも日本SFの古典といわれるだけのことはあると感じました。なぜ人間が神を理解できないのか、という問いに対して、論理レベルが違うから、という回答をもってくるところがみごと。

  それによって、神を「認識できないけど、厳然とあるもの」にしてしまうのです。そして、神との戦いが実現。あまりにも魅力的なテーマなので感動します。じれったい神の描写も、随分とまどろっこしくてなかなかに面白いです。

  なんだか石ノ森章太郎の漫画を連想しました。それくらいサクッとしていて軽いです。

  しかし、ラストの辺りには失望させられました。なんというか、安っぽくてあやしげなサスペンスっぽくなってしまうのです。まぁ、デビュー作なのだし、拭えない安っぽさや作為的な文章がにじみ出てしまうのも仕方ないか。むしろ、これがデビュー作だということに驚くべきなのかも知れません。とはいえ、もうひとひねりすれば物凄い傑作になる気がします。

  第6回星雲賞受賞作。


自森人読書 神狩り
★★★★★

著者:  ブライアン・W・オールディス
出版社: 早川書房

  物語の舞台は未来の地球。膨張しつつある太陽の影響を受け、地球の自転は停止し、昼側の世界では様々な進化をなしとげた凶暴な植物たちが大陸中を埋め尽くすようになります。糸をめぐらし、月に到達した蜘蛛的な植物ツナワタリなども登場。動物はほとんど滅亡寸前であり、人間もかつての知恵を失い、原始的な生活に戻っています。リリヨーに率いられた一団は、次々と仲間を失いつつも、なんとか命をつないでいるのですが・・・

  1962年に発表された、奇想天外なSF小説。

  とにかくぶっ飛んでいます。奇想を極めようとしているようです。サイエンス・フィクションっぽくなくて、むしろ伝説か神話のようです。だから、地球の自転が停止している(本当にそうなったならば、昼の側は灼熱の世界に、夜の側は極寒の世界になるのではないか)、とかそういう無茶な設定であっても受け入れられます。

  奇怪な進化を遂げた植物が山のように登場します。地球と月を糸で繋いでしまう蜘蛛のような生物ツナワタリ。知恵を貯蓄し、他の生物に取り付く醜悪なキノコ、アミガサダケなどなど。どの生物も非常に印象的。グロテスクな生物ばかりだけど、なぜか想像できるし、愛着が湧きます。

  物語自体も非常に面白いです。原始的な生活の中で、人間はあっさりと殺されていきます。主人公グレンはそのような状況に対応するためなのか、粗暴な面をよく垣間見せます。その部分もリアリティがあります。共感できないけど。

  宇宙の謎が解明される部分には感心しました。ただ、少し詰め込みすぎな気がしないでもないです。綻びというか、無茶な部分が各所にあります。とはいえ、これだけの分量に様々な要素がぶち込まれているからこそ、物凄いと感じるのかも知れません。とにかく、インパクトがあるし、その植物によって支配されている世界に惹きこまれます。

  『風の谷のナウシカ』など、植物が支配する世界を描いたファンタジー・SF作品はたいがい影響を受けているのではないか。

  ヒューゴー賞受賞作。


自森人読書 地球の長い午後
★★★

著者:  カート・ヴォネガット
出版社: 早川書房

  主人公は、全米一の大富豪マラカイ・コンスタント。彼は、あらゆる時と場所に波動現象として存在するウィンストン・ナイルズ・ラムファードによって選ばれます。そして、「最大の受難者」として太陽系の様々な星を右往左往することになります。そうして、最終的には土星の衛星タイタンにたどり着くのですが・・・

  奇怪な小説。

  一般的にはSFに分類されているけど、サイエンス・フィクションにしては妙に哲学的。人間が自由意志を持つとはどういうことなのか、全能というのはいったいどういうことか、考えさせられます。とはいえ、決して重厚ではなく軽妙。荒唐無稽、もとくは「ぶっ飛んだ」と言う言葉がぴったりくるような展開には翻弄されるばかりです。

  とはいえ、文体と物語はとても軽いのにそれでいてシニカルで、なんというか虚無的。いかにもいきあたりばったりで、まるでどこにも意味あるものなど存在しないとでも言いたいかのよう。タイトルにすら深い意味はないようなのです。SF小説というもののパロディとして読むことも可能です。とにかく諧謔に満ちています。

  基本的に、ジョークはそれほどどす黒いことはなくてからっとしているけど、やっぱり妙に哀しいです。人間というものは、やりきれない、と感じさせられます。

  けど、完全な闇黒に追い落とされるというわけでもありません。どこまでも醒めきってしまい、全てのものが剥がれ落ちたあとにも愛はある、という、ある意味では安っぽいし、吹けば飛ぶような悟りがもたらされます。それは物凄く軽いけど、それでいて重い答えのような気がします。

  爆笑問題の太田光がことあるごとに絶賛していますが、その感覚はよく分かります。

  それにしても、ヴォネガットの小説には、ぞくっとするほど印象的なセリフが満ちています。「だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたら、それはだれにもなにごとにも利用されないことだ」とか。


自森人読書 タイタンの妖女
★★★★★

著者:  J・G・バラード
出版社: 東京創元社

  フォート・イザベル癩病院に務めているエドワード・サンダーズ博士は、クレア博士夫妻から貰った手紙が検閲されていたことに不審を抱き、夫妻の住むカメルーンを訪れます。彼は奇妙な感覚に囚われます。白と黒がくっきりと分かれていて、妙に世界が薄暗いのです。サンダーズ博士はそこでジャーナリスト・ルイーズ・プレと出会い、親しくなり、彼女とともに行動します。そして、結晶化した植物を見つけ、右腕が結晶化した男の死体が流れてくるのを発見します。それはルイーズの知り合いでした。いったい何が起きているのか?

  陰影に富んだSF小説。

  対照的な白と黒のイメージがふんだんに用いられているため、まるで銅版画のようです。何もかもが単色で、くっきりとしています。どろどろした人間関係が渦巻いている上に、じっとりとして薄暗い現実世界に、華麗な水晶の世界が少しずつ割り込んできます。

  あまりにも壮烈で、それでいてグロテスクで美しい現象の中にあって人々は決断を迫られます。結晶化すると、その生物は死なずにその状態のまま取り込まれます。ようするに不死性を手に入れられるわけです。現実世界にとどまって死ぬか、それとも結晶世界にとりこまれるか?

  劇的なストーリーなのですが、全体としては淡々としていて哲学的です。妙にしっとりとしています。宇宙がじょじょに結晶化していくというのに、主人公サンダーズはそれをどうすることもできずにただ受け止めます。そして不倫相手であるスザンヌ・クレアと彼女の面影を感じさせるルイーズ・プレの間を行き来します。様々な人物が登場するのですが、たいてい病んでいて、彼らの愛憎劇はなんだか妙に暗くて象徴的。

  結晶を溶かすことができるのは宝石のみなのですが、主人公はそれらを埋め込んである十字架(キリスト教の象徴)を手に持ち、結晶化した世界をぐりぬけ、脱出します。ですが・・・

  非常に引き込まれます。恐ろしく美しい終末を描き出す物語。


自森人読書 結晶世界
★★★★★

著者:  グレッグ・イーガン
出版社: 早川書房

  『祈りの海』はグレッグ・イーガンの日本オリジナル短編集。『貸し金庫』『キューティ』『ぼくになることを』『繭』『百光年ダイアリー』『誘拐』『放浪者の軌道』『ミトコンドリア・イヴ』『無限の暗殺者』『イェユーカ』『祈りの海』収録。

  『貸し金庫』
  眠るたびに様々な人間の体の中を飛び移ってしまう男が主人公。彼は、貸し金庫の中に自分を宿した何千もの人間の記録を書き溜め、その現象について考えようとしていたのですが・・・

  『キューティ』
  子供が欲しくてたまらない男は、4年で死ぬ赤ん坊に似た生物を買います。そしてキューティと名付けるのですが、あまりにも可愛いので・・・

  『ぼくになることを』
  <宝石>を頭のなかに埋め込むことが普通になりました。多くの人はそれに自分そのものを記憶させ、ある年齢に達したら、脳を捨てて<宝石>に乗り移り、老衰を免れました。ですが主人公は、<宝石>が自分といえるのか分からず、苦悩しますが・・・

  『繭』
  ある企業が、胎盤の組織を改変することで胎児を様々な汚染物質から守る繭を開発しようとしていました。ですが、その企業の研究所が爆破されます。ゲイの主人公はその謎を追うのですが・・・

  『百光年ダイアリー』
  日記を読めば、未来のことが分かってしまうようになりました。しかし、日記はすでに記されていた通りにしか記すことが出来なくて・・・ 自由意志とはなんであるのか、問う作品。

  『誘拐』
  妻を無事に帰して欲しければ金を払え、と映話がかかってきます。主人公は慌てて確認すると妻は無事で・・・ そこそこに面白いです。

  『放浪者の軌道』
  突如として思考・思想が感染するようになり、人々はある考え方を持った集合体となっていきます。それを嫌う主人公は、フリーウェイを歩き続けるのですが・・・ 秀逸。「どこにも属さない」ことを目指していたのに、もしかしたら「どこにも属していないグループ」に属していることになっているのかも知れない。

  『ミトコンドリア・イヴ』
  「全ての人間は、一人の女性の子孫にあたる」ということを科学的に証明し、それだから人種は越えられると呼びかけ、世界に平和をもたらそうとするグループが現れます。主人公は違和感を覚えつつ、恋人に説かれ、彼らに協力するのですが・・・

  『無限の暗殺者』
  主人公は暗殺者。無限の平行世界を巻き込む渦を巻き起こす犯人を探し出し、殺そうとするのですが・・・ 多分、収録されている中で最も難解。

  『イェユーカ』
  主人公は医者。ウガンダで奇病・イェユーカを追いかけるのだけど。医療を扱った作品。

  『祈りの海』
  物語の舞台は惑星コヴナント。そこに移住した人々は海と陸に分かれていきました。そして生殖の方法も大きく変化していました。主人公マーティンはおもりをつけられて海に沈み、恍惚感に浸ります。そして、教会に属するのですが。

  非常に硬質な物語ばかり。

  世界とは?遺伝子とは?自分とは?個性とは?生命とは?未来とは?時間とは?並列世界とは?思想とは?次元とは?医療とは?宗教とは?神とは? 様々なことを考えさせられます。「アイディアは面白いけど、ストーリーが面白くない。アイディアだけの小説」などと評されることもあるようですが、科学が生み出す奇怪な世界とそれの問題に真正面から挑みかかる骨太な物語には惚れ惚れします。これこそがSFなのではないか。


自森人読書 祈りの海


著者:  田中ロミオ
出版社: 小学館

  『人類は衰退しました③』の続編。

  人類が衰退して数世紀がたちました。人類最後の学校を卒業し、調停官となった旧人類の少女は、新人類「妖精さん」たちと仲良くなります。妖精さんたちはお菓子が大好きな小人さん。わらわらと集まるととんでもないことをしでかすのですが、すぐに散らばってしまいます。『妖精さんの、ひみつのこうじょう』『妖精さんの、ひょうりゅうせいかつ』収録。

  『妖精さんの、ひみつのこうじょう』
  クスノキの里は、食糧不足に悩まされていました。それで鶏を数羽絞めることにしたのですが逃がしてしまい、その後なぜか加工済みのチキンが森の中を走り回り・・・

  『妖精さんの、ひょうりゅうせいかつ』
  クスノキの里に妖精が密集していることが判明。あまりにも集まるのはよくないだろうということで、私は一度里を離れることにしました。

  もうマンネリ化しつつある気もするのだけど、なかなかに面白いです。というか、ライトノベルというのは、たいていダラダラしていて、同じようなはなしを際限なく繰り返すものといえます。それを考えてみれば、『人類は衰退しました』も非常にまっとうと言えるかも知れません。

  突如としてグロテスクなものがひょいと投げ込まれるところが笑えます。加工済みのチキンが走り回る、とか。

  けどそろそろ飽きてきた・・・


自森人読書 人類は衰退しました④
★★★★★

著者:  ダグラス・アダムス
出版社: 新潮社

  朝起きるとアーサーの自宅の前にブルドーザーが現れました。バイパス建設に邪魔だからアーサーの家を破壊しようとしていたのです。彼は抵抗しますが、なぜか友であるフォードに連れ出され、酒場へ。そして衝撃的なことを告白されます。フォードは、ベテルギウス人(宇宙人)であり、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の遊軍記者として地球に来ていたというのです。そして、もうすぐ地球に最後が訪れるとも聞かされます。その言葉通り、地球はヴォゴン人の船団によってバイパスを作るために消滅させられます。アーサーとフォードは宇宙に放り出され、銀河をヒッチハイクするはめになります・・・

  バカバカしくて不真面目で壮大なSF小説。

  不条理なSF小説を書くことで知られているヴォネガットと似ていますが、こちらの方が哲学的ではなく、もう少しバカっぽいです。意識的に笑わせようとしているのが感じられます。あまり笑えないけど、そのうまく当たらない感じ、ちょっとしらける感じが物凄く良いです。笑いを巻き起こすわけではないのに、面白いジョークというものが世の中にはあるのだなぁ、と感心しました。

  登場人物たちはたいてい変です。というか、むしろ奇人変人しか登場しません。とくに愉快なのは、ロボットのマーヴィン。彼は人嫌いで、その上鬱病。とにかく暗くてブツブツと悲観的なことを呟いているので誰からも避けられます。あとはいちいち口を挟む機械たちもおかしすぎるし、ヴォゴン人イェルツの詩の朗読もおかしい・・・

  そして、時折挟まれる『銀河ヒッチハイク・ガイド』という書物の記述もいちいちおかしいです。本当に奇妙な味。

  最後には、地球が作られた理由まで明かされてしまいます。そして本当の地球の支配者まで登場してしまいます。なんというか、全面的に42。


自森人読書 銀河ヒッチハイク・ガイド
★★

著者:  コニー・ウィリス
出版社: 早川書房

  物語の舞台は、近未来のハリウッド。そこではデジタル技術が発達し、昔の名優たちを使い回したリメイク映画ばかりが山のように作られていました。映画マニアの大学生トムは、あるパーティでアステアに憧れる女子学生アリスと出会い、彼女にひとめぼれ。彼女は今では作られることのないミュージカル映画に出演したいと望んでいたので、それは無理だとトムは忠告するのですが、アリスは去ってしまいます。その後トムは古い映画の中にアリスを見つけ・・・

  甘いラヴストーリー。

  映画ネタが満載。ハイパーテキスト的。知らない映画も多かったため、あまり入り込めなかったのですが『スター・ウォーズ』の一場面がでてきたときには面白いな、と感じました。

  不適切な場面があったからと言って、それを修正してしまっていいとは考えていない主人公トムには共感しました。それが当たり前の感覚ではないかと思うのですが、昔の映画を見ると差別用語や問題のある場面が抹消されていることもけっこうあります。隠せばいいという問題ではなくて、むしろ隠すことでそれを多くの人に意識させてしまう気もするのだけど。

  それはさておき、物語的に最も重大なのは、アリスのことです。

  トムはアリスが古い映画の中に出演しているのを発見し、タイムトラベルの結果なのかどうなのか考えていきます。その結果、意外なことが明らかになります。その問題が鮮やかに解決される部分がみごとです。そして最後にはハッピーエンドが待っています。

  ローカス賞受賞作。


自森人読書 リメイク
★★★★

著者:  クリストファー・プリースト
出版社: 国書刊行会

  『限りなき夏』はクリストファー・プリーストの日本オリジナル短編集。『限りなき夏』『青ざめた逍遙』『逃走』『リアルタイム・ワールド』『赤道の時』『火葬』『軌跡の石塚』『ディスチャージ』収録。

  『限りなき夏』
  1903年の夏の日。トマスは愛するセイラに告白しようとします。しかし、その瞬間、凍結者によって彼女は「活人画(タブロー)」にされてしまい、凍結。トマスはいつまでもいつまでも、セイラが動き出すのを待ち続けるのですが・・・ タイムトラベルと恋愛、その2つの題材は非常にマッチするものなのかも知れない、と改めて感じました。最高のSF小説として絶賛する人も多い、『夏への扉』にしてもそうだし(僕は『夏への扉』はそれほど好きではないけど)。

  『青ざめた逍遙』
  幼い少年はフラックス流路を飛び越え、未来に飛び、若い女性にひとめぼれ。その後、少年は何度も未来へ飛び、遠くから彼女を見つめ続け・・・

  『逃走』
  押し寄せる少年たちに囲まれつつ、車を走らせ続ける上院議員は・・・ 不気味な週末を描いた短編。著者のデビュー作。

  『リアルタイム・ワールド』
  惑星に設置されたコロニーの中で様々なことを研究している学者たち。主人公ダンは、彼らに様々なニュースを伝える役目を背負っています。しかし実はその反応をみることが目的で・・・

  『赤道の時』
  この短編から、夢幻群島(ドリーム・アーキペラゴ)シリーズになります。『赤道の時』はその舞台となる世界についての説明。不可思議な渦のことが語られます。

  『火葬』
  叔父の代理として葬式に参加したグライアンは、島の慣習を知らないために怯え、何ごとも起こさないように注意していました。ですが、謎の女性の挑発を受け・・・ スライムという気持ち悪い生物が登場。かなり怖いです。

  『軌跡の石塚』
  主人公は、昔からジェスラという地に住んでいました。ですが、子どもの頃伯母らに会うため荒涼としたシーヴルに何度か赴いたことがありました。今回、親族の遺品を整理してほしいと頼まれたため、女性の警察官とともに何年かぶりにシーヴルへいきます。少し神秘的。

  『ディスチャージ』
  わたしは徴兵から逃れるため夢幻群島へくるのですが、そのとき不意に自分が画家だったことを思い出します。そして触ると画像が溢れてくる絵を描き続けるのですが。少し危なくてやたらとエロいです。


自森人読書 限りなき夏
★★★★

著者:  神林長平
出版社: 早川書房

  FAF(人類が結成した空軍)は、人類と地球を守るために惑星フェアリイで未知の存在ジャムと日夜戦い続けていました。ですが、一進一退の戦況に苦しめられます。その中でも、特殊戦に属する主人公・深井零は戦術戦闘電子偵察機・雪風に乗り込んで雪風とともに、孤独な戦いを続けていました。彼の任務は、味方を見捨ててでも戦闘の情報を得て、それを確実に持ち帰るというものでした。彼は雪風を恋人のように思っていました。しかし、戦いの中で機械に意思があるのかも知れないという思いを強めるようになります。そして、雪風から射出されたことでショックを受け、眠ったまま起きなくなってしまいますが・・・

  『戦闘妖精・雪風』の続編。

  前作以上に状況は過酷に、そして複雑になってきます。

  ジャムの正体がじょじょに明らかになってくるのですが、それとともに寄り合い所帯に過ぎないFAFというものの脆さも明らかになってきます。その中で、FAF内の一部隊に過ぎない特殊戦(とあとは情報軍)の重要性が増してきます。自分の保全しか目指さない冷徹な個人の集まりである特殊戦こそが、最も強力な組織である、という予想外の事実が明らかになるからです。

  零とブッカーの厚い友情関係は続きます。

  ですが、零と戦闘機・雪風の関係は変化していきます。機械は意識を持つのか、ということが再三論じられ、結局結論は出ないのですが、意識のようなものを宿すということが明確になってくるからです。雪風も、人と変わらないような存在として認識せざるを得ない状況が生まれてくるわけです。

  最後に愛という単語が出てきます。とうとうそこにまでたどり着くのか、と感心してしまいました。続きがさらに楽しみになってきました。『アンブロークンアロー』に続きます。

  読みつつ、やっぱりこなれていない日本語が少し微妙かなぁ、と感じてしまいました。それが良さでもあるのかも知れないけど。


自森人読書 グッドラック-戦闘妖精・雪風
★★★★

著者:  マイク・レズニック
出版社: 早川書房

  アフリカのキリンヤガ周辺に住んでいた少数部族キクユ族は西洋文化が侵入してきたため滅びかけます。ですが、伝統を大切にする人たちは古くからの生活を守り続けるため、政策の一環としてキリンヤガという惑星に移住します。惑星を仕切るのはイェールとケンブリッジを出た祈祷師・コリバ。彼は、キリンヤガを守るために奮闘するのですが、矛盾は拡大していき・・・

  寓話的なSF小説。

  オムニバス長篇。『プロローグ もうしぶんのない朝を、ジャッカルとともに』『1 キリンヤガ』(ヒューゴー賞受賞)『2 空にふれた少女』『3 ブワナ』『4 マナモウキ』『5 ドライ・リバーの歌』『6 ローストと槍』『7 ささやかな知識』『8 古き神々の死すとき』(ローカス賞受賞)『エピローグ ノドの地』収録。

  テーマはかなりはっきりしています。アフリカとその地に生きる人々の悲劇を扱った作品。西洋人による文化的・軍事的侵略の結果、何が引き起こされたのか考えさせられます。

  コリバは白人の中で育ちながら、その社会の矛盾に苦しめられます。そして、自分がキクユ族ではなく黒いヨーロッパ人になっていくことに納得できず、西洋文化に背を向け、家族さえ捨て、キリンヤガにキクユ族のユートピアを復活させようとします。彼は首尾一貫しています。例外は決して認めず、伝統を頑固に守ります。老いた者や逆子はジャッカルに食わせてしまうのです。

  コリバが寓話を大切にするところは印象的。彼は物語によって人々の心を捉えようとします。彼の説教臭い部分が好きになれない人もいるかも知れないけど、僕は頑固でいいなぁと感じます。

  ですが、最終的にキリンヤガは破綻します。やはり近代的な文化(合理主義・時間を短縮する便利な機械)には敵わなかったのです。そもそもキリンヤガという惑星を、西洋人と彼らの持っている科学によって用意してもらったこと自体が矛盾ともいえるし、西洋文化を身につけ、それでもってキクユ人の世界キリンヤガに大きな影響力を及ぼすコリバ自身が矛盾した存在ともいえます。そのような矛盾を抱えたまま、無事に社会が続いていけるとは思えません。

  ですが、コリバの気持ちはよく分かります。近代化が世界にもたらした害悪は決して小さなものではありません。それらと対峙しようとするところには共感します。

  ラストはあまりにも哀しすぎます。夢破れ、象とともに去りゆくコリバはどこへいく・・・


自森人読書 キリンヤガ
★★★★

著者:  バリントン・J・ベイリー
出版社: 東京創元社(大森望)

  物語の舞台は近未来の地球。人類亜種を駆逐して異種戦争に勝利した白人たち(真人)の国家タイタンが、世界を支配していました。考古学者ヘシュケは、三百年前に撮られた一枚の写真を見て驚きます。そこには現在の姿よりもはるかに古びた遺跡が写っていたからです。ようするにその遺跡は日に日に新しくなっているわけです。いったいどういうことなのか。その後、彼は偶然に発見した時間旅行機に乗って未来へいくことになるのですが・・・

  時間を扱ったSF小説。

  これこそがワイドスクリーン・バロックなんだそうです。生真面目なハードSFとはまたちょっと違っていいです。タイトル通り、時間の衝突が描かれています。

  途中で、突如として時間を自在に操作する中国人たちの宇宙都市〈レトルト・シティ〉に、はなしが移ります。その都市では生産区域と娯楽区域が分断され、行き来できないようになっています。なんというか、奇妙な仕組みです。登場する中国人たちも面白いです。いつでも冷静で、茫洋としていて決して感情に流されないのです。

  人種差別の問題も巧みに取り込まれていますが、基本的にリアリズムとは無縁と言ってもよく、とにかく奇想天外な驚きが追求されています。よくこのようなことを考え付くものだ、と感心しました。時間と宇宙をここまで自由自在に扱うとは・・・

  日本版序文はブルース・スターリング。訳者は大森望。愛に満ちた訳者あとがきがまた良いです。

  星雲賞受賞作。


自森人読書 時間衝突
★★★

著者:  ジャネット・ウィンターソン
出版社: 角川書店

  アトラスはティタン族に属する神の一員でした。ですが、ゼウスと戦って敗れ、いつまでも世界を背負うこととなります。彼は、黄金の林檎を持ち帰るために現れたヘラクレスに頼まれ、林檎をとりにいきます。そしてその間、ヘラクレスに世界を任せます。彼は林檎をもぎつつ様々なことを思うのですが、やはりもとの場所へと戻り・・・ 神話と自伝的な物語が入り混じった小説。

  『永遠を背負う男』は、「新・世界の神話シリーズ(THE MYTHS)」の中の1冊。

  ギリシア神話を焼きなおしたもの。かと思いきや、実はそうとばかりもいえず、作者自身の物語も同時に綴られます。そして、じょじょに世界は膨らんでいきます。宇宙犬ライカまで登場。非常にかわいらしいです。

  そうしてライカとも出会い、自分の重みに疑問を覚えたアトラスは・・・ 最後の場面で、アトラスの決断とジャネット・ウィンターソンの決断が重なります。

  背負った重荷をいかにしておろすか。考えてみると本当に難しい問題だなぁ、と感じました。自分がおろしてしまえば、世界がどうなるか分からないとなればなおさらです。しかし、いつかおろすことが必要になるかも知れない。そのときどうするか。

  妙に凝り固まったように感じられる訳が残念。ビシリビシリとして痺れるのですが、読みづらいです。だけど、むしろつっかかるくらいでちょうど良いのかも知れません。シリアスな内容とはマッチしています。それほど長いわけではないのに読み応えはあるし、なんというか心に残ります。とても、重い小説です。


自森人読書 永遠を背負う男
★★★★★

著者:  大原まり子
出版社: 早川書房

  『ハイブリッドチャイルド』は、大原まり子の中短編集。

  『ハイブリッド・チャイルド』
  サンプルBⅢ号は、人類が強大な機械帝国アディアプトロンに対抗するため作り出した戦闘用生体メカニック。肉と機械によって構成されていて原動力は核融合炉であり、不死を誇るため雑種(ハイブリッド)と呼ばれます。彼は人間の命令に絶対に従うはずだったのになぜか意思を持ち、脱走します。そして、人里離れた一軒家で、著名な女性作家とその娘ヨナに出会います。作家はほとんど発狂寸前、娘は虐待され続けて死んでしまったのに意外な形で蘇っていて・・・

  『告別のあいさつ』
  ヨナ(サンプルBⅢ号)は、孤独を好んで険しい山に住処を決めた老人のもとで過ごします。ですが、老人のもとを訪れた人に気付かれ、ヨナは背中から翼をはやし、飛び立ちます。

  『アクアプラネット』
  ママであるドラゴン・コスモスに庇護されつつ宇宙を漂っていたヨナは、白い棺の中に閉じ込められたシバという少年に出会います。2人は惹かれあい、惑星カリタスに降り立つのですが、その星を支配している人工知能ミラグロスがアディプロトンの攻撃を受け、「学習障害」を起こし、発狂。それを復元するために動き回っていたら、2人は離れ離れになってしまい・・・

  子と母を巡る壮大な物語、なのかなぁ。

  ヨナ(サンプルBⅢ号)の他に、もう一人主人公がいます。八百年の記憶を持ったまま老人の姿でこの世に生まれ落ちた神官です。彼は国の頂点にあって人類の全てを把握し、指揮します(サンプルBⅢ号をつくったのも彼)。ですが、年を経るごとに若返っていき、全ての記憶を失っていきます。そして迷いの中に陥っていきます。彼が何者なのか、どうなっていくのか、というのも非常に気になるのですが、じょじょに明かされていきます。

  予想ができず、ザクッと刈り込まれているのにぴったりくる文章。くらくらするほど様々な物がぶち込まれている物語世界。どこまでも広がっていくイメージ。壮大で寓話的/神話的な物語。いかにも大原まり子らしい作品。読んでいると酔いそうになります。

  決して文章が巧みというわけではありません。むしろ悪文として非難されそうな文体なのに、それが凄い効果を発揮しているのです。これこそ、本当の「物語」だと感じました。


自森人読書 ハイブリッド・チャイルド
★★★★

著者:  半村良
出版社: 角川書店

  米軍と自衛隊は日本海側全土にまたがる大演習を行っていました。その最中、伊庭三尉らの一団は突如として戦国時代にタイムスリップしてしまいます。彼らは、戦国時代で生きていく覚悟を決め、長尾景虎(上杉謙信)の臣下として活躍。哨戒艇、装甲車、ヘリコプターなどの近代兵器を用いて他の大名たちを蹴散らしていきますが・・・

  中篇。

  「近代兵器を装備した部隊と、戦国武将が率いる部隊が戦ったらどちらが勝つのか?」と言う問題を提起する歴史好きには堪らない1冊。一風変わった歴史改変SFとしても読めます。

  気軽に読めるのですが、「自衛隊とは何か」「天皇とは何か」「歴史には修正機能があるのか」といった様々なことを考えさせてくれます。意外に深いです。

  最後になって伊庭三尉が、歴史を変えようとしていたのに、結局のところ自分たちの行動が歴史を修正していたのだと気付くところではどきりとさせられました。少し遅すぎる気もしないではないのですが(もっと早く気付けるのではないかなぁ・・・)。

  福井晴敏のリメイク版『戦国自衛隊1549』より、半村良の『戦国自衛隊』の方が読みやすいし、面白いです。『戦国自衛隊1549』は結局のところいつもの福井晴敏ワールドになってしまっています。自衛隊同士がぶつかり合うだけなので、戦国時代が舞台である必然性がないのです。

  というわけで『戦国自衛隊』がおすすめ。


自森人読書 戦国自衛隊
★★

著者:  田中ロミオ
出版社: 小学館

  『人類は衰退しました②』の続編。

  人類が衰退して数世紀がたちました。人類最後の学校を卒業し、調停官となった旧人類の少女は、新人類「妖精さん」たちと仲良くなります。妖精さんたちはお菓子が大好きな小人さん。わらわらと集まるととんでもないことをしでかすのですが、すぐに散らばってしまいます。今回、私は助手さんとともにヒト・モニュメント計画(過去の人類の全てをまとめる壮大な計画)に参加。その影響で「夏の電気まつり」が開催されることとなり、辺りはお祭り騒ぎになりますが、電磁波のために妖精さんたちは去り・・・

  今回は長篇。

  今回は前々作、前作に比べると比較的真面目です。人類がどうして衰退したのか、衰退した人類はどのような生活をしていたのか、などいったことがおぼろながら分かってきます。

  やっぱり面白いのですが、さすがに長いのでだれる部分があります。もう少しコンパクトにならないものか、と感じてしまいました。

  全体的には真面目な部分も増えたけど、ギャグやパロディが次々と飛び出します。けど、それほど凝った展開ではありません。基本的にはダンジョン形式みたいな感じ。ただし、最後の怪獣乱闘の部分には笑いました。もう物語の展開自体が、ゲームや特撮のパロディなのです。

  4巻目はいったいどうなるのだろう・・・


自森人読書 人類は衰退しました③
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