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自森人-自由の森学園の人-の読書ブログ
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★★★★

著者:  笙野頼子
出版社: 新潮社

  『二百回忌』は、笙野頼子の短編集。『大地の黴』『二百回忌』『アケボノノ帯』『ふるえるふるさと』収録。

  『大地の黴』
  十歳の頃、私は龍の骨が入った壷を拾います。私はそれをただのままごとの道具だと思っていたのですが・・・

  『二百回忌』
  二百回忌が催されます。それに呼ばれたセンボンは祖母に会いたい、と思い、赤い喪服を着て出かけていきます。そして、生きた人間と死んだ人間が入り乱れる中でなぜかヤヨイだと間違われ・・・ 第7回三島由紀夫賞受賞作。

  『アケボノノ帯』
  一度教室の中で排便してしまった龍子は、排泄と言う行為を聖なるものとして決めます。幼稚なふりをしている私は龍子に引きずられ、困惑しつつも逆らえません。禁忌とされている排泄の神と化した龍子は、排泄の結果でてきたものをアケボノノ帯と呼びます。

  『ふるえるふるさと』
  私は故郷のハルチに帰っている最中だったのか、よく分からないうちに子どもになってしまい、様々なことを思い出しています。そして、母親のもとに盛り土をしにくる男への恐怖に震えていて・・・

  どれもこれも奇怪で憂鬱な小説。

  要約することがほとんど不可能に近い気がします。物語も、文体も難解で気持ち悪いです。使われている単語は平凡なものばかりなのに、それらが組み合わせられることによって、奇怪なものが生み出されています。

訳が分からないようにも思えますが、決して訳が分からないわけではありません。肥満の人間に対する様々な差別や、グロテスクな制度や、おかしな慣習といったものを抉り出そうとしているようです。とはいえ、真面目でも上品でもありません。生真面目にぶっ壊れている、というか。全体的に破壊的。

  笙野頼子作品は、マジックリアリズム小説に似通っているし、マジックリアリズム小説といってもいいと思うのですが、その本場である中南米で書かれた『百年の孤独』などと比べると、非常に暗いです。なんというか、日本とそこに巣食う様々な抑圧をえぐろうとした結果、笙野頼子作品は根本的に陰鬱なものになってしまうのではないか、と感じます。


自森人読書 二百回忌
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