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自森人-自由の森学園の人-の読書ブログ
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★★★★

著者:  サマセット・モーム
出版社: 筑摩書房

  『コスモポリタンズ』はサマセット・モームの掌編小説集。『素材』『弁護士メイヒュー』『隠者ハリー』『幸福者』『夢』『異国の土』『ランチ』『漁夫の子サルヴァトーレ』『生家』『物識先生』『家探し』『困ったときの友』『ある紳士の自画像』『落ち行くさき』『審判の座』『蟻とキリギリス』『フランス人ジョウ』『傷痕のある男』『詩人』『ルイーズ』『店じまい』『約束』『真珠の首飾り』『物もらい』『ストレート・フラッシュ』『会堂守り』『洗濯盥』『社交意識』『四人のオランダ人』収録。

  世界中を旅した著者モーム自身の経験が活かされているようです。エッセイみたいな作品も数多いです。奇想天外な人生を送った人に寄り添った掌編がとくに面白いです。

  『フランス人ジョー』
  木曜島でであったジョゼフ・ドゥ・パオリという男の物語。彼は、ナポレオンとも血縁なのだと名乗ります。ロシア軍やプロシャ軍と闘い、帝政が滅ぶと共産党員になり、そのために逮捕されてニュー・カレドニアに流刑になるのですが長い航海に乗り出して脱出。料理人になったり、フランス語を覚えたり金鉱で働いたり、飢えたり、そして未開の奥地へ赴き、王様になります。しかし、イギリスと衝突して放逐され、木曜島において真珠採取船体の船主になるのだけど、持ち舟が全て嵐で沈没してしまい、今では病院に収容されているのだそうです。老人は自分は不幸だし、神は信じていないよ、告げます。そしてオチは。<「わしにはなんにも望むものなんかないよ」と彼はいった。「ただ死にたいと思うだけさ」彼の黒い光った眼が輝いた。「しかしともかく、もしタバコを一箱いただけるのだったら、かたじけなく思うね」>

  あとは、『ランチ』に登場する女性というのも凄いです。私を翻弄しまくり、高額のランチをすべておごらせ・・・

  モームが描き出す人間は皆どこかしら魅力的です。多分、人というものをよくみて小説を書いているのかなぁ、と感じました。


自森人読書 コスモポリタンズ
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★★★★

著者:  サミュエル・ベケット
出版社: 白水社

  要約することが不可能な小説。二部構成。

  第一部
  モロイの独白が綴られています。彼は様々なことをたらたらと連想します。100ページにも渡って改行がない上に、脈絡がないので、茫然とさせられます。「私は母の寝室にいる。・・・」という一文から始まります。どれだけ読んでも足に異常を持ち、母親を失い、自転車を好み、16個の小石を順番にしゃぶろうとして、ふらふらしているモロイというのは何なのかいまいちよく分かりません。困惑します。

  第二部
  頼まれてモロイのことを捜索するモランの報告。彼は父親のように振舞おうとして愚鈍な息子を使うのですが、なかなか威厳を保てず・・・

  訳が分からない小説。

  著者は何を書きたいと思っているのか分かりません。それにモロイというのは何者なのか、彼は何を目指しているのか分からないです。しかし、だからこそ一つひとつの文章にひきつけられるし、いろんなところで立ち止まることになります。

  ベケットは定型化された小説をぶち壊し、絶対的な作者を抹消し、言葉や筋書き、ひいては小説自体を捉えられないものにしたかったのかも知れないと感じます。多分、読むという行為を一回限りのものにする企み、なのではないか。

  ベケットの演劇『ゴドーを待ちながら』とも共通している部分が多くて面白いです。あと、「・・・ただこれだけ言っておこう、おまわりもとうとう。ぶつぶつ言いながら、退散してしまった。退散と言っても良いすぎじゃあない。私がもうこれ以上やっつけられそうもないと見切りをつけて最後の野次馬たちもそのあとに従った。だがおまわりは振り返って言った。ただちに犬は除去してくださいよ。・・・」という文章がありますが、劇団どくんごの演劇『ただちに犬 Deluxe』を連想しました。もしかして元ネタか。

  とにかくどこまでも捉えられないところは、カフカとも近いです。訳が分からない小説に意味がないわけではない、と感じるし、まぁそれなりに楽しいです。が、基本的には分からないし、読むだけで猛烈に疲れます。しかし、だからこそ何がなんだか分からない/思い通りにいかない、ということに振り回されるモロイの感覚に共感できます。


自森人読書 モロイ
★★★★★

著者:  保坂和志
出版社: 中央公論新社

  僕は、妻に去られてしまい、5歳の息子クイちゃんとともに日々を過ごしています。クイちゃんは幼稚園にいきません。そして、毎日のように容貌魁偉な便利屋・松井さんとその妹美紗ちゃんが住んでいる家に出掛けていきます。そして、僕と美紗ちゃんとともに稲村ガ崎周辺を散歩します・・・

  毎度のことながら、保坂和志らしい理屈っぽい小説。

  時間や空間といった目では見えないものを書こうとしているのではないか、と感じました。しかし、「見えないものを書こうとしている」という大雑把なまとめ方をされることを拒否している小説のような気もしました。だから、扱いづらいのですが、非常に面白いことは確か。

  見えない物を扱っているのですが、決してスピリチュアルに走ることはありません。むしろ、主人公は非常に論理的、合理主義的な人間です。彼は真理があると思ってはいないし、世界を割り切ることは出来ない、と悟っています。

  主人公である僕は、息子に文字を教えようとしません。彼は、書くことよりも考えることの方が大切なのだというふうに考えているからです。それが非常に印象的でした。別に文字を使わなくても、論理性を手に入れることはできるのだろうか、と考えてしまいました。考えていたら、文字や言葉で掬い取れないものを掬い取ろうとしている小説のようにも感じました。

  保坂和志の小説には、いつもふらふらしている登場人物がいます。その人物が、重要なテーマのようなものを漏らします。今回はゲイ二階堂がその役。「・・・いかにして、いまここにいるあんたやおれを受け入れられるか・・・」というようなことを彼は喋ります。『季節の記憶』のキーワードは「いまここ」か。

  『よつばと!』のようだと感じます。子供に対して、どのように世界を説明していけばよいのか、と考える大人たちの姿が印象的でした。

  平林たい子賞、第33回谷崎潤一郎賞受賞作。


自森人読書 季節の記憶
★★★★★

著者:  アゴタ・クリストフ
出版社: 早川書房

  物語の舞台は、第二次世界大戦末期のヨーロッパの田舎町。祖母のもとに双子をつれた母親が現れます。祖母は受け取りを拒否するのですが、母親は双子を置いて去っていきました。祖母は臭くて粗野でその上偏狭な性格でした。しかも祖父を毒殺したと思われたため周囲からは魔女と呼ばれます。ですが、そんな祖母のもとで、双子は一心同体となって残酷な世界を生き抜いていきます。彼らは溢れる苦痛や死、虐めに対してストイックに立ち向かいますが・・・

  第二次世界大戦を描いた小説。アゴタ・クリストフのデビュー作。

  双子の日記ということになっています。事実のみが淡々と記されているため描写は簡潔。そして、細切れです。読みやすいです。

  感情は綴られていないし、固有名詞はほとんど登場しません。しかし、だからこそ普遍的なのかも知れません。グロテスクな戦争というものが明確に活写されています。敵だろうと味方だろうと軍隊と言う物は略奪と強姦を繰り返すという事実が生々しいです。また、ホロコーストについてもさっくりと描かれています。ユダヤ人の人たちはどこへ連行されていったのか、周囲の人は実感をもって受け止めることが出来なかったのかも知れない、と感じます。

  様々な汚れもしっかりと記されているところが印象的。寓話的なのに、不思議なほど人間味があります。

  主人公である、双子は決して離れ離れになることはありません。彼らは二人で一人なのです。だからこそ、独特の論理を突き通し、異様な事態に対処できるのではないか。徹底的に冷たいです。様々な感情を殺していくことでしか戦争という事態を受け止めることはできないのかも知れない、とも感じます。

  醜さから隔絶された哲人のような双子を生み出した著者アゴタ・クリストフは凄い人だ、と感じました。ハンガリーから西側へと亡命してきてフランス語を学び、小説を書き始めたそうですが、母語ではない言葉を用いて小説を書くのは難しいだろうなぁ。


自森人読書 悪童日記
★★★

著者:  笙野頼子
出版社: 講談社

  『タイムスリップ・コンビナート』は笙野頼子の短編集。『タイムスリップ・コンビナート』『下落合の向こう』『シビレル夢ノ水』収録。

  『タイムスリップ・コンビナート』
  去年の夏頃の話。マグロ恋愛する夢を見て悩んでいたら、いきなり電話がかかわってきて、どこかへいけ、と言われます。そして話している内に海芝浦へ行くことになるのですが・・・ 芥川賞受賞作。

  『下落合の向こう』
  電車に乗っていないとき、私は考えています。電車に乗っている間中私たちの時間は盗まれているのと。そればかりか知覚は捻じ曲げられ、ありもしない幻想を見せられていると。夢とも現実ともつかない電車の中での体験。

  『シビレル夢ノ水』
  家の中に入ってきた猫を拾ったのに実は飼い主がいたと発覚し、その猫を返した途端に精神が変なことになってしまいます。そして蚤が巨大化を始め・・・ グロテスクで、一番印象的。

  現代における現実や私とは何なのか考えさせられます。

  笙野頼子の小説は奇妙です。時には現実的な話の時もあるけど、基本的にはグロテスクな悪夢のようだし、おとぎ話のようです。奇想が詰め込まれてるのです。とはいえ、それは決して童話のように濾過されたものではないため綺麗ではないし、純粋でもありません。むしろ様々な物が詰め込まれ、接合されています。非常に気持ち悪いです。だけど、その感覚が堪らなく面白い。

  迷走し、浮遊しつつ、ここまで私や今というものについて、必死で考えようとしている文章はないような気もします。


自森人読書 タイムスリップ・コンビナート
★★

著者:  中村文則
出版社: 新潮社

  私は銃を拾います。そして、その美しさに魅せられていきます。友人とともに女をひっかけ、セックスし、日々を過ごしていますが、どうしても銃が気になります。死を身近に感じさせてくれるからです。最終的に銃を手に取ろうとするのですが・・・

  いかにも純文学っぽい古風な作品。

  私を何十回繰り返したら気が済むのか。淡々としていてシンプルだけど精神を逆撫でするような文章には疲れました。典型的な悪文ではないか、と感じましたが、著者は狙ってやっているのかも知れません。あえてレベルの低い文章を書いて、読者を苛立たせようとしているのではないか。

  作品の構成自体はありきたり。空虚な暗闇のようなものを抱え込んでいるどうしようもない男が、どうしようもない日々の中で銃へと向かっていくというだけの物語。読んでいるだけで陰鬱な気分になるし、疲れてきますが、面白くないことはないです。

  とくに、どうしようもない主人公が良いです。

  ただし、全体的にはやはり古風すぎてつまらない気もします。銃というものをテーマに据え、その上タイトルにまでしてしまうところがいかにも鈍重に感じられるし。ある意味では、「純文学」というもののお手本みたいな感じではあるかも知れない。

  第34回新潮新人賞受賞作。中村文則のデビュー作。


自森人読書 銃
★★★★

著者:  角田光代
出版社: 文藝春秋

  母親エリコは「何ごともつつみかくさず、タブーを作らず、できるだけ全てのことを分かち合おう」と家族に言います。しかし、実は誰もが心の奥底に秘密を抱え込んでいます。ノリで全てを凌いでいく軟弱な父タカシは、2人の愛人とつきあっています。抑圧的な祖母を嫌っていた母エリコは、祖母から逃れるために父とセックスして妊娠し、結婚したのですが、それを誰にも語れず、今でも祖母を愛せずにいます。恋人森崎と疎遠になった高校生のマナは学校で孤立してしまいます。地味な中学生のコウは友人がいなくて学校にも行けず、孤独を抱えています・・・

  郊外のダンチで暮らす京橋家の物語。

  6人の視点(姉・父・母・祖母(母の母)・父の愛人(にして弟の家庭教師)・弟)から京橋家が描かれています。

  綺麗な言葉が持っている、もわっとして掴みがたい気持ち悪さが描き出されているところがみごと。家族というものについて考えさせられました。どうして、ゆがんだ家庭は存続できるのだろう。誰もが仮面を被り、家族の一員として一定の役割を演じ続けるからか。しかし、必死の努力と演技によって保たれている幸福な家庭とは何なのか分からないです。

  そもそも、幸福な家庭などというものは存在しないのかも知れません。それでは、伝説と空想の中にしか存在しない「空中庭園」と同じではないか。

  しかし、何にしても家族はあった方が良い気もします。家族を結び付けているのは愛ではないのかも知れない、と感じました。消極的な選択の結果、というか。けど、やっぱり空想の中にしかないにしても、幸福な家族を目指したいよなぁ・・・

  キャラクターの書き分けが巧みだし、しかも構成が素晴らしいです。角田光代の小説はサクッとしていて読みやすいのに深いです。人間の心の暗部を抉り取っているからか。

  第3回婦人公論文芸賞受賞作。


自森人読書 空中庭園
★★★

著者:  ウィリアム・フォークナー
出版社: 新潮社

  ウィリアム・フォークナーの出世作。架空の街ヨクナパトーファを舞台にしたヨクナパトーファ・サーガの4作目にあたるそうです。

  1.女子大生テンプルは男友達に誘われ、車に乗り込むのだが、車はミシシッピー州のジェファスンの町はずれで大木に突っこんでしまう。二人は助けを求めるため、廃屋に立ち寄った。そこは数人の部下を率いるギャング・ポパイの根城だった。

  2.ポパイは老人トミーを射殺し、テンプルを玉蜀黍の穂軸で強姦するのだが、彼の代わりにグッドウィンというポパイの部下が捕まる。グッドウィンには女と赤子がいた。その二人のためにも、弁護人ホレスはグッドウィンの無罪を証明しようとするのだが・・・

  時間軸がおかしくなっていて、1と2が並行的に綴られていきます。なので、まずあらすじが把握しづらいです。

  しかも文章は即物的だから登場人物の心境は想像するしかないのですが、何を考えているのかいまいち分からない登場人物たちには感情移入しづらいです。しかし、どの登場人物も強烈な個性を持っています。最も印象的なのはポパイ。彼は性的不能者であり、その上酒を飲むことができません。それが故に蔑まれるのですが、そういった侮蔑に対抗するかのように犯罪を繰り返します。

  ヨクナパトーファは荒れ果てています。正義とか、神とかそういうものが通用しない世界なのです。その町に住む人間たちは、栄光や救いを求めることなく、暗闇の中でただ欲望を追求し、汚く生き、死んでいくだけ。

  フォークナーというのは、こういう感じなのか。

  「アメリカ南部そのものを描き出した小説家」と絶賛する人がいるのも頷ける気がします。難しくて理解し切れていないけど、もう少し読んでみたい、と感じました。


自森人読書 サンクチュアリ
★★★★

著者:  山崎豊子
出版社: 新潮社

  恩地元は国民航空の職員としてアフリカナイロビに一人滞在しています。彼は狩りや登山などに打ち込みつつ、僻地ナイロビに左遷されるまでの経緯を思い出します。かつて、彼は国航労働組合の委員長職を無理やり押し付けられました。彼は、その仕事を踏み台にして出世する人間にはならず、経営陣の言いなりになっていた労組を民主化。そして、劣悪な職場環境を改善するため、労働者の熱烈な支持を受けつつ経営陣に真正面から挑みかかり、航空会社として初めてのストを打つのですが経営者からはとにかく煙たがられ・・・

  事実を基にした小説だそうです。

  主人公・恩地は事故が起きることを阻止するため、一途に職場環境を改善しようとしただけなのにそれだけでアカというレッテルを貼られ、追い詰められます。そして、衛生環境の悪い僻地に飛ばされ、その上いつになっても日本に帰してももらえません。あまりにも悲惨です。ですが、彼はだからといって卑屈になることはありません。立派です。

  経営者の論理ばかりが尊重され、労働者/客の側に立てば何年にも渡って僻地に放逐されることになる企業というのはどう考えてもおかしいと感じられます。しかし、今でもそういう状況はさほど変わっていないかも知れません。今でも、日本では権利を主張することがなぜか自分勝手なことというふうに言われ、思われているようです。

  随分と分厚いのだけど、読みづらいことはありません。小説としての構造が明快だからです。生真面目に正義を貫く恩地と腹黒い経営者の対立が軸となっています。事実はもう少し複雑なのかも知れないけど、このくらい明快な方が小説としては分かりやすくて良いかも知れません。

  おかしな現実をすっぱりと描き出す著者・山崎豊子も立派な人だと感じます。

  続きも読まなきゃ・・・


自森人読書 沈まぬ太陽〈1〉 アフリカ篇
★★★

著者:  保坂和志
出版社: 新潮社

  『この人の閾』は保坂和志の短編集。『この人の閾』『東京画』『夏の終わりの林の中』『夢のあと』収録。

  『この人の閾』
  主人公は37歳の三沢。彼は小島さんと会うために小田原へいくのだけど、一時という約束だったのに夕方になるまで会えないと分かります。なので、かつての学友・関根真紀と再会。2人の子供を持つ彼女と庭の草をむしります。芥川賞受賞作。

  『東京画』
  主人公は、東京都にある、環七近くのXXを巡っています。随分とたらたらとしています。でも、暗い雰囲気がよくでていて良いかも知れない。

  『夏の終わりの林の中』
  主人公は、ひろ子とともに自然教育園を散策します。さほど関係ないけど、『地球の長い午後』を連想。

  『夢のあと』
  主人公とれい子は、鎌倉にある笠井さんの家を訪ねます。3人は笠井さんが幼い頃過ごした土地を巡るのですが、記憶は美化されるということを悟り・・・

  多分、空間と関係を描いた小説。

  あらすじを説明することにはそれほど意味がないような気がします。2人の会話を綴っていたのに、突如として一度引くところがあります。そういういかにも映像的な部分が優れているのだけど、非常に説明しづらいです。

  記憶が非常に重要な要素となっている気がします。人間だけが記憶を持っているのだろうか、と考えてしまいました。

  著者は様々な物が開発され、全てがきっちりしていくこと、ひいては社会が進歩していくことに対して違和感を抱いてるようなのですが、その感覚はポストモダン的ともいえるし、いかにも現代的。進歩を肯定する通常のSFとはまっこうから対立するということができるかも知れないのですが、似た問題意識を抱いてるということも可能です。もしかしたら、保坂和志はSF作家になったかも知れないのか・・・


自森人読書 この人の閾
★★★★

著者:  笙野頼子
出版社: 新潮社

  『二百回忌』は、笙野頼子の短編集。『大地の黴』『二百回忌』『アケボノノ帯』『ふるえるふるさと』収録。

  『大地の黴』
  十歳の頃、私は龍の骨が入った壷を拾います。私はそれをただのままごとの道具だと思っていたのですが・・・

  『二百回忌』
  二百回忌が催されます。それに呼ばれたセンボンは祖母に会いたい、と思い、赤い喪服を着て出かけていきます。そして、生きた人間と死んだ人間が入り乱れる中でなぜかヤヨイだと間違われ・・・ 第7回三島由紀夫賞受賞作。

  『アケボノノ帯』
  一度教室の中で排便してしまった龍子は、排泄と言う行為を聖なるものとして決めます。幼稚なふりをしている私は龍子に引きずられ、困惑しつつも逆らえません。禁忌とされている排泄の神と化した龍子は、排泄の結果でてきたものをアケボノノ帯と呼びます。

  『ふるえるふるさと』
  私は故郷のハルチに帰っている最中だったのか、よく分からないうちに子どもになってしまい、様々なことを思い出しています。そして、母親のもとに盛り土をしにくる男への恐怖に震えていて・・・

  どれもこれも奇怪で憂鬱な小説。

  要約することがほとんど不可能に近い気がします。物語も、文体も難解で気持ち悪いです。使われている単語は平凡なものばかりなのに、それらが組み合わせられることによって、奇怪なものが生み出されています。

訳が分からないようにも思えますが、決して訳が分からないわけではありません。肥満の人間に対する様々な差別や、グロテスクな制度や、おかしな慣習といったものを抉り出そうとしているようです。とはいえ、真面目でも上品でもありません。生真面目にぶっ壊れている、というか。全体的に破壊的。

  笙野頼子作品は、マジックリアリズム小説に似通っているし、マジックリアリズム小説といってもいいと思うのですが、その本場である中南米で書かれた『百年の孤独』などと比べると、非常に暗いです。なんというか、日本とそこに巣食う様々な抑圧をえぐろうとした結果、笙野頼子作品は根本的に陰鬱なものになってしまうのではないか、と感じます。


自森人読書 二百回忌
★★★★

著者:  カレル・チャペック
出版社: 岩波書店

  R.U.Rの社長・ドミンは、ロボットを開発し、全世界に売り込みます。ロボットは人間と同じような肉体を持っているのですが感情は持っていなかったため給料を与えずとも徹底的に使い込むことができました。人間は全てをロボットに任せてしまい、働かなくなります。権同盟会長の娘ヘレナは、それを阻止しようとロボット製造工場がある孤島に乗り込むのですが逆に結婚を申し込まれ・・・

  1921年に発表された戯曲。

  この作品がロボットという言葉を生み、広めたそうです。SFの古典とされています。人間にいいように酷使されていたロボットが叛乱を起こす、というストーリーは非常に印象的でした。作品が発表された当時も、そのストーリーがヨーロッパ中で話題になり、「ロボット」と「叛乱」は切っても切れない関係になったらしいです。それも頷けます。

  科学文明が進歩し、便利な物がたくさん生まれたわけですが、それを運用するだけの能力/倫理観を人間が持っているか、と問うているのかなぁ、と感じました。

  大戦すらまだ経ていない1921年にこの作品は発表されたわけですが、本当に先駆的。

  失敗作とされていたロボットこそが最も人間的だった、つまり愛を持っていたということが判明するラストは痛快です。ロボットは人間ではなく、人間以上の存在となってしまうわけです。人間は神に模して作られたのだから完璧であるというふうような、キリスト教的な思想に歯向かっているともいえます。面白い。

  とにかく、人間のことを憂慮しつつも皮肉る著者がかっこいいです。


自森人読書 ロボット<R.U.R.>
★★★★

著者:  カズオ・イシグロ
出版社: 中央公論社

  主人公は、ダーリントンホールの執事スティーヴンス。彼はかつての主人ダーリントン卿を失い、新たにアメリカ人の主人ファラディ氏を迎えることとなります。ファラディ氏はジョークが好きなアメリカ人だったため、スティーブンスは戸惑いました。そんなある日のこと、主人に勧められ、イギリス西岸のクリーヴトンへと出掛けます。旧友ミス・ケントンと再会し、再び彼女とともにダーリントンホールを運営できたら嬉しい、と彼は考えたからです。小旅行の最中、美しいイギリスの田園風景に触発されるためかスティーブンスは回想ばかりを繰り返します・・・

  イギリスの小説。

  小説は、執事スティーブンスのしっとりとした語りで進んでいきます。その語り口がまたいいのですが、彼が書きたくないと思っていることは注意深く取り除かれています(たとえば、ミス・ケントンへの恋情とか)。つまり、大切なことは書かれていないわけです。そこが奥深いです。

  スティーブンスは品格ある執事であり続けるためにミス・ケントンに近寄ろうとはしません。ほとんどつっけんどんといってもいいような態度をとるわけです。2人は互いのことを想っているのに決して向き合うことは出来ません。本当にどうしようもないです。非常に哀しいです。

  そして、一方ではスティーブンスとその主人ダーリントン卿は、時代の荒波にのまれていきます。

  ダーリントン卿はイギリス流の騎士道精神に則った人間であろうとし続けたためにナチスドイツに操られ、スティーブンスは品格ある執事であり続けようとしたためにそれを助けることになってしまいます。あまりにも痛々しいです。ただただ誠実に、立派に生きようとすることで失われていくものがどれほど多いか、と考えさせられます。

  でも、執事スティーブンスの生き方は間違っていたけれど、それでも彼は立派だったのではないか、と感じます。とはいえ、「時代を読みきることが出来なかった程度の立派さ」といってしまうこともできるかも知れません。だから、余計に悲しい。

  ブッカー賞受賞作。


自森人読書 日の名残り
★★★★★

著者:  モリエール
出版社: 新潮社

  アルセストは潔癖を好む青年でした。彼は嘘とお世辞と阿諛追従ばかりが満ちている社交界を憎み、妥協しませんでした。詩が下手な友人には詩が下手だと言い、決して自分の意見をまげなかったわけです。しかし、美しい未亡人セリメーヌに恋してしまいます。彼女は誰に対しても笑顔を浮かべ、親しくする浮気性な女性でした。友人フィラントの忠告を受け入れないアルセストは、自分の力でセリメーヌを変えてみせると豪語するのですが・・・

  フランスの古典劇。戯曲。

  あっさりとしているのだけど、深いです。初演は1666年だそうですが、現代の人間が読んでも理解できるし、共感できるのではないか、と感じます。

  アルセストは嘘とお世辞を言わず、剛直に生きていこうとしたために追い詰められ、恋に破れ、傷付いていきます。直情を貫こうとすれば人間社会では生きていくことが出来ず、かといって社会に適応しようとすれば自分を偽ることになるわけです。その問題で悩んでいる人も多いのではないか。まぁ青臭い悩みということもできるけど、切実な問題だと思えます。

  それに比べて、セリメーヌという女性のように奔放に生きていくことは、かえって随分と楽かも知れないと感じられます。だって、自分というものに一貫性がなくても構わない、というふうに思いながら、感覚的に生きていくわけです。今はあなたが傍にいるからあなたが好きだけど、あの人と会っているときはあの人が好き、というふうにくるくる変わるならば、どれだけ便利か。

  けど、彼女のように生きたいとは思いません。アルセストにようにもセリメーヌのようにも生きたくないとするならば、フィラントのように生きるしかないわけですが、彼のように良識を身につければ誰とでも付き合えるのかも知れないけど、様々な矛盾を自分のうちに受け入れることはなかなかに難しいといえます。やはり、中庸/ほどほどというのが一番難しいのではないか。

  でも、それを身につけることこそが大人になる、ということなのかも知れません。『人間ぎらい』は随分と面白いです。様々なことを考えさせてくれます。


自森人読書 人間ぎらい
★★

著者:  保坂和志
出版社: 新潮社

  『猫に時間の流れる』は保坂和志の短編集。『猫に時間の流れる』『キャットナップ』収録。

  『猫に時間の流れる』
  ぼくは古ぼけたマンションの3階に住んでいるのですが、両隣の美里さんと西井はそれぞれチイチイとパキという猫を飼っていました。そこにシロクロという猫が乱入してきて毎日マーキングしていくのですが、いつの間にか慣れていき・・・

  『キャットナップ』
  千駄ヶ谷のアパートに引っ越してから2年。真下の階に住む上村さんから声をかけられ。猫をお風呂に入れることになります。彼女はモデルなので、腕に傷をつけるわけにはいかなかったからです。

  どちらも猫小説。

  しかし、決してほのぼのとしているわけではありません。保坂和志の小説はほわっとしているように見えるけど、実はいつでも考え続けています。多分、日常の中に存在する法則性/仕組みのようなものをえぐりだそうとしているのです。

  しかし、脈絡もなく考えているというわけではありません。個々の人間や猫が個々に成り立っているということはなくて、関係や空間の中でそれらは成り立つのだという思想が、大前提としてあるようです。だから、明快です。その辺りに、私がただ周辺の出来事をつらつらと語っているだけなのに、「私についての小説」にはなっていない秘密があるのかも知れない、と感じます。

  主人公は、若者たちの文化にとけこんでいるし、女性とも普通に会話できるし、狭い範囲内でしっかりと生活しています。他人と関係をつくることができる人間なのです。そこが妙に印象的です。破滅的だったり、閉鎖的だったりした、かつての文学者とは随分と違います。

  そして、全てが整備されきった現代社会というものに対して違和感を持ち、寂れた空間や隙間に目を向けるところも印象的。その、進歩への不信ともいうべきもやもやした感覚は、いかにも現代的。


自森人読書 猫に時間の流れる
★★★

著者:  オー・ヘンリー
出版社: 岩波書店(藤沢令夫)

  『オー・ヘンリー傑作選』はオー・ヘンリーの短編集。『賢者の贈りもの』『警官と讃美歌』『マモンの神とキューピッド』『献立表の春』『緑のドア』『馭者台から』『忙しい株式仲買人のロマンス』『二十年後』『改心』『古パン』『眠りとの戦い』『ハーグレイヴズの一人二役』『水車のある教会』『赤い酋長の身代金』『千ドル』『桃源境の短期滞在客』『ラッパのひびき』『マディソン・スクェア千一夜物語』『最後の一葉』『伯爵と結婚式の客』収録。

  小気味良い掌編ばかりです。

  さらっとしているけど、時折大仰になる語り口。気の利いた意外なオチ。どんなときでもどうしようもない絶望に陥ることはない陽気な登場人物たち。どれもなかなかに良いです。全体的に明るくてユーモアに溢れていて、愛を信じていて、とにかく気さく。

  とくに、非常に有名な『最後の一葉』なども印象的でしたが、『赤い酋長の身代金』なんかもおかしくて良いです。

  『最後の一葉』
  画家のジョンジーは肺炎を患います。そして、落ちていく蔦の葉を見つめながら、「最後の一葉が落ちたら死ぬ」といいます。ジョンジーの友達で同じく画家のスーは、そのことを階下に住む老画家のベアマンに語ります。ベアマンはジョンジーの思い込みをばかばかしい、と罵るのですが・・・

  『赤い酋長の身代金』
  ビルとサムは、お金をまきあげるため、アラバマ州の田舎町の有力者ドーセット氏の息子を誘拐します。ですが、その息子と言うのがインディアンの「赤い酋長」を名乗る腕白な子どもだったため、誘拐犯の2人は振り回され・・・ とても愉快です。

  オー・ヘンリーも嫌いではないけど、同じ掌編作家としては、どちらかというと冷たくて醒めているサキの方が好きかなぁ、と読みつつ感じていました。


自森人読書 オー・ヘンリー傑作選
★★★★★

著者:  ウラジーミル・ナボコフ
出版社: 新潮社

  ヨーロッパの知識人ハンバート・ハンバートは、幼い頃慕っていた初恋の女性のことが忘れられず、いつでも「ニンフェット(不可解な魅力を放つ少女)」を捜し求めるようになり、そして亡命先のアメリカで12歳の少女のドロレス・ヘイズを見出します。ハンバートは、彼女のことをロリータと呼び、追い求め、彼女の母親と結婚し、ロリータに迫るのですがロリータは実は奔放な少女で・・・

  20世紀の小説を代表する1作。若島正による新訳。

  知識人ハンバート・ハンバートが書いた手記ということになっています。だから時折混乱するし、明快とはいえない表現が多いし、どこまでが現実でどこからが妄想(作り話)なのか分かりません。彼は信用できない語り手なのです。そのなんというか混線した語り口が非常に面白いです。

  文学の引用が大好きな中年の学者ハンバートは夜の間、ロリータに何度も何度も迫るのに最後には怯えてしまい、なんと朝になってから逆に彼女に誘われるのです。そして、セックスした後には意外なことが発覚し・・・ とにかく、ハンバートの情けなさ具体が滑稽。笑いながら読むのが正しい小説なのかも知れない、と感じられるほど。

  ハンバート・ハンバートは、素晴らしい少女としてロリータを徹底的にほめたたえますが、彼女は一般的に良いとされるような大人しくて可憐な少女ではないようです。むしろ汚い言葉を用い、男を惹きつけ、簡単にセックスする生意気な女の子です。ニンフェットというのは何なのか。都合良くセックスさせてくれる平均的な容貌を備えた普通の女の子のことではないのか、と感じてしまうのですが・・・ しかし、それもまたハンバート・ハンバートのフィルターにかけられているわけです。真実なのかどうなのか分かりません。

  『ロリータ』は、アメリカというものを表現した文学だと指摘する評論家もいるそうです。老いたハンバートはヨーロッパ、若く野卑なロリータはアメリカというふうに当てはめて考えてみると面白いです。

  変態的な小説に見えるが実はそうではなくて芸術的な文学なのだというふうに、やたらと若島正をはじめとする博識な人たちが様々なところで書きまくっているけど、「教養」ある人たちを刺激する言葉遊びと仕掛けに満ちた小説でありながら、ある意味ではポルノ小説としても読めて、それでいて推理小説のようでもあるところが素晴らしいのかなぁ、と感じました。

  もう少したくさん本を読まないと、全てを読み解くことはできないのかも知れない。再読したいです。そうしたらもっと楽しめるだろうか。


自森人読書 ロリータ
★★★★★

著者:  ジョン・アーヴィング
出版社: 新潮社

  T・S・ガープという男の物語。

  看護師ジェニー・フィールズは、欲望というものを理解しない女性でした。彼女は、子供は欲しいけど、夫は欲しくないと感じており、純粋に子どもをつくるためだけにセックスしようと考えていました。ある日、戦場で障害を負い、ガープという単語しか発することの出来ない子どものようなガープ三等曹長と出会います。ジェニーは、チャンスだと思い、彼を看護している最中に勝手にセックスしてしまいます。そしてガープを産みます。その後、ジェニーのもとでガープは成長していき、レスリングに精を出し、セックスに対しても関心を持ち始め、そして小説を書くことにも興味を示し・・・

  長大な小説(上下)。

  様々なエピソードが、平易な文体でテンポよく綴られていきます。死や暴力、レイプ、不倫、フェミニズム運動といった世間では重大とされていることも、ばかげたことも同じように並べられ、綴られていきます。非常に面白いのですが、奇妙な気分に陥ります。コミックみたい、というか。クシャッとまるめてしまえそう、というか。悲しいときでも軽快なのです。

  真面目な場面でも滑稽な事態が発生します。たとえば、主人公はある理由のために女装して母親の葬式に出席することになるのですが結局のところばれて叩き出されます。全てがコメディとして回収されていきます。大真面目な軽薄さ/陽気さが感じられます。それなのに笑えません。なんというか少し哀しくて苦い気分になるからです。著者はカート・ヴォネガットに師事したことがあるそうですが、いかにもヴォネガットっぽい。

  そして、著者はディケンズを尊敬する、とも言っているそうですが、似ているかも知れません。ストーリーは流れるように進み、魅力的で特徴的な、一癖あるキャラクターが次から次へと登場します。

  とくに、ガープの母親ジェニー・フィールズは物凄いです。彼女は欲望を理解せず、聖母の如く父親の存在しない子を産み、その後その経緯を綴った「性の容疑者」という本を出版し、「女性運動家」として尊敬されるようになります。そして、看護婦として誰に対しても温かく接し、様々な人間を引き寄せるのに「女性運動家」というレッテルに違和感を覚えています。本当に奇妙な人ですが魅力的です。他にも同じように一風変わった人たちが現れます。

  グロテスクで物悲しい小説内小説『ペンション・グリルパルツァー』がなかなかに良いです。熊や、異形な者たちが登場。ジョン・アーヴィングの小説はやたらとフリークスで満ちていて現実離れしているように思えるけど、それは健全/マッチョであることが前提とされている現実社会(というか、アメリカ?)の奇妙さをあらわにするための仕掛けなのかも知れない、と考えたりもしました。

  とくに素晴らしいのはエピローグ。なんというか、物語を読み終えた、という気分にさせてくれます。


自森人読書 ガープの世界
★★★★

著者:  笙野頼子
出版社: 講談社

  『極楽 笙野頼子・初期作品集1』は笙野頼子の短編集。『極楽』『大祭』『皇帝』収録。

  『極楽』
  主人公は檜皮という男。彼は子供の頃から無邪気ではなく、無自覚で鈍感だったため周囲から忌み嫌われ、家族からも抑圧を受けます。彼は尻のような顔をした女と結婚し、娘を持つのですがほとんど意識もしません。そして自宅に引きこもり、観念的な憎悪を描きたいと願い、様々な地獄絵を参考にし、下絵を描き続けるのですが・・・ 著者のデビュー作。

  『大祭』
  主人公は、七歳の少年。彼は、五十年に一度巡ってくる街の大祭を待ち焦がれていました。大祭がくれば何かが変わるような気がしていたからです。しかし・・・

  『皇帝』
  主人公は、私であることを拒否し、皇帝を名乗る男。彼は声に張り合い、ほとんど錯乱しかけながらも皇帝であり続けるため、呪文を唱え、塔を想像しているのですが、過去の記憶が蘇り。小説としては破綻しているような気もするし、だれるけど凄いです。すっきりとはしていないけど、近代的自我や、唯物論や、管理社会や家族のことを、真正面から扱おうとしてるのがよく分かります。初長篇。

  ここまで陰鬱で、薄暗くて重たくて読むのが辛い小説と言うのも、最近では珍しいのではないか、と思います。読もうとしても突き放されるのです。『極楽』はまだちょっとしたブラックユーモアが感じられますが、『大祭』の鎮痛でグロテスクな読み応えにはいらいらさせられます。そして『皇帝』はまどろっこしいのに、破壊的。

  笙野頼子は、近代社会というものの構造と、それを成り立たせるために存在している醜悪で抑圧的な力のありかのようなものを全力で暴こうとしているようです。けど、まだ道筋がついていないような印象も受けます。とはいえ、非常に挑戦的。

  「私」のことを書くためにゆがんだ社会を描いているので、「私」が使われていたとしても全然私小説ではなくて、反私小説ともいえるのではないか。なので、やっぱり笙野頼子という小説家は、文学史的にも重要といえるのではないかなぁ、と僕は感じるのですが。


自森人読書 極楽 笙野頼子・初期作品集1
★★★★★

著者:  サキ
出版社: 岩波書店

  サキはスコットランドの小説家。短編の名手として知られているそうです。『サキ傑作集』には、『アン夫人の沈黙』『狼少年』『二十日鼠』『トバモリー』『刺青奇譚』『スレドニ・ヴァシュター』『イースターの卵』『グロウビー・リングトンの変貌』『開いた窓』『宝船』『蜘蛛の巣』『宵闇』『話上手』『物置小屋』『毛皮』『おせっかいと仕合わせな猫』『クリスピナ・アムバリーの失踪』『セルノグラツの狼』『人形の一生』『ショック療法』『七つのクリーム壷』が収録。

  傑作集と銘打ってあるだけあって、はずれがないです。

  どの短編も、ひねりがきいています。ポンと放り出される意外なオチを噛みしめることになります。こうくるな、と予想していてもはずれるところが面白いです。『狼少年』や『開いた窓』、『セルノグラツの狼』などがとくに面白かったです。

  『狼少年』
  主人公の青年は狩りの最中に不気味なことを口走る少年と出会います。伯母は身寄りがないらしい少年を引き取り、可愛がるのですが、私は不安でなりません・・・

  『開いた窓』
  ナトルは神経衰弱のため田舎で療養していたのですが、お節介な姉に紹介状を渡され、サプルトン夫人を訪問します。すると対応に出た夫人の姪ヴェラから、恐ろしい話を聞かされ・・・ ホラーかと思いきや、そういうわけではありません。みごとなオチが素晴らしいです。

  『セルノグラツの狼』
  この館には、館の人間が死ぬと森の獣たちが一晩中遠吠えするという言い伝えがあるがそれは嘘だと男爵夫人がコンラッドに話しかけていました。すると、アマリーという白髪の家庭教師が口出ししてきます。セルノグラツ家の者が死んだ時だけ狼が鳴く、と彼女は告げます。そして、私が最後の生き残りだとも。男爵夫人は嘘だと罵るのですが・・・

  皮肉に満ちていて、なんというか醒めきっています。かなり苦いブラックジョークに満ちているのに、それでいて物静かなのです。この味は癖になりそうです。


自森人読書 サキ傑作集
★★★★

著者:  ジャン・コクトー
出版社: 角川書店

  病弱な少年ポールは、大人に媚びない暴れ者ダルジュロに憧れていました。ですが、ダルジュロは弱いポールのことを好ましく思っておらず、雪合戦の時、彼に雪を当て気絶させてしまいます。級友だったジェラールは、ポールを彼と彼の姉エリザベートが住む部屋へと連れ帰ります。そこは、子供たちが築き上げた子供だけの空間でした・・・

  ジャン・コクトーはフランスの詩人・芸術家。

  善悪を見分けられない子供の残酷さを扱った「小説詩」だそうです。そこまで恐ろしいとは感じなかったし、別に反社会的だとも思わなかったけど、鮮烈ではあるし、狭い自分の空間の中に閉じこもり、いつでも何かにとりつかれているポールらの姿が印象的でした。

  訳者も書いていますが、なんだか妙に色が感じられないです。黒と白とそれらの狭間にある色だけでつくられているような感じ。しかし飽きません。物語の構成が綺麗です。逃れがたい破局へと向かっていくラストの辺りがとくに良いなぁと感じました。

  文体も特徴的。ポールらの生活を些細な点まで写し取った即物的な文章と、大仰で詩的な文章(というか、警句のようもの?)が並び、融合しているところが面白かったです。エリザベートが巫女にたとえられ、物語自体が子供の儀式のなかにあるためか、妙に生活臭のようなものが欠けています。そのため、寓話的です。

  やたらと回りくどい表現がなかなかに良かったのですが、それとは別に日本語としてしっくりこない部分が随分とありました。それは詩的ということで許されるのだろうか。いまいちよく分からないです(角川書店。東郷青児訳)。


自森人読書 怖るべき子供たち
★★★

著者:  藤沢周
出版社: 集英社

  十八歳の少女アヤは廃業を決意していた彫物師・彫阿弥のところへ赴き、全身に刺青を彫って欲しいと告げます。彼女は、観世音の刺青によって自分にセックスを強要するある男を圧倒したいと願っていたのです。しかし、彫阿弥は拒否します。若い女の体に彫ることは容易ではないし、刺青は糞なのだというふうに彼は考えていたからです。ですがアヤは刺青にさほどの意味はない、と思いつつもそれを欲し・・・

  ぎくしゃくとして、時折状況を把握しづらくする文体が作品の雰囲気と合っています。

  どろどろとしたものが底の方に溜まっているみたいなのに、全体としてはガサガサした冷たい印象を受けます。不思議なことに耽美的ではない気がします。登場人物たちが一途だからか。

  アヤは、刺青を彫ることで自分を追い詰め、生きる力を捻り出そうとします。妙に神々しい感じがします。彫阿弥は刺青にこだわりつつも、それが何であるのか分からずに迷い、醒めています。彼は非常に冷淡です。自分の行為に溺れつつもぎりぎりのところで踏みとどまり、それを凝視しています。

  彫阿弥の冷淡さというか、思いやりというか、勝手さが明確になるのはラスト。南無阿弥陀仏と書いて欲しいとアヤに言われたのに、全てをぶち壊してしまいます。綺麗な物語のままでは終わりません(むしろ終われないのか)。彫阿弥の行動は、非常にエゴイスティック。ある意味では、お茶目ともいえるのかも知れないけど。

  登場する人たちが抱え込んでいる絶望があまりにも深すぎるせいか、読んでいても入り込めないような印象を受けます。どこにも温かみを感じないです。


自森人読書 刺青
★★★

著者:  谷崎潤一郎
出版社: 新潮社

  『刺青・秘密』は、谷崎潤一郎の初期の作品を収めた短編集。『刺青』『少年』『幇間』『秘密』『異端者の悲しみ』『二人の稚児』『母を恋うる記』収録。

  『刺青』
  刺青師は、思い焦がれていた無垢な少女を麻酔で眠らせ、彼女の肌に女郎蜘蛛を彫りこんでいきます・・・ 美を崇める人たちの物語。10ページしかないのですが、非常に強烈でした。谷崎潤一郎のデビュー作。

  『少年』
  学校では弱気な少年・信一が、家では暴君として君臨していました。彼の友達である主人公は、信一らと一緒に遊びながら信一の姉・光子を苛めるのですが・・・

  『幇間』
  桜井は人を笑わせ、楽しませるためならばなんでもする男。彼は人から見くびられてもなんとも思いません。

  『秘密』
  女装を楽しんでいた私はあるとき、以前捨てた女と邂逅し・・・

  『異端者の悲しみ』
  自伝的作品だそうです。主人公である章三郎は、不真面目な男です。彼は、落魄して気力を失いつつある両親と病弱で今にも死にそうな妹に苛立ち、友から金を借りつつ返しもせず、それらを後悔しつつ決してやめません。そして、自分の持つ天才的な芸術の才能が発揮できないことを悲しむのですが・・・

  『二人の稚児』
  女人禁制の比叡の山に預けられた二人の稚児、千手丸と瑠璃光丸。彼らは仲良しだったのですがあるとき千手丸が「女人」を見るため下界に行きたいと言い出し・・・ 少し風雅。

  『母を恋うる記』
  子どもの私は、夢の中にでもいるのか美しい景色の中をずっと彷徨っています・・・ 少し冗長ではないかとも感じるのですが。非常に印象的でした。

  文章は情緒に溢れ、端正なのに中身は変態的。マゾヒズムに浸る人たちが登場します。ようするに弄られる喜びを綴った小説なわけであり、読みやすいです。時折挟まる横文字が奇妙で、面白いです。気取っているような印象を受けます。


自森人読書 刺青・秘密
★★★★

著者:  ソポクレス
出版社: 岩波書店(藤沢令夫)

  オイディプスがテーバイの王となった途端に、テーバイは不作や厄病に襲われます。彼は、先王ラーイオスを殺した犯人を罰すれば災いは去る、という神託を受け、犯人を捜そうとします。ですが、自分こそが真犯人であることが発覚。さらに実母イオカステと交わって子を儲けていたことを自覚し、悲嘆に暮れ・・・

  ギリシア悲劇の代表格らしいです。

  簡潔で明快でスリリング。登場人物はそれほど多くはないし、短いので読みやすいです。以前にオイディプスがスフィンクスを退治しているそうなのですが、それらのことは基本的に劇の内では扱われません。だから、何人かの人間の掛け合いだけでほとんどの場面が終わってしまいます。それでいて、やっぱり衝撃的。

  全てが神託の通りにすすみます。オイディプスは、父を殺し、母を犯すことになります。運命に翻弄され、それに逆らうことは出来ません。その事態を避けようとしても、その逃避行為がさらに事態を悪化させてしまうのです。

  オイディプスは徹底的に無力で、なんというか憐れですらあります(最初から神託など受け取らなければいいのに、と思ってしまうけど)。しかし、人間はすべからくそういうものかも知れない、とも感じます。

  なんというか本当に救いがないです。

  『オイディプス王』は後世の学者・文学に多大な影響を与えたそうです。たとえばフロイトは、オイディプスこそ、人間の無意識のうちに潜む根本的な願望の具現化なのではないか、というようなことを推測したそうです(フロイトがエディプス・コンプレックスという言葉を生んだ)。なんとも嘘くさい気がします。フロイトは性的願望で多くのことを説明していくし・・・ そのようなことを気にせずとも楽しめます。

  藤沢令夫訳。


自森人読書 オイディプス王
★★

著者:  アーネスト・ヘミングウェイ
出版社: 新潮社

  老いた漁師サンチャゴは84日間に渡って1匹の魚を釣ることもできませんでした。それでも彼は待ち続け、老人を慕う少年の期待に応えようとします。そして、85日目になってとうとう大物を捉えます。ですが、その大物というのがまた途轍もない大きな敵だったため、老人は力を振り絞り、必死に闘うことになるのですが・・・

  アメリカの小説家・ヘミングウェイ晩年の作品。

  とにかく、単調です。事実をただただ丹念に列挙し、積み上げていくだけ。感情を排した、その男性的で濃密な文体が堪らなく良い、というふうに評価する人もいるみたいですが、読み進めていくだけで疲れてきます。徹底して感情的にならない文体にこだわること自体が、一種偏執的・感情的とも言える気がします。

  老人は、海を月に支配された女と似たようなものと看做し、それと闘います。しかし最終的に勝つことはできず、ボロボロになって帰還します。そして愛しの少年と再会します。

  基本的に、女性は物語の背景に存在するのみであり、全く未知なものとして描かれています。そして、老人が唯一、対等な「特定の存在」として認識しているのは、少年のみ。男にしか理解できない、男同士の結びつけというものがある、というメッセージしか読み取れないのですが。

  ようするに、『老人と海』というのはボーイズラヴみたいなものなのかなぁ。とか、そういうふうに勝手に推測すると『老人と海』も少しは楽しめるかも。

  ピューリッツァー賞フィクション部門受賞作。


自森人読書 老人と海
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