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自森人-自由の森学園の人-の読書ブログ
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★★★

著者:  筑波常治
絵:  坂本玄
出版社: 国土社

  「堂々日本人物史―戦国・幕末編」シリーズのなかの1冊。子ども向けのものです。僕は、偶然地元の図書館にあったこのシリーズを通して日本の戦国・江戸時代の詳しい流れを知るようになりました。だからなのか、このシリーズには愛着があります。

  この『高野長英』という本も、戦国に活躍した格好良い武将達(『山中鹿之介』『上杉謙信』『織田信長』などなど)の本の中に混じっていたのだけど、「江戸時代後期に活躍した蘭学者」と聞いてあまり興味を持てず、後回しにしていました。

  しかし、読んでみたら、高野長英という人は学者なのに、壮絶といってもいいような一生を送っていると知って驚きました。

  もともと仙台藩の医者の家に生まれましたが、学問をやりたくて故郷を離れます。まずは江戸へ行き、それでは飽き足らずに最先端の蘭学が学べる長崎へ行き、シーボルトの鳴滝塾に入門。色々なことを学びました。「シーボルト事件」(シーボルトが日本の地図を持ち出そうとしたら幕府が激怒。シーボルトは国外追放となり、彼に地図を渡した役人は死刑になった)が起きると巧みに罪を逃れ、江戸へ戻ります。

  その後、蘭学を知悉する政治家・渡辺崋山と仲良くなり、飢饉対策・海防策を練り、活発な活動を繰り返しました。ですが、彼らは鎖国を国策としている幕府から警戒されました。

  「蛮社の獄(国際状況を知って幕府を批判した蘭学者などの知識人への弾圧)」が起こると投獄されます。それでもへこたれず、牢屋の劣悪な環境を批判。火事が起こると脱獄し、宇和島藩を頼り、書物などを書きながら生活。ですが、それは長続きせず、高野長英は江戸へ戻って町医者になりました。人相を変えていたそうです。しかし、発覚してしまい、幕府の役人によって捕縛されるのに抵抗し、死亡しました。

  無知な権力者を批判して闘い殺される、というのは戦国武将の一生と同じくらい激しくて、凄いなぁと感じます。「平和」といわれた江戸時代にもそんなことがあったと知って驚きました。


自森人読書 高野長英
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