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自森人-自由の森学園の人-の読書ブログ
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『失踪者』
主人公は、カール・ロスマンという17歳の青年。彼は年上の女中に迫られて子供を産ませてしまい、故郷ドイツを追われます。そして汽船でニューヨークへ行くのですが、傘を忘れたことに気付きます。なので、トランクを他人に任せ、汽船に舞い戻ります。そこで火夫に出会い、彼が屈辱的な仕打ちを受けていることを知って弁護しようとします。そして船長のもとにいったら、伯父ヤーコプと出会い・・・

1912年頃から書き始められた未完の長編小説。

かつては『アメリカ』というタイトルで知られていた作品。今回再構成がなされています。これまで本編の中に組み込まれていた断片が、カフカの草稿通りに断片として収録されています。

カフカの小説はやはり面白いです。カフカは捉え難い世界/規範に翻弄される人間を描いているのだろう、と僕はこれまで思っていました。だけど、『失踪者』を読み、実はもう少し考えられているのかも知れないと感じました。もしかしたら、カフカは近代化(モダニズム)に違和感を覚えた人間なのではないか(翻訳者・池内紀の解説が素晴らしいので、これといってつけくわえることもないのですが)。

無垢なカールはどこまでも漂流していきます。

カールはヨーロッパを追い出され、近代化・産業化が進んだアメリカにたどりつきます。そこで、「一種の代理業・仲介業務」の結果、巨万の富を築きあげた伯父ヤーコプと出会います。ヤーコプは物をつくるのではなく、物と情報を早く流通させることで金を得ています。近代化というか、資本主義(市場経済)の申し子なわけです。ですが、カールは伯父から絶交され、追い出されます。そしてシステムからあぶれた人たちとつるむことになります。

その後、ホテルのエレベータボーイになります。なのに誤解から仕事を追い出されます。カールの正義は規範に敵いません。何もしていないのに警察に追われます。やたらとめぐり合わせが悪いのです。だから再びシステムからあぶれた人たちとつるむことになります。

結果としてカールは仲間から奴隷のような扱いを受け、バルコニーに押し込められます。そして、判事候補者の演説とその支持者が反対派と非難しあう場面を見下ろし、それに思わず惹き込まれます。ですが、カールと語り合う学生は「一番当選すべき人が当選しない」といいます。一種のイベント/見世物でしかない、多数決/選挙を痛烈に諷刺しているわけです。

最終的に、カールはオクラホマ劇場に就職します。そこではカールがどこに属する者なのか、ということが徹底的にあぶりだされます。家族いるかいないか、技術者かそうでないか、何が出来るか、と問われ、中学卒のところへいかされますがヨーロッパからきたかと分かると、さらにヨーロッパの中学卒のところへ回されます。翻訳者は「「救済」の門をくぐるには、お役所式の手間がかかるのだ」と書いていますが、そのしつこさは不気味です。しかし日常的にそういう光景に出会います。それは、近代になってから主権国家/国民国家が生まれ、土地、言葉、思想といった全てのものがどこに帰属するかしつこく問われるようになったからではないか。

「冷気が顔を撫でた」という一文で物語が終わるのですが、その辺りの気持ち悪さを、カフカはよく分かっていて書いたのかも、と感じます。カフカは、故郷なきユダヤ人(当時はまだイスラエルもなかったし)でありながら、保険局に勤める公務員でもあったのだから。


読んだ本
フランツ・カフカ『失踪者』

読んでいる本
ジョージ・オーウェル『動物農場』
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