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自森人-自由の森学園の人-の読書ブログ
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★★★

著者:  町田康
出版社: 文藝春秋

  短編集。『くっすん大黒』『河原のアパラ』収録。

  『くっすん大黒』
  不意に働くのが嫌になって仕事を捨て、毎日酒を飲んでぶらぶらふらついていたら、妻が去りました。雑然とした部屋の中にはバランスの悪い大黒が一体あって、それが頭を悩ませます。よく倒れるからです。それを捨てるべく家を出るのですが・・・

  『河原のアパラ』
  新入社員の勝手な女性と対立し、罪をなすりつけられてしまい、逃亡するはめになり・・・

  愉快な小説。全てがでたらめ、いきあたりばったりです。そして、妙に歪んだまっさらな人たちが登場します。ユーモアが満載。

  あえて「文学」として造っているわけではないのに、それが文学になっているのだろうところはさすが。生粋の純文学っぽいのだけど、いろんなところで笑えてなかなか良いです。ただ、いかにもねらっているんだな、ということが感じられてしまうところがいまいち。少し飽きてきます。

  小説家・町田康のデビュー作。それまでもパンク歌手として歌ったり、詩集を出したりはしていていたそうですが、『くっすん大黒』で小説界にも登場したわけです。

  第7回bunkamuraドゥマゴ文学賞(選考筒井康隆)、第19回野間文芸新人賞受賞作。


自森人読書 くっすん大黒
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★★★★

著者:  多和田葉子
出版社: 青土社

  あなたの旅行記。『第1輪 パリへ』『第2輪 グラーツへ』『第3輪 ザグレブへ』『第4輪 ベオグラードへ』『第5輪 北京へ』『第6輪 イルクーツクへ』『第7輪 ハバロフスクへ』『第8輪 ウィーンへ』『第9輪 バーゼルへ』『第10輪 ハンブルグへ』『第11輪 アムステルダムへ』『第12輪 ボンベイへ』『第13輪 どこでもない町へ』収録。

  最初は、ある程度普通っぽいのですが、じょじょに幻想的な雰囲気になってきます。夢が入り混じってくるような感じ。けど、ホラーというわけではありません。全体的には静かな雰囲気が漂っているし、とぼけた味わいがあります。『容疑者の夜行列車』というタイトルは少し不穏ですが、中身はもう少し落ち着いたような感じがしました。

  『第5輪 北京へ』に登場する学生が印象的でした。疑心暗鬼に陥る私を裏切らない人。

  明確な目的もなく、ただ夜行列車に乗るあなた。日常と非日常の狭間を揺れるあなたはいったいどこへ向かおうとしているのか。

  夜行列車での旅を、人生の比喩と捉えるのはたぶんめちゃくちゃで陳腐すぎる、とは思いますが、やっぱり人生に似ているような気がしました。みんな自分の人生を普通のものと思っているだろうけど、本当は普通なんてことはないのではないか。それを非常に面白い形で表したのが『容疑者の夜行列車』ではないか。読んでいると、目的のない曖昧模糊とした妙に不可思議な旅を楽しめます。

  第14回伊藤整文学賞、第38回谷崎潤一郎賞受賞作。


自森人読書 容疑者の夜行列車
★★★

著者:  佐藤亜紀
出版社: 新潮社

  主人公は、バルタザールとメルヒオール。二人は一つの体の中に同居しているのです。彼らは貴族なのですが、世界が変わっていく中で母親は憤死し、家はじょじょに落ちぶれていきます。そうした中で父の後妻と不倫関係に陥ったりして苦しむのですが、父の死とともに家を手放し、故郷を離れることになりました。しかも、ナチスが台頭してきていて・・・

  一つの体に二つの人格というのは、漫画などでもよくあるパターンのような気もするけど、佐藤亜紀はそれをみごとに活かし、物語を構成していきます。

  前半部分『転落』は、ようするにヨーロッパを舞台にした『人間失格』ではないか、と感じました(いや、僕の読みが底抜けにおかしいだけかも知れないけど)。主人公とその周囲の人たち、そして物語自体にも反時代的・反社会的な香りがプンプン漂っています。

  主人公の愚かさには呆れます。勝手に堕落し、転落してください、と思ってしまいます。神話的世界においては、「運命に導かれて破滅した人」が登場しても納得できます。けど、物語の舞台が近代だと嫌な奴にしか思えない。

  文体も、物語も、全体的にとにかく格好良いです。いかにも文学好きな人が好きそうな小説。惚れ惚れするけど、読むのは一度だけで良いや、と思ってしまいました。なんというか、どことなく漂う衒学趣味の影と、その濃厚さに飽きる、というか疲れるのです。僕が小説読みとして未熟なだけかも知れないけど。

  「日本人が書いたものとは思われない」と評していた人がいたけど、確かに。

  日本ファンタジーノベル大賞受賞作。佐藤亜紀のデビュー作。


自森人読書 バルタザールの遍歴
★★★★★

著者:  莫言
出版社: 岩波書店

  中国のマジックリアリズム小説。眩暈がしてきます。読んでいて本当に疲れました・・・ 物語はちょっと変な構造をしています。

  「酒国にて、街の政府高官が嬰児の丸焼きを食しているという情報を得た特捜検事は事態を重く見て、『丁鈎児(ジャック)』という捜査官を送り込みます。彼は、潜入捜査を行おうとするのですが、なぜか全てがばれていて、女と酒によって取り込まれていきます。そして、彼は激しい混乱の中で破滅していきます・・・」というのは、莫言が執筆中の『酒国』という小説です。つまり作中作。

  その莫言という高名な小説家は、酒国に住む文学青年・李一斗と往復書簡を交わしていました。その手紙が物語の途中途中に挿入されます。そしてその手紙とともに載せられているのは、文学青年が次から次へと送りつけてくるグロテスクな短編小説。文学青年は、それらの作品を世間に発表して欲しいと願うのですが、手厳しい体制批判が含まれているためか出版されません。青年はじょじょに体制批判を避け、莫言に媚びるような手紙を送ってくるようになってきます・・・

  文学青年の書いた短編小説の世界観は、『酒国』ともリンクしてきます。そうして『酒国』という小説と、往復書簡と、文学青年の書いた短編小説と、莫言自身の手記とが渾然一体となり、グロテスクで、どこかおかしくて、不可解な混乱が生まれています。

  本当に訳が分からないです。

  もうめちゃくちゃというしかない。でも楽しいです。美味しそうな嬰児料理と、溢れかえって物語を破壊しつく酒。体制を嘲笑しつつ、それを強く批判するその姿勢。醜い自分を自覚して自虐する莫言の自己反省。ぐちゃぐちゃだけど、この『酒国』と言う物語そのものが、今の中国それ自体を表している、という指摘には頷かされます。

  精神的余裕がある時に読まないと、精神崩壊を招きそうな強烈な作品。


自森人読書 酒国―特捜検事丁鈎児の冒険
★★★★★

著者:  アルベール・カミュ
出版社: 新潮社

  二部構成。

  主人公はアルジェリアのアルジェに暮らすムルソーという男。彼は、母親の訃報を聞いて養老院へ行き、母の葬式に出席しますが、とくに泣いたりはせず、淡々とそれを終え、すぐさま家に帰りました。そして翌日には知り合いの女性とセックスしたりして、いつもと同じように日々を過ごします。しかし程なく悪友レエモンに巻き込まれ、アラブ人との喧嘩に加勢したことからなんとなくアラブ人の男を射殺してしまいます。ムルソーは、「太陽のせい」と言いました。そして、死刑の判決を下されることとなります・・・

  変則的な法廷小説のよう。

  太陽が照りつける灼熱の地が舞台だからか、からっとしています。別に盛り上がる部分があるわけでもないのに、とても面白かったです。なんというか、変てこな爽やかさを感じました。人を殺してしまったのに、なんとも思わない彼の心の風通しの良さというか悩まなさが面白いです。

  主人公は決して狂った人間ではない、と僕は感じました。それなりに一貫した論理を持っている人のような気がします。ある意味、芝居をせずに自分の思ったとおりに行動しているわけだから、真っ当なのではないか。

  最終的に、ムルソーは死刑判決を下されるわけですが、全く悔い改めていない者に罪を与えたところで意味があるのか。全く裁きとして成立していない気がします。彼は、周囲の決まりからはずれたことから、「異邦人」となってしまったのかなぁ。その場合、その事態に困るのは周囲で、彼自身は全く困らないというとこになります。死にも重い意味を見出さない彼という存在に、少しでも傷を与えうる者はどこにも存在しないわけだから。だから、消されてしまったのか。


自森人読書 異邦人
★★★

著者:  舞城王太郎
出版社: 講談社

  『熊の場所』は舞城王太郎の中短篇集。『熊の場所』『バット男』『ピコーン!』収録。

  『熊の場所』
  僕はまー君の猫殺しに気付き、立ちすくみます。どうすれば良いのか。そんな時、父の話を思い出しました。僕の父は、熊に襲われて逃げ出したことがあります。しかし、父は一生熊から逃げ続け(その記憶をひきず)るのは嫌だ、と思い、引き返して熊に闘いを挑みました。僕も父と同じように熊の場所へと戻っていきます。そして、自分の弱さに挑みかかるのです・・・

  『バット男』
  バットを持ち歩いているおかしな人がいました。ですが、彼はそのバットを威嚇としてしか使わず、逆にバットを奪われ、いつでも叩かれ、蹴られる役でした。僕はバット男の反撃を待っていました。ですが期待は裏切られ、とうとうバット男が殺されてしまいます。そんな中、友達の彼女がそのバット男に金を貰って体を売ったということが明らかになり・・・

  『ピコーン!』
  改造車を走らす馬鹿の集団の中で、チョコと哲也は出会います。チョコは今の状況から抜け出そうとするのですが・・・

  今回はかなり純文学っぽいです。SF的設定やミステリ的趣向はほとんどありません。

  グロテスクだけど、面白いです。文体が素晴らしいです。どうすればここまで書き殴っているみたいなのに分かりやすい文章が書けるのだろう。


自森人読書 熊の場所
★★★

著者:  ねじめ正一
出版社: 新潮社

  正一少年は江州屋のせがれ。「削りがつをと言えば江州屋」という言葉が示すとおり、彼の家は削りがつをが売りの乾物屋でした。彼は自分の家の家業を少しいやだなと重いながら、でもやっぱりいやだとは言えず、すこし良いかもとも思っているのですが・・・

  連作短編集。『天狗熱』『六月の蝿取紙』『もりちゃんのプレハブ』『にぼしと口紅』『富士山の汗』『真冬の金魚』収録。

  抑制の効いた文章が非常に良いです。さらりとしているのですが、淡い味があります。いろんなことを語ってくれます。

  ねじめ正一自身の少年時代の経験をもとにして、高円寺商店街の日々の風景を描き出した小説。ほのぼのとしていますが、正一少年の小さな不満などもきちりとかかれていてよかったです。共感しました。しかし、「懐かしく温かい商店街」の風景自体には思いを馳せることができませんでした。過去にはそんな時代もあったのか(少し美化されているにしろ)、というふうに感じました。

  第101回直木賞受賞作。芥川賞と直木賞の違いがよく分からなくなってしまいました。『高円寺純情商店街』みたいな小説は私小説だし、芥川賞にいく種類の小説だと感じたんだけど。境界線というものがいまいち分からないなぁ・・・

  そういえばドラマ化されているそうです。


自森人読書 高円寺純情商店街
★★★

著者:  玄月
出版社: 文藝春秋

  『蔭の棲みか』は玄月の短編集。『蔭の棲みか』『おっぱい』収録。

  『蔭の棲みか』
  主人公は、「枯れた」老人、ソバン。彼は、かつての戦争で機銃掃射を浴びたため右手首から先を失っていました。その彼の手と彼の存在はバラックの集まる集落では一種の伝説と化しています。ですが、老人自身はかつて息子に「なぜ日本軍人だったのか」と非難され、その上息子が学生運動に参加して死に、さらに妻も事故で失ってから無為の日々を過ごしていました。近頃では、ボランティアとして独居老人の訪問を行っている主婦・佐伯さんの訪問だけが楽しみとなっていたのですが・・・

  『おっぱい』
  完全に切れてしまったようでどこかつながっている祐司、由子夫婦のもとに、康先生と彼の盲目の娘、美花が訪ねてきます。彼らのつきあいはどこかぎくしゃくとしているのですが・・・

  『舞台役者の孤独』
  最も読みづらいです。勝手に物語を妄想する青年、望が主人公。彼は父母や弟を失い、さらには養ってもらっていた伯父叔母を失う中で、死というものを上手に認識できなくなっていました。けれど弟の死を忘れることはないように、公園の滑り台のところにきて、韓国教会の十字架の影を眺めていたのですが・・・

  どの短編にも在日韓国人や不法滞在者の人たちが登場します。作者、玄月自身も在日韓国人だそうです。小説は独特の暗い雰囲気を持っています。

  収録されている3つの物語をどのように解釈すれば良いのか、考えてしまいます。在日韓国人の歴史そのものを背負っているかのような老人、ソバンは最終的に、「単一民族国家」日本を守ろうとする官憲に噛み付きます。それは、過去を清算するための攻撃だとは思えません。もしもそうだとしたら誰も救われない。無邪気な「単一民族国家」という考えに対する反抗ではないか。

  『おっぱい』は、第121回芥川賞候補作。『舞台役者の孤独』は第8回小谷剛文学賞受賞作。『蔭の棲みか』は第122回芥川賞受賞作。


自森人読書 蔭の棲みか
★★★★★

著者:  堀江敏幸
出版社: 新潮社

  雪沼とその周辺に生きる人たちの姿を描き出した連作短編集。『スタンス・ドット』『イラクサの庭』『河岸段丘』『送り火』『レンガを積む』『ピラニア』『緩斜面』収録。それぞれの物語は、微妙にリンクし合っています。

  『スタンス・ドット』が最も印象的でした。その日限りでボウリング場を閉める老人と、そこにトイレを借りるため偶然入ってきた男女の物語。

  日常の一場面を静かに切り取った短編ばかりが集められています。全体的に何もないようでいて温かいです。

  だけど、どこかに寂しさも併せ持っているような気がしました。登場人物に年を取った人が多いためかも知れない。多くのものを失い、深い悲しみや暗がりを抱えてそれでも生きていく彼らの心情がにじみ出ているのではないか。そうではなくて、彼らだけでなくて雪沼という町自体が世間の喧騒に取り込まれなかった代わりに、ぽつんと取り残されてしまったのかも知れない。

  「雪沼」というくらいだから、雪が降ってくるのかと思いきや、回想のシーンにしか登場しません。雪のことを思うと、どれだけのことが書かれていないのか、この物語の中に収まりきらないものがどれほどあるのか、ということを考えてしまいます。巧いというしかないです。

  非常に上品な小説。しかし優雅なだけではありません。重いものを含んでいます。

  『スタンス・ドット』は、第29回川端康成文学賞受賞作。『雪沼とその周辺』全体は、第40回谷崎潤一郎賞・第8回木山捷平文学賞受賞作。


自森人読書 雪沼とその周辺
★★★

著者:  辺見庸
出版社: 文藝春秋

  『自動起床装置』
  眠りというものと真摯に向き合う「起こし屋」聡。ぼくは彼に触発され、仮眠室に眠る男達をうまく目覚めへと導くべく努力していました。ですが、昼間の毒気を吐き出すように眠る人たちと向き合う日々が終わる可能性がでてきました。自動起床装置の試験導入が決定したからです。聡は、「睡眠と覚醒」の過程に機械を持ち込むことに対して怒るのですが・・・

  『迷い旅』
  私はカンボジアの戦場を旅していきます。何度も引き返そうとするのだけど、なぜかうまくいきません。そうしてたどり着いた先には・・・ ほぼエッセイに近いもの。

  『自動起床装置』は芥川賞受賞作。

  機械化があらゆるところに忍び込み、自然な感覚を破壊しているという主張はまぁありきたりなのだけど、「眠り」を用いてその主張を掘り下げていくところが面白い、と感じました。けっこう深いものがあります。主人公の考えが曖昧なところも良いです。作者の主張を主人公が代弁してしまうようになっていたら、ちょっとなぁと思ったかも知れないけど、そういうふうな構造にはなっていません。不思議な雰囲気を持っている聡が語るからこそ、良いと感じます。

  芥川賞を受賞していますが、辺見庸はもともとジャーナリストだそうです。今では、反米主義、反右傾化を公言し、活動しています。力強いと感じます。その力強さは、フィクションとノンフィクションを渡り歩いたからこそ生まれたものなのかもしれない。


自森人読書 自動起床装置
★★

著者:  笙野頼子
出版社: 講談社

  笙野頼子の短編集。『なにもしてない』『イセ市、ハルチ』収録。

  『なにもしてない』
  ナニモシテナイ自分に対して納得できない私。彼女は、接触性湿疹が発症したのに病院へ行かず、病気を悪化させてしまいます。どうやら彼女はもう30なのに、独身だということに滅入っているようです。そんな日々の中に、天皇即位式がからんできて・・・ 接触性湿疹と天皇即位式が並列して書かれています。第13回野間新人賞受賞作。

  『イセ市、ハルチ』
  故郷であるイセ市ハルチに帰ってきたのに、妙に違和感がぬぐえない私。そこが本当に実在しているのかが彼女には分からないのです。そんな中で、彼女は伯母アイとのかつての忌まわしい関係を思い出していくのですが・・・

  笙野頼子の第1小説集。

  いったい『なにもしてない』という作品は、どういうふうに解釈すれば良いのか。社会の中心に立とうとしている天皇と、社会の片隅で病んでいる私とを対比しているのだろうか。そういうふうには全然読めないのですが・・・ もしかしたらそこに横たわる断絶を描いているのかも知れません。『イセ市、ハルチ』は故郷帰りの物語。人、とくに女が徹底的に束縛されていた街で幻想を見る主人公は苦しそうです。

  読んでいたら、なんだか気分が滅入りました。

  主人公の女性の欝な気分が乗り移ってきます。笙野頼子の文章は非常に読みにくいです。しかも重いし、よく分からない。なんというかずっと水の中に沈んでいるような感じ。まぁそういうふうな感想を抱かせる笙野頼子と言う人は凄いけど、とにかく読むのが辛かったです。それ以外感想を思いつかない。僕は純文学が読めないなぁ、と感じました。


自森人読書 なにもしてない
★★★★

著者:  堀江敏幸
出版社: 新潮社

  時間給講師の私は、昇り龍を背負った印鑑職人の正吉さんと偶然知り合います。2人は居酒屋「かおり」で同じ珈琲を飲みつつ、少しだけ言葉を交わすような仲でした。そんなある日、正吉さんが大切な人に印鑑を届けるといったきり姿を消します。彼は「かおり」に土産のカステラの箱が置き忘れたままでした。それを私は預かるのですが、正吉さんは帰ってきません。それでも私の日常は続いていきます。大家の米倉さんと一緒に酒を飲み、その娘の咲ちゃんには勉強を教え、時には翻訳の仕事をし、競馬と昔の小説(島村利正の短篇集『殘菊抄』のはなしが出てきたりする)についていろいろ考えたりしながら、1日1日はさらさらと流れていきます・・・

  『サアカスの馬』(教科書に載っている作品)について書いてある部分とか、面白かったです。あと『スーホの白い馬』が登場したときは懐かしくなりました。

  長い文章が多いです。それらの文章は、一度読んだだけでは意味を汲み取れないこともあるのですが、だからこそ味わいがあります。お手本にしても構わないような名文かどうかは分からないけど、僕は好きです。とても流暢でさらさらした感じがします。

  読んでいていかにも純文学っぽい、と僕は感じました。純文学特有の「訳分からなさ(大江健三郎や、笙野頼子みたいなとっつき難さ)」はないです。とはいえ、どんどん読み進んでいけるような軽い文章ではありません。

  とにかく淡々としています。けど面白くて読みたくなります。落ち着いた慎ましい雰囲気が良いのかもしれない。「風雅」という言葉を思い浮かべます。


自森人読書 いつか王子駅で
★★★

著者:  山崎ナオコーラ
出版社: 河出書房新社

  39歳の女性教師ユリと、彼女に惹かれた19歳の磯貝みるめ/オレの物語。。ユリの目尻がかわいいと感じるオレが物語を語ります。2人とも不器用で、相手を満足させられているか分からなくて、セックスもうまくなくて、けれどとても仲良くしていたのですが・・・

  第41回文藝賞受賞作。芥川賞候補作。絶賛された作品。

  強烈な著者名とタイトルに比べて、中身は普通。もっと奇想天外な作品だろうと予想していたのに普通の恋愛小説でした。2人の年齢差もそれほど強調されていないし、とくに新しい工夫もないし。まぁ凄い、と感じる部分はとくになかったです。

  だけど、これがデビュー作というのは凄いことかもしれない。たわいない恋愛をそのまま1つの小説にまとめることは、想像以上に困難な作業のような気もします。どういう塩梅にすればぴったりくるか。そこの加減が難しそうです(あんまり悲劇だと煽っても白けるし)。

  文章はスカスカ(わざとなのだろうけど)。しかも短いので、とにかく読みやすいです。面白いと思う描写は結構ありました。

  全体的に淡白だし、爽やかです。あんまり多くを語らない文章が効果的なのかも知れない。

  映画化もされているそうです。


自森人読書 人のセックスを笑うな
★★★★★

著者:  安部公房
出版社: 新潮社

  昆虫採集に出かけた男は砂丘に迷い込み、村落の人間に助けを求めた。だが、彼らは男を助けるどころか、砂の中に埋もれゆく一軒の家に閉じ込めてしまう。男は、その家にもとからいた女とともに砂掻きをしながら、生活していくことになるのだが、どうしても納得できず何度も脱出を試みる。しかし、決してうまくいかない。女は逆に、男を家に縛りつけようとした。村の人々はそれを冷静に観察していて・・・

  1/8mmの砂に包まれた小説。

  砂に埋もれつつある村なんてものは、存在しないはずです。それなのに細部の描写が生々しいだからか、いかにも本当にある出来事のような気がしてきます。安部公房の創りだす気持ち悪い世界というものは凄いです。

  文章は、非常に読みやすいです。普通のサスペンス小説でも読んでいるような気分で読めます。中身を理解できたとはいえないけど・・・

  「罰がなければ逃げる楽しみもない」という扉の言葉に呼応して、世界が逆転してしまう三章が非常に面白いです。それまでの過程があるので、結局男がたどり着いてしまった境地になんとなく納得できてしまいます。「希望」とはいったい何なのか。どこにもそんなものはなくて、本当は自分で勝手に思い描くものなのかも知れない。

  第14回読売文学賞を受賞。1968年、フランスの最優秀外国文学賞を受賞。映画化もされています。


自森人読書 砂の女
★★

著者:  森博嗣
出版社: 文藝春秋

  連作短編集。『少し変わった子あります』『もう少し変わった子あります』『ほんの少し変わった子あります』『また少し変わった子あります』『さらに少し変わった子あります』『ただ少し変わった子あります』『あと少し変わった子あります』『少し変わった子終わりました』収録。

  後輩が失踪したため、彼が通っていたという不思議な店を訪ねることにします。そのお店は不思議なお店でした。予約のたびに場所が変わります。しかも、行く度に毎回違う若い女性が食事に相伴してくれます。とはいえ、何かしてくれるわけではなくて、ただ向き合って食べるだけ。時々人によっては会話したりもするのですが、たいていは黙っているだけ。自分はだんだんその店に惹かれていくのですが・・・

  ちょっと幻想的。いかにも森博嗣というような文章と展開。

  「日常というものから少し離れてみたら楽しいのでは?」というメッセージを感じました。だけど、読んでいて非日常というものに捕らわれたら、「ここ」から消えねばならないのではないか、もう「ここ」にはいられないのではないか、というような気もしました。それでも良いならば、非日常にどっぷり嵌まり込めばいいのか。う~ん、どちらが良いのか。

  そういえば、主人公は小難しいことばかり延々と考えています。頭が疲れないのかなぁ。けど、もしかしたらそれが楽しいのかもしれない。

  最後の最後になって、どきっとさせられます。思わぬ仕掛けがあったのです。怖いなぁ。


自森人読書 少し変わった子あります
★★★★

著者:  小島信夫
出版社: 講談社

  大学講師の夫は、ある日妻がアメリカ兵と情事を重ねていると聞いて驚愕。それをどうにかするべく、息子・娘を誘って家事を手伝おうとしたり、米兵と妻を対決させたりしようするのですが、どうしても上手くいきません。何をしても滑稽になってしまうのです。そして彼は家を引っ越すのですが、その途端に妻の乳癌を発見してしまい・・・

  高度成長期の崩壊していく日本の家族を描いた作品、なのか?

  アメリカ的なものが侵入してきて、日本の家父長制をぶち壊していくその様子を陰惨かつ滑稽に描いたものらしいです。あまりにもありきたりな展開をみせるのですが、「それは狙ってやったことだ」と指摘する大江健三郎の解説を読んで、ちょっと納得しました。

  全体的にもやもやして気持ち悪いです。文章に掴みどころがない。展開にも掴みどころがない。悲劇的な雰囲気が最高潮に達すると、それをぶち壊すように何かが起こり、ぐにゃりと悲壮感とかががねじまげられます。凄くもやもやもやもや。隔靴掻痒とはこういうことか。

  最初から最後までなんだか何かがわからない。それは、物語としての論理性が破壊されており(文学を支える「お約束」が通用せず)、そして主語と述語が妙にずれた文体がその支離滅裂な世界を支えているからなのではないかと思いもするのですが明確には理解できなかったです。だけど、そこが作者の持ち味なのではないか、とも感じました。

  カフカの「不条理」と通ずるものがある気がします。いや、もししたら全く逆なのかも知れないけど。カフカの作品では、「自分」と「世界」は断絶しているのですが、小島信夫の作品だと「自分」は「世界」に取り込まれてしまいます。

  最終的に抱擁どころか離散しているし。タイトルはいったいなんだったのか。考えさせられます。

  第1回谷崎潤一郎賞受賞作。


自森人読書 抱擁家族
★★★

著者:  重松清
出版社: 文藝春秋

  短編集。『ひこうき雲』『朝日のあたる家』『潮騒』『ヒア・カムズ・ザ・サン』『その日のまえに』『その日』『その日のあとで』収録。

  『ひこうき雲』と、あとは表題作『その日のまえに』が印象に残りました。

  『ひこうき雲』は、小学校時代に、クラスメイトだったガンリュウという女の子が、遠くの病院に行ってしまったことを回想する物語。ガンリュウは、厳しく人を問い詰めてすぐに泣かすような子だったのですが、そんな子であったとしても人です。彼女の病に戸惑い、実感をもてない同級生達は心にもない慰めの言葉を送るのですが・・・

  『その日のまえに』『その日』『その日のあとで』は大切な人を失う「その日」に向けて、どのように歩んでいくのか。「その日」をどのように受け入れるのか。そして、「その日」のあと、どうやっていきていくのか。そう問う連作短編。この物語において、大切な人というのが誰を指すのかと言うと、具体的には妻のこと。夫と2人の息子が残される側。

  それぞれの短編のメッセージはどこか繋がっています。そして、作中の人物同士にも微妙なつながりがあります(『ひこうき雲』に登場した学級委員が、看護師になっていたり)。

  難病や、死とどのように付き合っていくのか。とても難しい問題だなぁ、と思います。人間は誰でもいつか死にます。だから、それはどうしようもないことではあるんだけど、「やっぱりどうしようもない」などという言葉で済ませることは出来ません。どうすればいいのだろうか。けっこう著者が狙って、「死」を演出しているっぽい、というところが分かってしまうのが欠点。

  2006年第3回本屋大賞ノミネート作(5位)。


自森人読書 その日のまえに
★★★★

著者:  海老沢泰久
出版社: 文藝春秋

  『美味礼讃』は一応フィクション。辻静雄と言う人の半生を描いた重厚な小説。

  でも、主人公の辻静雄は実在の人物。フランス料理研究家。美味しいものを追求するために、一生を捧げた人です。

  辻静雄は日本に本当のフランス料理というものを持ち込み、それまでのでたらめな「西洋料理」を駆逐しました。そして、それだけでなく父の学校を引き継いで発展させ、辻調理師学校を設立、優れた料理人をたくさん育成していきました。最期は色々食べ過ぎて肝臓を悪くして死去。

  美食というのは怖いものだなぁと感じました。料理の世界はとにかく残酷らしいです。とにかく古くなったらもうおしまい、味が落ちたらもうおしまい、という世界だから、もうみんな必死で蹴落としあうわけです。壮絶です・・・

  あと、辻静雄らは料理の研究のために何千万・何億円とお金をつぎ込むわけですが。地球の裏側では何万という人が餓死している一方で、日本では美食のために金が山積みされているこの世界と言うのはいったいなんなのか、と感じました。

  食べるという行為の意味自体が場所によって全く異なるわけです。一方の場所においては生きるためであり、もう一方の場所においては楽しむため。楽しむのが悪いとは思わないけど、物凄い差です。「辻の美食はブルジョアの真似事だ!」と吠える辻静雄の元同僚の記者がいるんだけど(嫉妬から言ったとしか思えないけど)、ある程度は共感します。

  しかし、辻静雄が「料理は芸術だ」というふうに言って、金に糸目を付けないところはやっぱり凄いとは感じました。日本の食を変革した、辻静雄の静かでありながら凄まじい人生を淡々と描いたところが素晴らしいです。


自森人読書 美味礼讃
★★★

著者:  絲山秋子
出版社: 講談社

  絲山秋子の短編集。『袋小路の男』『小田切孝の言い訳』『アーリオ オーリオ』収録。本屋大賞候補作だったので読んでみました。

  『袋小路の男』『小田切孝の言い訳』は連作短編。ダメな男、小田切孝からいつまでも離れない日向子が主人公です。「究極の純愛小説」というふうに紹介されていたので、『ナタラージュ』みたいな小説なのかな、と思いきや、そのようなことはありませんでした。なんとも言い難いです。何にでも、究極とつければ良いというものでもないと思うんだけど・・・ 『袋小路の男』は川端康成文学賞受賞作。

  『アーリオ オーリオ』は、宇宙というものをテーマに据えた小説。姪と、天文学好きの叔父との文通から、何やら切なさが染み出てきます。

  一番良いと感じたのは『袋小路の男』。

  でも、『小田切孝の言い訳』は、別の意味で面白かったです。小田切孝という男のどうしようもない、救い難いほどの自己中心主義が的確に表現されているところが良いです。呆れてしまうけど、そこがとても印象的なのです。ただし、普通に面白いというだけでそこまで凄い傑作だとは感じませんでした。とくに、好きにもなれないし。

  読んでいて、絲山秋子は日常の中の些細な風景を切り取るのが巧い人だなぁと感じました。しかも、物語を転がしていくのも上手。思わせぶりなドラマティックな展開ではないのに、しっかりとメリハリがきいていて読まされます。ただし非常に普通。可もなく不可もなくと言う感じ。

  2005年第2回本屋大賞ノミネート作(4位)。


自森人読書 袋小路の男
★★★

著者:  舞城王太郎
出版社: 新潮社

  『みんな元気。』は舞城王太郎の中短篇集。『みんな元気。』『Dead for Good』『我が家のトトロ』『矢を止める五羽の梔鳥』『スクールアタック・シンドローム』収録。

  『みんな元気。』
  朝起きると姉が15センチほどベットから浮いてました。驚いて家族を呼ぶけど、そのうちそれどころじゃないことが起こります。なんと、空飛ぶ家族が現れ、朝ちゃんと昭との交換を求めてきて、朝ちゃんを連れて行ってしまったのです。竜巻に乗ってそれを追跡するのですが、結局朝ちゃんは去り、昭が新たに家族の一員となるのですが・・・

  『Dead for Good』
  暴力男・兼益によって半身不随になり、いきなり白目を剥いて狂ったように笑うようになってしまった男が主人公。死ぬってなんなんだ、と問う作品。

  『我が家のトトロ』
  娘の千秋が我が家の飼い猫レスカはトトロだと言い出し、脳医学者を目指す主人公は、いろいろ考えてみるのですが。

  『矢を止める五羽の梔鳥』
  よく分からない話。少女連続殺害事件と、山火事が起きて・・・ それが絡み合っているのかいないのか問うていったら、いつの間にか全てが現実から後退していったというような話。

  『スクールアタック・シンドローム』
  3人の生徒によって、600人もの生徒と教員が校舎ごと吹き飛ばされるという事件が起きた世の中を舞台にした物語。引きこもりの父親と、学校の人間全員を皆殺ししようとしている小学生が主人公。

  朝ちゃんが、「みんな元気」というところで笑ってしまいます。すでに、物語が展開していくことに意味が失われかけています。全体的に、ぶち壊れ度がさらにあがっているわけです。ただし、他の作品に比べれば文章は読みやすくなっています。だからなんとか最後まで振り落とされずについていけるけど、もう何が何やら把握できません。

  物語のテーマというものはすっきりとは示されません。よくは分からないけど、多分、「選択」/「愛」/「家族」なのだろう、と思います。何かを選び取ることは何かを切り捨てることである、という部分には納得します。だからって首を切り落とす、というふうに持っていくのはよく分からないけど。分かってたまるか、という感じなのか。


自森人読書 みんな元気。
★★

著者:  森絵都
出版社: 文藝春秋

  短編集。『架空の球を追う』『銀座か、あるいは新宿か』『チェリーブロッサム』『ハチの巣退治』『パパイヤと五家宝』『夏の森』『ドバイ@建設中』『あの角を過ぎたところに』『二人姉妹』『太陽のうた』『彼らが失ったものと失わなかったもの』収録。

  表題作『架空の球を追う』は、少年達の野球練習の風景を切り取った作品。『銀座か、あるいは新宿か』は、久しぶりに集まった女友達が銀座と新宿、どちらの方が良いか論争するという作品。まぁだいたいそんな感じで、日常の一コマを切り取ったような短編がいろいろ集められています。

  決してつまらないことはないのだけど、満腹感がなかったです。

  なんというか、普通な短編ばかり。

  「いかにも女流作家が書きそうな、生活の陰影をちょっとくりぬいた様な作品」と言ってしまってもいい気がします。あんまり面白みがありません。最近の森絵都は、よくも悪くも評論家から評価されそうな「普通」な小説ばかり書いているよう気がします。ひねくれた、というか(直木賞をとった『風に舞いあがるビニールシート』からか)。

  皮肉が利いていて、面白いんだけど、もう少し何か欲しい、というか。

  僕は、昔の作品の方が好きです。飛込競技を扱った、熱い青春スポーツ小説『DIVE!』や、どこか危うい雰囲気を漂わせつつも温かい青春小説『つきのふね』を読んだ時には、凄いと感じました。もう一度ああいう小説を書いてほしいなぁ・・・

  というわけで★2つ。


自森人読書 架空の球を追う
★★★

著者:  三崎亜記
出版社: 集英社

  舞坂町ととなり町との間に戦争が起こり、舞坂町町民の主人公は偵察任務をまかされました。彼は、香西さんと偽装結婚してとなり町に潜入することになります。しかし全然実感が湧きません。血が流れないからです。「戦争」ってなんなのか? 偵察任務につくことで戦争に加担したことになるのか? 主人公は悩むのですが・・・

  三崎亜記のデビュー作。第17回小説すばる新人賞受賞作。直木賞候補作。淡々としているので最初は少し退屈でした。しかし、読み進めていくうちに慣れてきました。

  「戦争」というものを把握できない主人公が結局、香西さんと一緒にいられなくなる/セックスできなくなることに唯一「戦争による痛み」を覚えた、という部分にはとても考えさせられました。彼は、セックスによって誤魔化されてしまって結局「戦争」を理解できなかったのではないか。

  最後まで、となり町との戦争とはなんだったのか分からないです。町の都合でいつの間にか始まって、そしていつの間にか終わっていて。でも、もしかしたら本当の戦争も同じようなものなのかも知れないとも感じました。とくに現代の戦争は。目に見えないから殺し合っていても実感が湧かない。だから、リアルな出来事として認知できないのかも知れない。

  香西さんが、まるでゲームのキャラのようで、現実感に欠けているのが印象に残りました。何も「リアル」なものがない時、どうすれば良いのか。

  いろんなことを考えさせられる秀作。


自森人読書 となり町戦争


著者:  小川糸
出版社: ポプラ社

  喋れなくなってしまった女性が、1日1組の客しかいれない田舎の食堂「食堂かたつむり」を経営するという物語。

  おとぎ話。とても生きていけるとは思えません。よほど資産家の親とかがいるなら別だけど。親のおかげで生きていけるとするなら、そのお店はおままごとじゃないか。ストーリーが、あまりにも都合よく展開していきます。「ケータイ小説」をバカにする大人たちがこれを推薦するというのは意味が分からない。

  死にかけたうさぎにビスケットをあげたら生き返った、というストーリーがあるのですが、それはうさぎの健康によくないです。わざわざ病気にしているようなもの。うさぎは草食の生き物なんだから。フィクションだから良いのかなぁ。

  あと。癌になったおかん(母)のペット、エルメス(豚)を食べてしまうという時の言い訳が納得できません。「おかんが死んだあと悲しまないように」「生き物をありがたくいただく」って、それはすなわち生け贄じゃないか。人間の勝手な理由のために殺しているのに、「それがエルメスにも伝わったようで大人しく殺された」。しかも、食べちゃった後に「エルメスは私の中に生きている」と言い出すのです。それは自己満足ではないか。動物を、勝手に自分の思考の尺度に押し込んで殺しているだけではないか。

  それならば、死んだお母さんだって食べて良いという道理になります。カニバリズムに結びつくわけです(『バルバラ異界』『ダレン・シャン』などを連想)。でも、それは都合が悪いから、最後の最後に「死んだ鳩にお母さんが宿った」というふうに思いこみ、鳩を食べておしまいにします。

  非常に中途半端というかどこもかしこも辻褄があわないです。そもそも何故、主人公が喋れなくなるのか。その必要性はどこにあったのか分からないのですが・・・


自森人読書 食堂かたつむり
★★★★

著者:  平安寿子
出版社: 講談社

  突如として「プチ家出」してしまい、何年たっても帰ってこない母親。取り残されても飄然というか、のんびりと構えて何もしない父親。ダメな男に貢ぐのが趣味で「家族」というものを笑い飛ばす姉。「かわいそう」な自分の境遇を嘆くのが大好きで生真面目な妹。そんな人たちで構成されている片岡家と、その周囲の人々の物語。

  「普通小説」の傑作。

  どのジャンルに属しているともいえないような、「普通」の人の「普通」な日常を描いた小説だから、普通小説と名づけてみたけど、「家族小説」と呼んでもいいかも知れません。

  家族のつながりの意味、を描いた小説として読めます。片岡家の人々は、全員揃ってちょっと待てよと言いたくなるほど、自分のことばかり考えています。しかし、読んでいると、表面的にはバラバラの家族に見えるけど、どこかではしっかりとつながっているらしい、ということがわかってきます。

  人に利用される素晴らしさ、を上手く描いてみせた小説でもあります。登場する人たちはみな互いに互いのことを利用し合っています。「利用」と書くと、どうしても陰険な綱引きを想像するけど、時にはそういうことも必要ではないか、という気にさせるほど、結果として片岡家の人達は誰もが楽しげです。今の日本に足りないのは、「人に利用される」ことを許容する心かも、と感じました。

  とはいえ、決して美談にはなりません。常識とか、道徳とかそういうものを全て蹴飛ばしてしまう強力なパワーに満ちています。シニカルな視点に立てば、生きることはコメディになるんだなぁ、と読んでいて強く感じました。


自森人読書 グッドラックららばい
★★

著者:  よしもとばなな
出版社: 文藝春秋

  短編集。『幽霊の家』『「おかあさーん!」』『あったかくなんかない』『ともちゃんの幸せ』『デッドエンドの思い出』収録。

  『デッドエンドの思い出』は。
  遠距離恋愛をしていた婚約者にふられてしまい、私は茫然自失の状態。恨んだりとかもしたけど、ボロボロになってしまいます。しかし、彼女は「袋小路」というお店で雇われ店長をしている西山君との関わりの中で、なんとか自分を取り戻していきます・・・

  子どもを産んでしまうと悲しい話は書けなくなると言われたよしもとばななが、出産を控える中、これまでに味わってきた悲しみや苦しみを今のうちに掬い上げようと書いていった作品を集めたもの、らしい。「一番うまく書けた」と本人が述懐しているそうです。

  よしもとばななの物語は、「剥き出しである」と誰かが分析していたけどよく分かるような気がします。暗喩だらけの村上春樹とは全く違うというか、ほとんど逆の作風ではないか。けど、物語の主人公が基本的にお金持ちで何不自由なく育ってきた人間である、という点は似通っている気もします。面白いなぁ・・・ 共通点と相違点を挙げていくと。

  よしもとばななの作品はどれもこれも、どことなく似ています。近しい人の「死」、心の浄化を促す「泣く」と言う行為、都合よく登場しては物語を進行していく「夢」、スピリチュアル的な発想、私が存在すること自体が素晴らしいというような悟り。そういうのがやたらと多い。それらの組み合わせによって成り立っているといってしまっても良いのではないか、とすら感じます。ですがそれにも関わらず、不思議なことに「読まされる」のです。しかも面白いと感じる。なんでだろう。普遍的なテーマだからかなぁ。

  2004年第1回本屋大賞ノミネート作(7位)。


自森人読書 デッドエンドの思い出
ウェブサイトhttp://jimoren.my.coocan.jp/
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