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自森人-自由の森学園の人-の読書ブログ
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★★★

著者:  三浦しをん
出版社: 新潮社

  連作短編小説。『結晶』『残骸』『予言』『水葬』『冷血』『家路』の6篇によって構成されています。

  大学教授・村川融は、まるで「肝臓を悪くした狸」のような顔なのに、なぜか数多くの女性から愛されていました。村上を取り巻く人たちは、彼を巡ってあほらしくも悲しいドラマを繰り広げます。たとえば、『結晶』の語り手は村川の弟子(男)、三崎。大学に村川と大学生の女とのスキャンダラスな関係を告発した怪文書が送られてきたことで、三崎は信頼を失い、危地に追い詰められ・・・

  「愛とは何か?」「愛を持続させていくためにはどうすれば良いのか?」と問うた小説。内容は陳腐といえば陳腐。しかも、タイトルからして気取っているし、読んでいくとやたらと格好良い表現にぶち当たります。読んでいると気恥ずかしささえ感じるほど。とはいえ、綺麗で凄い、ともいえます。

  村川の不倫の結果、彼の周辺の人々が巻き起こしていく出来事の数々を描いているわけです。しかし、その中心点にいる村川融という人のことは直接書かれることがありません。まるでブラックホールみたいだなぁ・・・ いったい何者なんだろう。

  村川が、永遠を信じるロマンチストらしいということはなんとなく分かるんだけど・・・ いまいちよく分からない。見えてこないです。う~ん、読んでいてとても面白いとは感じたし、風景描写も見事だとも思ったけど、だからどうということはないなぁ。三浦しをんは、エッセイの方(『しをんのしおり』)が面白い気がすると感じました。

  なので★3つ。


自森人読書 私が語りはじめた彼は
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★★★★★

著者:  野坂昭如
出版社: 新潮社

  「エロ事師」として、世の男どもにあらゆる享楽の手管を提供する人たちが主人公。始めは男女の睦言を盗聴したものを売りさばいていたのですが、その内写真に手を出すようになり、さらには映像にも手を出すことになります。そうして、彼らは段々とエスカレートしていき・・・

  長編小説。

表紙はちょっと気味が悪い感じ。ですが、中身は面白おかしいです。関西弁まじりなので、最初は少し読みづらいのですが、途中からは変な人たちが続々と登場してくるので、面白くなってきます。エロに熱くなり、全てを捧げる男達が滑稽です。

  主人公達の、世間の人たちに対するシニカルな視線がいい味をだしています(女子高生とセックスしたあとに、気をつけるんだよと注意する会社員の滑稽さ、とかをえぐる)。

  どことなく物悲しさも感じさせられます。とくに、娘に去られた後人形に発情するようになった主人公・スブやんのゆがみは痛々しいです。

  そして、死んだあとまで勃起しているスブやんの姿はとくに象徴的。エロを追求するうちに自分というものが失われて、「セックス」が自分になってしまった、ということを暗示しているのかなぁ・・・ いや全てを失ってしまったあとに、やっとエロを手に入れた、ということなのか(本末転倒)。かなりブラックなものも含んでいるような気がします。

  野坂昭如のデビュー作。それにしても、あの『火垂るの墓』の原作者がこんな物語を書いてデビューしたとは・・・ けっこう意外でした。関西弁がうまく駆使されているところが印象的。


自森人読書 エロ事師たち
★★★

著者:  島本理生
出版社: 角川書店

  主人公は大学二年の女性、泉。彼女は高校の頃の演劇部顧問、葉山先生に恋していました。2人は離れ離れになっていたのですが、卒業生も含めて演劇部の公演を行うという話になり、再び再開することになります・・・

  清冽な恋愛小説。さーっと流れていく文章が読みやすいです。「最高!」と絶賛する人がいるけどそこまで凄いとは感じませんでした。江國香織などの先駆者のあとを追っているようにしか見えません。でも決してつまらないということはないです。手厳しくけなしまくる人もいるけど、地の文は凄く綺麗だと思うし、とにかく読みやすいです。

  気になったのは会話の日本語。綺麗過ぎて、ちょっと違和感がありました。演劇やっている人たちだからしっかりした日本語を喋る、といわれたらまぁ納得しないでもないけど、ここまで整った日本語を喋る人がいるのだろうか? あと、臭いセリフが結構たくさんあるのですが、現実にそのようなことを言う人がいたら逆に気持ち悪いのではないか? まぁこれは小説だから良いのか。

  気になる点はいろいろあるけど、面白いです。「女学生が恩師に恋する」という設定は、昔からありがちだし、ある意味ではベタともいえます。ちょっと陳腐のような気もするけど、著者が上手に物語を運んでいくので、気になりません。

  というわけで★3つ。

  2006年第3回本屋大賞ノミネート作(6位)。


自森人読書 ナラタージュ
★★★

著者:  いしいしんじ
出版社: 新潮社

  主人公は、「トリツカレ男」とみんなから呼ばれているジュゼッペ。彼は夢中になるとそれに凝ってしまい、他のことを全て忘れてしまう男でした。オペラ、三段跳び、サングラス集めなどなんにでもトリツカレました。そんな彼は、ある時ペチカという少女に恋します。ですが、ジュゼッペは何に関しても器用なのに、ペチカに告白することはできませんでした・・・・・ ジュゼッペはペチカを幸せにするために影で奮闘することになります。

  童話的な空気が漂っています。ファンタジックな純愛小説といえば良いのか。とにかく良い話です。短いのですっと読めてしまいます。

  『~~男』というタイトルを見ると身構えてしまいます。2チャンネルの書き込みをそのまま本にしてしまった純愛もの『電車男』や、ものすごくトリッキーな本格ミステリ小説『ハサミ男』が頭の中にあったからです。しかも、最初タイトル見たときは、「トリ」とか「カツ」とか連想してしまいました・・・

  ですが、『トリツカレ男』というタイトルからはまったく想像もできないような物語でした。まぁとにかく良い話なのです。直球です。とはいえほんわかしていて生々しさはないし、ほんともう欠点はどこにも見つかりません。もう文句は何も言えない・・・

  しいて挙げるならば疑問が2つ。童話っぽいのに、薄暗い残酷さがないのでは単なる「良い話」になってしまうのではないか。深い暗示的な部分が欠けているのではないか(宮沢賢治みたいな深さがないのではないか、という意味です。まぁ宮沢賢治と比較するなんて酷なことですが・・・)。しかし、決してつまらないことはないです。おすすめです。


自森人読書 トリツカレ男
★★★

著者:  川上弘美
出版社: 中央公論社

  短編集。『物語が、始まる』『トカゲ』『婆』『墓を探す』収録。川上弘美が本として、一番最初にだしたのが短編集『物語が、始まる』だそうです(それまでも、SF雑誌や、ネットなどに作品を発表していたそうですが)。『物語が、始まる』というタイトルの1冊から、作家人生を始めるというのは、なんだか格好良いなぁと思います。

  『物語が、始まる』
  公園の砂場で拾った「雛型」とのラブ・ストーリー。私は「雛型」と一緒に住んでいる内に、これまでつきあっていた人となんとなく別れてしまいます。そして、「雛形」とともに暮らすことになりました。その2人はとても仲が良いのに、関係はどことなく微妙なまま。恋人にはなりきれないのですが。

  随分とシュール。それなのに文章は柔らかいし、物語は自然に流れていくので、その不可解さに気付けなくなってきます。面白い。でも、ちょっと退屈。最後まで読むのが大変です。もう少しスリムにして欲しかったような気もします。

  時折はさまれる文章の繰り返しが不思議な感じを醸し出しています。あとは、いろんな言葉を漢字ではなくてひらがなで書くところとかも不思議な感じ(「ぶぶん」とか)。川上弘美の文章は、噛みしめるとけっこう楽しめます。そこらへんが、芥川賞を受賞(後に出された『蛇を踏む』という小説で受賞)した理由、つまり純文学作家ということなのかなぁ。

  川上弘美の小説を、もう少し読んでみようと思いました。


自森人読書 物語が、始まる
★★★

著者:  青来有一
出版社: 新潮社

  「釘」「石」「虫」「蜜」「貝」「鳥」といった短編で構成されています。谷崎潤一郎賞受賞作じゃなかったら、多分一生手に取ることはなかっただろう作品。

  長崎(平戸等)に生きる人々と、その地に投下された原爆を巡る物語。文章は決して難解ではありません。むしろさらさらして読みやすい部類に入ると思うのですが、中身はかなり難しいです。どういうふうに受け取れば良いのか悩みます。

  テーマのひとつは、「信仰」。

  原爆が投下されてしまって、それでもまだ神を信じられるのか? 原爆が落ちた瞬間に神は死んだのではないか? そう問う作中の人物もいます。しかし彼らは、それでも信仰を捨てはしません。「神様は原爆投下の時だけ偶然長崎から目を離していたのかも知れない、そうとしか思えない」と述懐する人がいます。ご先祖様の守ってきたキリスト教を捨てるなんて考えられない、と言う人もいます。

  長崎には、古くからキリスト教信仰が存在していました。江戸時代には激しい弾圧を受けたこともあります。火炙りになりながら信仰を守った人も多いのです。だから、その伝統を引き継ぐんだ、というわけですが・・・

  でも原爆が投下されて、それでもやっぱりまだ信じられるの? 神がいると断言できるか? 難しい問いです。

  あと、「せっくす」もテーマなのではないか。「石」の語り手は知恵遅れの中年の男なのですが、彼は露骨というか純粋にセックスを望みます。欲望というのは何か。欲望をただ追いかければ、世間から外れてしまうのだけど、そこでどう折り合いをつけるのか。狂気や精神病もかなりでてきます。

  そういういろんな要素が絡まりあって、かなり悩ませられる小説になっています。ですが文章と、その文章によって生まれている風景は美しいから、かなり複雑です。美しい自然の中に眠る人の暗闇を描いた小説と読めば良いのかなぁ・・・

  第43回谷崎潤一郎賞受賞作。


自森人読書 爆心
★★★

著者:  新田次郎
出版社: 講談社

  半分くらいはノンフィクションだと思います。

  富士山頂に、「台風の砦」としてレーダードームをつくろうと目指す男たちの物語。気象庁に勤める官僚でありながら小説家も兼業する男が主人公です。彼は、官僚としては珍しく誰に対しても強い態度に出て、孤高を保つため、そのプロジェクトの事実上の遂行者として活躍することになります。ほとんど著者そのままみたいです。

  『プロジェクトX』第1回でとりあげられたこともある出来事。『プロジェクトX』では建設を実現した職人たちを主役にした熱い物語になっていましたが、『富士山頂』はもう少しドロドロした落札における業者間の争いのことも描写されていて面白いです。

  新田次郎は山を舞台にした小説をたくさん書いている人らしく、山における描写もしっかりとしていて面白かったです。高山病のこととか。

  ただし小説としてはいまいち盛り上がりに欠ける気がします。淡々としていて、それでいてそこまで重厚ではないのです。

  ただし主人公が、仕事を貰おうとして圧力をかけてくる業者に対して怒りを抱くところはリアルです。もしかしたら、主人公の錯覚かも知れない(過剰反応かも知れない)、ということまで他の人の台詞を借りて書かれているのも面白い。そういうことがよほど多いのかも知れないなぁ。省庁に斡旋を求める圧力、というのが。


自森人読書 富士山頂
★★★★★

著者:  小川洋子
出版社: 講談社

  岡山で母親と2人暮らしをしていた朋子は、母親が学校に通うことになったため、伯父の家にひきとられることになりました。彼女は、美しくて温かい伯父の家で、病弱でありながらも本を愛し、けっして卑屈にならない少女・ミーナと出会います。2人は仲良くなり、穏やかでありながらもいろいろな出来事が起こる毎日を過ごしていきます・・・

  コビトカバ、ポチ子がかわいいです。

  「大きな事件」が起こることはありません。朋子にとっては何もかもが大きな事件だろうけど、基本的にはほんわかとした空気が満ち満ちている中で起こる些細な出来事です。

  とはいえ、それだけではありません。随所にアクセントがきいています。川端康成の自殺。隠れている誤植を探すことに必死なおばさん、みんなを守ろうとして死んだサルのサブロウの話、他人の家に通ってばかりいて、自分の家にはなかなか帰ってこないおじさん。

  そして、オリンピックの時には朋子やミーナたちと、直接には関係がないけれど、世界に暗い影を落とす事件が起こります。暗闇というほど大仰なものではないけど、この世界の中のどこかに綻びみたいなものがある、ということをなんとなく感じます。

  その中に、ぽつんと存在している楽園のようなミーナの家。ちょっとファンタジックではあるのだけど、良い話です。

    第42回谷崎潤一郎賞受賞作。2007年第4回本屋大賞ノミネート作(7位)。


自森人読書 ミーナの行進
★★★

著者:  中原昌也
出版社: 新潮社

  短編集。『私の『パソコンタイムズ』顛末記』『彼女たちの事情など知ったことか』『女たちのやさしさについて考えた』『美容室「ペッサ」』『典子は、昔』『憎悪さん、こんにちは!』『鼻声で歌う君の名は』『記憶道場』『傷口が語る物語』『血を吸う巨乳ロボット』『女とつき合う柄じゃない』『ドキュメント授乳』『ドキュメント続・授乳』『名もなき孤児たちの墓』『大集合!ダンサー&アクターズ』収録。

  中原昌也の作品には何もかもぶち壊してみたい、というような雰囲気があります。そして、暴力とか、ゲロとか無意味なものがぶちこまれているのですが・・・ その結果生まれた、廃墟のような雰囲気には、味があって面白い。

  中原昌也は、不思議な作家です。彼は、小説家でありながら物語というものを破壊しようと努めているみたいなのです。そこがまず矛盾。しかも、彼は、物語を破壊しようとしているのに、その行為が結果として功を奏し、全体としてはなぜか面白い物語が出来上がってしまっているのです。それも矛盾です。型にはまらないことを追求しながらも、結局型から逃れられない矛盾に苦しんでいる、ということなのだと思います。

  そういう点で、円城塔とは異なります。円城塔は、たとえば『オブ・ザ・ベースボール』という作品の中で、奇怪な状況を淡々と語りつつ、退屈な物語をつくりあげています。最後まで読んでいっても、うんざりするほど何もありません。面白い本を求める読者に対して、「あえて退屈な物語を書いて送る」というのは、壮大な裏切りです。小説の破壊ともいえます。しかし、もしかしたら中原昌也はそれすらも所詮はつまらないこと、と考えているのかも知れません。だからさらに迷走しようとする。

  面白い、というしかないです。書くことを厭い、型にはまらないことを求める小説家、中原昌也はどこへ行くのか・・・ 文体や、日本語を破壊するという方向へ向かうのかなぁ。楽しみです。


自森人読書 名もなき孤児たちの墓
★★★

著者:  金城一紀
出版社: 集英社

  昔懐かしの映画とからめつつ、今を生きる「普通」の人たちの喜怒哀楽を描いた連作短編集。それぞれの短篇のタイトルも、映画からもらってきたもの。『太陽がいっぱい』『ドラゴン怒りの鉄拳』『恋のためらい/フランキーとジョニー もしくは トゥルー・ロマンス』『ペイルライダー』『愛の泉』収録。

  『太陽がいっぱい』は、小説家を目指す在日韓国人と、ヤクザになってしまった在日韓国人との友情の物語。「小説家を目指す在日韓国人」というのは、多分作者自身ではないか(金城一紀は、日本国籍を持つ韓国系日本人)。なぜ彼が筆をとるのか、その理由が明かされます。

  『ドラゴン怒りの鉄拳』は、夫が自殺して一人になってしまった女性が主人公。彼女は長くひきこもっていました。しかし、ビデオ店で映画を借り、そこのビデオ店員の青年と喋ったりする中で、立ち直り、ある決意を固めます・・・

  『恋のためらい/フランキーとジョニー もしくは トゥルー・ロマンス』は、親とぶつかってばかりの男の子の物語。彼は、親から金を奪おうと画策する女の子にひかれていき、協力することになります・・・

  『ペイルライダー』は、バイクを飛ばし、間違ったことを嫌って闘うおばあちゃんの物語。彼女は、偶然出会った小学生の男の子の塞いでいた気持ちを解き放ちます。そして、その後かつての恨みを晴らすため、ヤクザとの闘いへと赴きます・・・ ほのぼのしたシーンと壮絶なシーンが横並びになっていて、とても不思議な感じです。

  『愛の泉』は、連れ合いをなくして元気をなくしたおばあちゃんを励ますために孫達が『ローマの休日』を大きな会場で見せてあげよう、と画策する物語。一番軽妙で、すんなりしていて読みやすいです。

  金城一紀という人は日常を描くのが上手いなぁと感じました。「普通」の日々というものを文字にするのはなかなか難しいことです。そもそも「普通」なんてものはないはずだからです。だけど金城一紀は、どにでもいそうな共感できる人物たちをうまく配置して、日常を描きだしています。あと、どこかにあるはずの裏社会、みたいなものが微妙にちらつくのも、面白い。

  2008年第5回本屋大賞ノミネート作(5位)。


自森人読書 映画篇
★★★★

著者:  大江健三郎
出版社: 新潮社

  『死者の奢り・飼育』は大江健三郎の短編集。『死者の奢り』『他人の足』『飼育』『人間の羊』『不意の唖』『戦いの今日』収録。

  『死者の奢り』
  ある時、大学生の「僕」は、他よりも少しだけ多くお金を稼げるバイトにありつきます。それは、大学構内の屍体処理室の水槽に浮き沈みする死体を扱う仕事でした。「僕」は、同じく大学生の女性と、あとは2人を監督する男とともに死体を整理し、運んでいくのですが・・・ 大江健三郎の出世作。

  『他人の足』
  物語の舞台は脊椎カリエスの子ども達が集められた病院。脊椎カリエスの子ども達は、閉鎖的な環境の中にいます。看護婦たちがセックスしてくれるし、ほとんど困ることはない、といっても良いほどなので、いつでもこそこそとした卑猥な笑いばかりを浮かべていたのですが、闖入者が現れ・・・

  『飼育』
  墜落した戦闘機には黒人の兵士が乗っていました。村人たちはその兵士を飼おうとして村に引き止めます。村の少年は兵士に近づき、彼と向き合ううちにじょじょに変化していきます。芥川賞受賞作。

  『人間の羊』
  主人公は、バスの中で外国人の脅しに屈してすぼんを脱がされ、屈辱を感じている学生。その後、彼はその差別を訴えようと叫ぶ教員につきまとわれることになります。

  『不意の唖』
  ある田舎の村に駐留軍が現れます。外国兵たちはみんな立派なのに、通訳は不思議にみすぼらしくみえました。そのためか、川で遊んでいたら、通訳の靴が消えました。通訳は怒りだし、「これは駐留軍に対する侮辱だ」と村人たちを脅します・・・

  『戦いの今日』
  朝鮮戦争が起き、日本には多くの米兵が駐留することになりました。その中で、一人の白人兵士が脱走します。それを匿った兄弟、および脱走兵とつきあっている日本人の娼婦はどうなるのか?

  難解とよく言われますが、硬質な文体は確かにとっつき難くてなんというか狭苦しいけど、テーマと合致しているし、物語自体は強烈だから飽きることはないです。そして、扱っているテーマ自体は古びていない気がします。閉鎖的で抑圧に満ちた共同体と、それが生み出すいかんともしがたい閉塞感のようなものがきっちりと描写されています。物語自体強烈だから飽きることはないです。


自森人読書 死者の奢り・飼育
★★★★★

著者:  中原昌也
出版社: 新潮社

  誰もいない静謐なデパートの特設ステージで待っていました。田辺次郎ショーが始まるはずなのだけど・・・ しかし、突然声をかけられ、田辺次郎が急死したため、ショーは中止になったと知らされます。どこから見ても素晴らしい田辺さんが亡くなったことに愕然とする俺。青山という編集者のインタビューを受けて、そのことを語ろうとするのだけどうまくいかず心はばらばらに乱れます。

  書くことへの憎悪、嫌悪が溢れかえります。俺は小説家なんて職業は苦痛だ、と書きまくり・・・ そして、書くということは無意味なのに、まるで意味があって、権威があるように見せかける世の中の小説家たちの偽善に対する憤怒を書き綴り・・・ というような感じ、かなぁ。全然要約できません・・・ まぁ基本的に要約するのは無理な話だよなぁ・・・

  中篇小説。「小説」に絶望した作者の姿が、浮かび上がってきます。

  第135回芥川賞候補作。中原昌也は、絶対に芥川賞の候補に選ばれることはないだろう、とすら言われていたそうです。しかし、なぜか候補作になれてしまいました。結局受賞はできなかったけど。

  無意味なエロとグロをポンポン放り投げて、無意味な世界を形作っている短編のような雰囲気はないです。だけど、もう「廃墟」を連想させるような破壊の跡。書くということがいやなんだと書いている時点で、すでにそこに矛盾が発生しているわけですが、そういうことがたらたらと書き綴られている『点滅・・・・・・』は作品として面白いのです。あなたは結局どうしたいんですか、と聞きたいです。う~ん、分からない。

  それにしても、面白い。ぶっ壊れているようだけど、頭良いんだろうなぁ、中原昌也。


自森人読書 点滅・・・・・・
★★★

著者:  桂望実
出版社: 幻冬舎

  桂望実『平等ゲーム』、題材はなかなか面白いです。

  鷹の島にある「平等社会」で生まれた男が主人公。彼は、純粋培養され、島を信じるガチガチな理想主義者でした。しかし最終的に、彼は平等社会の矛盾に気付いて成長していきます・・・ いろいろあった末、「平等社会なんて実現しないだろうし、実現したとしても幸せになれない。でもやっぱり、試行錯誤しながら自分でより良い世界をつくっていこうよ」という結論にたどりつきます。

  設定は面白いからあとひとひねりすれば、傑作になったと思うんだけど、どことなくつまらないです。「完全平等を謳う島」に、無知な主人公というありきたりな設定。主人公みたいな人、この世にいないだろう。あそこまで純粋だとほとんど病気に近い。いくらなんでもありえない、という気がします。もう最後の破局まで読んでいる最中にわかっちゃう。

  ワーキングプアや貧困問題が大きく取り沙汰されていますが、その中であえて「完全な平等」なんてありえない、という結論に持っていくところは勇気があるし、さすがだと思うんだけど。けどそんな普通な結論に持っていかれたところで面白くないです・・・

  1番致命的なのは、桂望実の文章が全然楽しめないということです。魅力が無いというか。たらたらと短文がつながっていくのです。しかも改行多すぎ。ケータイ小説と同じレベルのような気がするんだけど(しかも最後になるほどだんだん状況が悪化している気がします、作者が飽きてしまったのだろうか、文章を書くことに)。

  多分、このぶつ切りの文章では、「平等」や「平和」といった思想や、概念を語ることはうまくいかないのではないか。桂望実さんは、『県庁の星』みたいに気軽なゲームみたいな小説を書いていた方が良いと思うなぁ・・・ というのは失礼かなぁ。


自森人読書 平等ゲーム
★★★★

著者:  川上未映子
出版社: 講談社

  ある女性の独白みたいな小説。説明するのがとても難しいんだけど・・・ 彼女は、歯に「わたくし」があると考えている人でした。とこだけでも面白いんだけど。彼女は、未来に生まれるかも知れないわが子のために日記をつけ始めます。その日記と、彼女の勤める歯医者でのシーンが交互に並んでいくのですが、意外な形で全てが壊れてしまいます・・・

  主人公がわたしわたしわたしと叫びだしたあと、化粧した女性に逆に詰問されるところが痛いけど、ここがミソだなぁと思います。どこまでが現実で、どこからが妄想なのか。う~ん、悩ましいです。全て主人公の妄想だったのか・・・

  こういう文体の小説を何個も並べられたら辟易したかも知れないけど、これ1個ぽんと放り出されると凄すぎて感動してしまいます。『わたくし率イン歯ー、または世界』というタイトルがまずもって凄い。そこだけでなくて中身もほんと凄い。テンポが良い。そして、そのテンポに乗ったまま、ずーっと書いていて、最後まで持っていくことができるところがとくに凄いです(最後に少し、普通の文章で書かれたシーンが置かれているんだけど)。

  最後のシーン(無歯症かも知れない?少女とその母)が暗示的。

  町田康と比較する人が多いみたいです。大阪弁、しかも多弁といったところが似ています。とはいえ、中身も似ているのかなぁ・・・ よく分からないです。あまり読んだことが無いので。

  川上未映子のデビュー小説。アーティストとしても活躍していて、詩を書けて、しかも小説まで書けて・・・ という凄い人。そこも、町田康と似ているなぁ、そういえば。


自森人読書 わたくし率イン歯ー、または世界
★★★

著者:  村上春樹
出版社: 講談社

  <僕>と友人の<鼠>と、そして<小指のない女の子>の物語。

  主人公の男は、いろんな女に手を出しておきながら結局何もせず、傷つきもせず、ただ通り過ぎていきます。結局、気障なことばらばら言っているだけ。そのお友達、鼠は、金持ちなくせに金持ちなんて嫌いだ、とかそういう偽善的なことを言いまくって、何もかも煙に巻く。

  全体が、ガラクタで覆われているような小説です。意味のないところを飾り立てて、意味があるみたいにみせかける、というよりは・・・ 何もないからこそ、そこに「何か」の意味があるみたいなもったいぶった感じが面倒臭いです。

  これは「喪失感」を表現した小説だ、とか書評家とか読者たちは得意げに解説するけど・・・ 何も書いていないのに、そこにみんながよってたかって意味をくっつけようしているだけじゃないか。なんというか、「ガラクタの山」を見て、みんなが「これってこういうものでしょう」とか色んなふうに想像を働かしているような感じ、というか。まぁそれが本来の「文学」なんだろうけど。

  もしかしたら、よく分からない「僕」(自分を当てはめることも可能な「空白」)が、なぜかモテて、いつの間にか女の子とセックスしている、というところが受けているのかなぁ、という気もします。高尚っぽく見えるし、格好つけてもいるけど、要するにポルノとして読まれているのでないか、ということなんだけど(とか書いたら、顰蹙を買いそうだけど)。

  別に嫌いではないし、むしろ面白いとは思うけど、『風の歌を聴け』を神聖視する人を見ると理解できないなぁと感じてしまいます。

  文章は、凄くサクッとしています。50000ページあってもあっさり読めてしまいそうなほど読みやすい文章です。村上春樹の初長編小説。群像新人文学賞受賞。芥川賞候補作。


自森人読書 風の歌を聴け
★★

著者:  太宰治
出版社: 新潮社

  自分は、道化と化した。残酷な仕打ちを受けても黙って笑っているしかなかった。自分は、人間の複雑さの中で孤立を選ぶことになる・・・ 「恥の多い生涯を送って来ました。」という一文から始まる太宰治の代表作の1つ。

  いまいちでした。自分は、他人と違う感覚を持っている特別な者であるがゆえに「孤独」なのだ、なんてそんなこと言われても・・・ みんな各様に何かしら違うわけだし。自分だけが違って「特別」な訳がない、みんな違うということにおいては皆等しいのではないかと思うんだけど。違う点から言えば、みんな同じように「自分だけ特別」って思っているんだろうから、「自分だけ特別」と思っていること自体が決して特別ではない気がするのになぁ・・・ 視野の狭いナルシスト、というか、自分の思想に酔っているアホな男だよなぁ。

  そういう「独りよがりの孤独」を抱え込む青年を見事に書いてみせたから名著といわれるのか。だけど全然共感できないんだけど。「読者の誰もが、ナイーヴな主人公の青年の心境に共感するであろう」とか言っている評論家もいたけど、よく分からなかったです。

  主人公は、最後に「私は人間失格でした」と残すのですが。そんな言葉で逃げていったいどうするつもりなのか、と腹をたてたくなります。格好つけているけど、要するに若い頃は酒やらタバコやら左翼思想に浸り、その後は何もせず(無職)、他人にたかり、女にすがり、自殺未遂とかして、その上妻が他の男と寝ていると被害者みたいに振舞って「俺ってダメなヤツだったわー」と言っているだけの話なわけです。自分の愚かさを自覚しつつ、自覚している自分に酔っ払っているというのはどうなのか。

  しかも物語が、暗くて笑えないところが致命的ではないか。こんな本を古典とか言っているから、多くの若者が本から離れていくんじゃないかなぁ・・・

  いろんなことを考えすぎてしまう、どうしようもない男の悲惨な人生を書いたものとしては、もっと笑えて、もっと突っ込んだ町田康『告白』という大作があります。そちらの方が、遥かに面白くて素晴らしい。他にも優れた作品はたくさんあります。なので、わざわざこんな『人間失格』みたいに古い上に辛気臭い本を持ち出すのは必要ないんじゃないかなぁ。


自森人読書 人間失格
★★★★★

著者:  町田康
出版社: 中央公論新社

  「河内十人斬り」という実際に起きた大量殺人事件を取り上げた小説です。なぜ、犯人である熊太郎は、友である弥五郎とともに10人もの人間を次々と殺してしまったのであろうか・・・? というよりも、熊太郎という男はなぜに「孤独」なのだろう? 自分の考えていることと、吐き出される言葉が一致しないことで苦しむ彼の苦悩を追っていった物語です。

  冬休みと春休みに分割して読んだ本。文庫で800ページ。ポケットに入らない厚さ・・・ だけど、最後のあたりは一気呵成に読めてしまいます。それだけ乗りやすい文章です。登場人物たちが使う河内弁というのが生きています。

  暴走しまくりでぶっ飛ぶ文体。町田康の冷静な分析(著者が物語に口を挟む)。それに加えて、主人公・熊太郎のスパイラルのような思考の追跡、どれもおかしくて笑えます。深刻なのに滑稽、いや滑稽にして深刻です。

  最後の殺戮の部分だけしかなかったら、熊太郎はなんだかよく分からない理屈で人を次々と殺す極悪非道な理解できない「やつ」としか思えなかっただろうけど、そこに到るまでの彼の人生が語られることで、熊太郎も人間の1人なんだということがよく分かります。ちょっと考えることがいちいちアホっぽいんだけど・・・

  言いたいことは山ほどあるのにそれを言語化できない熊太郎。言葉ってなんだろうか、と考えさせられます。言葉というのはとても便利なもののはずなんだけど、それですくい取れないものっていうのもあるのではないか。人間の「思弁的」であるがゆえの、つらさみたいなものが表されています。

  いや、逆に人間は、言葉でもって思考を働かせているのだとしたら、全ては言葉にできるのではないか。だって言葉にならないものはそもそも存在しないのだから。でも、言葉にできない心情というのも確かにありそうな気がするよなぁ・・・ しかし、「言葉に出来ないもの」というふうな表現によって、「言葉にできないもの」も言葉に出来てしまうんだよなぁ。そこまでいくとほとんど言葉遊び、というかジレンマだけど・・・

  第41回谷崎潤一郎賞受賞作。2006年第3回本屋大賞ノミネート作(7位)。


自森人読書 告白
★★★

著者:  松尾スズキ
出版社: 文藝春秋

  主人公は、オーバードース(薬物過剰摂取)で精神病院送りになった佐倉明日香。彼女は、彼氏と大喧嘩したあとに薬品を摂取し、自殺しかけて入院します。そして、精神病院の中でいろんな「異常」な人と出会い、嫌悪感を覚えながらも、もしかして自分も異常なのではないかと悩みます。そして、何やら自分の記憶は薬を飲んだ後から欠落しているらしいと気付いて、悩みます・・・

 クワイエットルームというのは、女子だけの閉鎖病棟の中の保護室のこと。主人公も、時折その部屋に入れられたりします。

  第134回芥川賞候補作。ということは、「純文学」なのか。僕は、純文学っていうのは、もっと府に落ちない・割り切れない感じの作品のことだと思っていたんだけど、最近は変わってきたみたいです。「文学賞メッタ斬り」とかで有名な書評家、豊崎由美もそんなようなことを書いていて納得します。芥川賞候補になっているけど、そのまま直木賞候補にもなれそうな人がどんどんでてきている、そうです。

  きたなさを感じさせるような、エグい描写もあるけれど全体的に重々しさとかはなくて笑えます。1番最初に「どこかの店で見世物として、ゲロを飲んで口をそそいでいる」という悪夢みたいなシーンがあって、うわー何なんだ、と思うけどそこでガツンときたらもうあとは読めてしまいます。まぁ芥川賞候補作なので、中篇小説だし(芥川賞候補になれるのは、短編もしくは中篇。なので、長編は候補にならない)。

  松尾スズキは、もともと舞台をやっている人。戯曲『ふくすけ』とかを前読んだことはあったのですが、小説を読んだのは始めてでした。つまらないことはないけど、そこまで凄い、とは思わなかったです。まぁ読んで損はしないと思うけど、別にお薦めでもない、かなぁ・・・


自森人読書 クワイエットルームにようこそ
★★★★

著者:  坂口安吾
出版社: 筑摩書房

  風博士で「かぜはかせ」と読みます。

  東京都の某地に住んでいた風博士。彼は、蛸博士という人物と激しく対立していたのですが・・・ 突如として遺書を残して失踪してしまいます。語り手は自殺したと信じて疑わず、繰り返し死んだのだと書くのですが・・・ 語り手の書く風博士の「臨終」の様子は、「一陣の突風」と化して消えた、というもの。遺体は存在しません。いったいぜんたいどういうことなのだろうか。

  何かの暗喩だろうか、と考えるだけ無駄だろうか。う~ん物語内にいろんな矛盾があったりします。突き詰めて考えると、そもそも、この語り手が信用できないよなぁ・・・ いやいや物語全体が信用できない。風博士なんてそもそも存在しているのだろうか。まぁその不可解さが面白いんだけど。

  読者の「?」にはなんにも答えないで、物語は終わってしまいます・・・ ミステリタッチ。ファンタジー小説ともいえるかも知れないけど、物語全体がジョークみたいな気もします。だけどどことなく何か深い意味がありそうな気もする・・・ 坂口安吾お得意の「ファルス」。

  牧野信一に激賞された出世作。この作品で坂口安吾は一躍有名になったそうです。

  最近、なぜか人気になって、タイトルがウェブブラウザの名前にも使われています(なぜなのかはよく知らないけど)。まぁ確かに読んでいるだけで面白い文章だから、惹きつけられる人も多いのかも知れない。なぜか、やたらと大仰なんだよなぁ。この語り手はなんなんだろうか・・・

  語りだしはこんな感じ。「 諸君は、東京市某町某番地なる風博士の邸宅を御存じであろう乎? 御存じない。それは大変残念である。そして諸君は偉大なる風博士を御存知であろうか? ない。嗚呼。では諸君は遺書だけが発見されて、偉大なる風博士自体は杳として紛失したことも御存知ないであろうか?(・・・云々・・・・)」


自森人読書 風博士
★★★★

著者:  安部公房
出版社: 新潮社

  笑顔で隣人愛を唱え続ける、グロテスクな9人の「家族」の人たちが突然、ある男の家に闖入してきて男の生活を侵食しつくしていきます。男は「家族」の屁理屈と数に圧倒され、どんどんと追い詰められていきます。ありえないような屁理屈だらけのやりとりは凄く笑えます。よくこんな捻じ曲がったことが考え付くなぁ・・・ しかし、最後まで読むとちょっと笑えなくなってきます。

  凄くいろんなことを考えさせられます。黒くて怖くて笑える喜劇。

  好意を装っているけど、明らかに男の全てを破壊し、最後には男を殺してしまう9人の「家族」が、怖いです。でも、世の中にこういうことってよくあるのではないか? むしろありがちじゃないか。見せかけの好意と、「多数派」の横暴。

  多数派というのは多いというだけで、すでに少数派を圧迫しているともいえます。自分が「多数派」になっているかも知れない、と思うととても怖いなぁ。知らないうちに誰かを追い詰めているのかも・・・? そうだしたらいったいどうすれば良いのだろう。

  谷崎潤一郎賞受賞作。小説ではなくて戯曲。舞台化されることを想定して書かれたものです。

  「友達」という文字を見て・・・ 浦沢直樹『20世紀少年』はもしかしてこれに着想を得たのかなぁ、と考えたりしました。なんだか、理不尽さとか似通った部分がたくさんあります。いや、そんな訳はないんだけど。まぁ安部公房って、まるで未来を予知して書いたような深い内容のものが多いので、あとから出てきた作品の中にまるでパクリに見えてしまうものもいろいろある気がします。

  それだけ安部公房が、時代の先を行っていた、ということなのかなぁ、多分。

  第3回谷崎潤一郎賞受賞作。


自森人読書 友達
★★★

著者:  竹山道雄
出版社: 新潮社

  日本軍の中に、「うたう部隊」と呼ばれる部隊がありました。彼らは、戦いの傍ら、戦場でも合唱の練習をしていたので非常に上手でした。その中に、水島という兵卒がいました。彼は堅琴がうまく、またビルマ人の風貌に似通った青年だったので、日本兵のみんなから好かれ、ビルマ人からもよく扱われました。

  第二次世界大戦の終わりごろ。「うたう部隊」は、ビルマで孤立し、最後にはとうとう英軍の捕虜となります。そうして、戦争は終わりました。水島は、まだ戦闘を続けている部隊に降伏をすすめるため、イギリス軍の許可を得て、1人部隊を離れます。しかしなぜか彼は帰ってきませんでした。なぜなのか、と部隊の者たちは心配し、帰ってくるようにいろんな方法で試みるのですが、彼は結局戻ってきませんでした。実は、水島はビルマ全土に転がる日本兵の無残な死体を弔うために、ビルマに残ることにしたのです・・・・・

  「子供向け」のはなしだったんだ・・・ 知りませんでした。

  戦争が背景にあるけれど、そこまでエグい描写はありません。なんというか、南国の美しいビルマの風景が思い浮かびます。とても、読みやすいです。でも、内容は決して子供騙しなものではありません。いろんなことを考えさせてくれます。

  あとがきの竹山道雄の訴えには納得します。作者は、「戦争は悪い。戦争責任の所在を考えていくことなどは大切だろう。だが若者たちが戦場に散ったのは悲劇なのだ。それをしっかりと見つめず、戦争した全員が一律に悪、と決め付ける風潮にわたしは違和感を覚える。戦死した人たちの冥福を祈ることまでいけない、と決め付けるのはおかしい、と私は思う」と書き記しています。

  日本という国家の方向を誤らせた責任は、日本国民全員にあるのだ、という議論はある意味では正しいかもしれません。しかし、戦争に巻き込まれて死んだ人を悼むというのはあっても良いのではないか(ちょっとはなしはそれるけど、国民全員に責任はあるという論理は、最大の責任があるはずの天皇の戦争責任から目をそらさせるための誰かの陰謀かもしれないなぁ、と僕は思います)。難しい問題だなぁ・・・


自森人読書 ビルマの竪琴
★★★★

著者:  夏目漱石
出版社: 不明

  江戸っ子気質の、無鉄砲で、義に厚い「坊っちゃん」が主人公。坊っちゃんは、とにかくいたずらを尽くし、代わりにびしっと叱られて育ちます。父とも、兄とも仲が良くなくて、女中である清にだけ可愛がられました。父の死後、清と別れ、教師となって田舎へいきます。そこでは生徒の悪戯やら、教師内部の策謀やらにぶち当たります。それでも坊ちゃんはひるまず、しっかり怒り、愚直に自分の正義を貫き通します・・・・・

  昔1度読んだことがあったのだけど、高校1年になった頃にはすっかり忘れていました。「坊っちゃんは子どもの頃二階から飛び降りて腰ぬかした」とか、「坊っちゃんは教師になったのち、生徒に「天麩羅先生」と黒板に書かれた上に「しかし四杯は過ぎるぞなもし」とからかわれ、怒った」とかなぜかそういうところだけ覚えているんだけど、本筋がまったく思い出せない・・・

  なので再読。
  すかっとするおはなしだなぁと思いました。基本的に夏目漱石は面白くて軽くて、読み易い文章を書くけれど、その中でも『坊っちゃん』はずば抜けてすっきりしているのかも知れない、と感じました。だからこそ多くの人に愛されるのかなぁ・・・

  そういえば、万城目学の『鹿男あをによし』という作品があるのですが、作中に『坊ちゃん』に対するオマージュと分かる部分が結構あります。「マドンナ」の登場などなど。前からそれには気付いていたのに、迂闊にも見落としていた部分が多々ありました。『坊っちゃん』の作中人物・山嵐の本名って「堀田」。そして、『鹿男あをによし』のヒロインは「堀田イト」。

  昔の作品を読んでおくと、今の作品がもっと面白くなるなぁと思いました。わざとそういうふうな仕掛けをやるのが好きな人もいるし。


自森人読書 坊っちゃん
★★★

著者:  芥川龍之介
出版社: 青空文庫

  信子は、才媛として女子大学では知られていました。いずれは小説家として文壇に打って出るのだろう、と誰もが思っていたほどでした。しかしそんな女性であっても、職のことではなく、まず縁談のことを考えないといけませんでした。

  信子には、俊吉といういとこがいました。文科に籍をおく学生で、彼も将来は作家になるつもりらしい青年でした。2人は信子の妹・照子をつれて、よく展覧会や音楽会へ行きました。なので、いずれ信子と俊吉は、結婚するのだろうと周囲の者からは噂されていました。しかし、信子は全然別の男性と結婚し、さらに商事会社に就職してしまいます・・・ 信子の妹・照子は、信子が俊吉を譲ってくれたのだと悟り、御詫びの手紙を姉にわたします。そうして、照子と俊吉は結婚しました。その後、信子はそれなりの生活を送りました。そしてある日、俊吉と照子に会いに行きます・・・

  春休みに読んだ本。

  劇的なドラマがあるわけではありません。誰かが発狂したように叫んだりとかはしません。だけど、静かなドラマがあって面白いです。

  読みすすめていくと、結婚した照子と俊吉はすれ違っているようです。そして信子は、俊吉が本当に愛しているのは自分なのだと悟ります。そして、照子の不幸をみて「残酷な喜び」を感じますが、口では「照子が(俊吉に愛されていて)幸せならそれで良いのよ」と語ります。暗いなぁ・・・ でもまぁそれだけだから、暗いというよりは、しかたがない心の動きと言えるかも知れない。

  う~ん・・・ 結婚してうまくいかないと一生苦労したんだろうなぁと思います。当時は、軽々しく離婚ができる時代ではないだろうし。

  仲は良いのに諸事情あって結ばれずその後あまり幸福な人生を歩めない、っていうのどこかで見たなぁと思うんだけど。NHK大河ドラマ『篤姫』の、篤姫と小松帯刀の2人かなぁ。違うか。思い出せません。まぁそういうシチュエーションはいくらでもあるからなぁ。ロミオとジュリエットだってそんなようなものだし。


自森人読書 秋
★★★★

著者:  森博嗣
出版社: 中央公論新社

  政府の委託を受け、ショーとして民間会社が戦争をやっている近未来の世界。キルドレという永遠の少年・少女たちが戦闘機に乗って、空を飛び、敵と戦うというストーリーです。だけど、どういう世界なのかという説明や、戦局の説明は、ほとんどありません。主人公の、ぼんやりとした夢の中にいるような、だけどどこか醒めているような視点から全てが語られていきます。だから最初はいったいどういう物語なのか、いまいち分かりません。

  いろんな謎が少しずつ残ったような感触が・・・ う~んもやもやしたものが残りました。どうやら続編を読むといろいろと謎が解けるらしいので、これから続きを読んでみようと思います。ヒロインとも言うべき、草薙水素という人のことがもっと詳しく書かれているらしいです。

  『スカイ・クロラ』は押井守によって映画化されました。それは見にいかなかったので、周りの人が比べているのを見てもなんとも言いようがないのですが。小説はとても面白かったです。詩的、というのか。きれぎれの思考がうまい具合に書かれていました。クライマックスのあたりは圧巻です。

  あと、空を飛んでいるときの描写(というのかなぁ)が面白いです。いまいちよく分からない用語もあったのですが。

  読んでいて、やっぱり森博嗣の文章だなぁ、と思いました。全体的な文体もそうだし。あと、どこか残るものがある感じがします。読み通していくと問いかけみたいなものがどこかに残る、と言えば良いのかなぁ・・・ 物語は物語として完結しているんだけど、その中に問いがある感じです。けれど決して露骨ではない。なんなんだろう。不思議な感じだよなぁ。


自森人読書 スカイ・クロラ
★★★

著者:  有川浩
出版社: 幻冬舎

  全部で8駅。片道たったの15分の、関西のローカル線・阪急今津線を舞台に繰り広げられる物語。電車に乗ってくるいろんな人たち。高校生の声を聞いていて彼と別れる決心をした人、元婚約者の結婚式に行ってきた人、「生」の字で付き合い始める2人などなど・・・ 一瞬の交錯の物語。

  けっこう面白かったです。ただし、僕は1度も阪急電車に乗ったことがありません・・ 1度行ってみたくなりました。まぁ、たぶんなんの変哲も無い普通の電車なんだろうけど。

  まぁ別に阪急電車に乗ったことがなくても楽しめます。あの『図書館戦争』を書いている同じ人がこんなおはなしを書いているのには驚きました。どこにでもありそうな恋愛の物語の数々といった感じです。どこまでもドロドロしたりはしない、すっきりしているところは良いなぁ、と思いました。

  僕は基本的に短編集よりも長編の方が好きです。短編はそれぞれの世界があって作者が書くのも、読者が読むのも難しいなぁと感じています。ショートショートだと飽きてしまうんだよなぁ。だから星新一とかはとくに好きではないです(きらいでもないけど)。

  短編で好きなものを挙げろ、といわれたらあまり知っている人がいないんだけど、かなり漢文に近い名文章を書く中島敦とかを挙げたくなります。中島敦の文章は読み応えがあります。

  だけどやっぱり長編が良いなぁ・・・ 長ければ良いというものでもないんだけど・・・


自森人読書 阪急電車
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