物語の舞台は、京都の外国語大学。乙女たちは、スピーチコンテストのとき『アンネの日記』を暗誦するため、毎日必死に練習しています。しかし、みか子はいつでも同じ部分から先が分からなくなってしまいます。彼女は忘れることを恐れます。一方、麗子様は練習を続け、トップに君臨します。彼女は、バッハマン教授との仲が疑われています。バッハマン教授は人形を抱きながら通勤します。そして、『アンネの日記』をロマンティックに語るべきではない、と強調するのですが、乙女たちの間には噂が飛び交い・・・
コミカルな作品、なのか。
『アンネの日記』を暗誦する乙女たちの物語。文章は非常に短いし、登場人物たちは特徴的です。だから、読みやすいです。「少女漫画的ではないか」と指摘している人がいるみたいだけれど、よく分からないです。「少女漫画的」という表現は、すでに様々な場面において、濫用されているからです。
素直に読めば、歴史の彼方にある「他者」の経験を暗誦することによって「わたし」のものにしていく過程が綴られている、ということになるのかも知れません。
日本語とドイツ語に通じる小説家と言えば、多和田葉子を思い浮かべます。通じる部分がないことはない気もします。僕は多和田葉子のほうがはるかに好きだけど。
芥川賞受賞作。
読んだ本
赤染晶子『乙女の密告』
星野優は、一流の名門大学に入りたいと願っている中学生です。彼は、エリート意識を露にして恥じません。しかし、突如として、父親の実家がある田舎へいくことになります。優は、都会の学校を去り、村の分校に転校します。バカ丸出しの地元の子、喋らないマスクの子、美しいおかまの子と同じ学年になりました。星野優はそういった環境を、必死に拒もうとするのですが・・・
主人公は、非常に傲慢な人間です。何に対しても苛立ちを隠しません。全ての人間をバカにしているようです。
しかし、実は、主人公はある事柄を経験したために傷を負っていた、ということが発覚します。しかも、その過去を記憶から消し去るためにとんでもないことを行っているということも分かります。思わず、京極夏彦のミステリを連想してしまいました。
ラストは爽やかです。伏線がみごとに回収されます。
第50回産経児童出版文化賞受賞作。
読んだ本
笹生陽子『楽園のつくりかた』
日本の公安警察のことが綴られています。公安警察のルーツや、主な活動が分かります。『日本の公安警察』によると、公安警察は活動費として約四七〇億円の経費を貰っているのに、詳細を明かしていないそうです。そして、全国を監視し、影響を及ぼしています。しかし、左翼・共産党対策にばかり目を向けていたため、オウム事件などが起こったときには公安警察が全く役に立たなかったそうです。
公安警察は、戦前の特高警察の伝統を引き継いでいるのだそうです。つまり、市民のためではなく、国家体制を維持するために存在している組織ということです。
所謂盗聴法が、警察の活動を拡大させている、ということもわかります。
読んだ本
青木理『日本の公安警察』
加藤周一は、日本文学の歴史を追い、そして、文学者たちの思想や、あり方を明快に分析していきます。「近代文学」に偏ることはありません。その知識の幅広さには、感心させられます。しかも、文章が非常に良いです。明快なのに、その内部は入り組んでいます。簡素なのに、しかも、包括的なのです。惹き込まれていきます。
「第十章 第四の転換期 下」では、まず吉田松陰が扱われます。「吉田松陰の思想には独創性がなく、計画には現実性がなかった」にも関わらず、吉田松陰は詩人だったが故に、周囲の若者たちに理想を吹き込みます。
その後、福沢諭吉と中江兆民が扱われます。徹底した「西洋化」を目指した福沢諭吉は、その良さと同時に、悪さもを取り込み、一方では体に染み付いた漢籍を活かした文体を生みだしたのだそうです。彼は、自立を訴え、政府を遠くから支持しました。一方、中江兆民は自由民権のために闘います。彼の視野の広さは素晴らしいです。
そういうふうにして、様々な人物が扱われていくのですが、文章は全く乱れません。加藤周一の頭脳は、辞書のようです。しかも、読み物としても面白いです。
『日本文学史序説』を読んでいると、日本文学の歴史が分かります。
全く別の視点を用意することも可能ではあるし、特定の部分に関して反論することはできるかも知れません。しかし、加藤周一の幅広さには敵わない気がします。
読んだ本
加藤周一『日本文学史序説〈下〉』
菊人は「彼岸先生」を慕っています。彼岸先生は小説家です。屁理屈を捏ね繰り回し、遊んでいることが多いのだけど、決して遊んでいるだけではなく、小説も書いています。だから、小説家なのです。菊人は「彼岸先生」を慕います。そして、奇妙な師弟関係を楽しみます。しかし、「彼岸先生」は精神科病棟に収容されてしまい・・・
軽快な小説。
夏目漱石『こころ』のパロディだそうです。しかし、なんというか、気にしていてもしかたない気がします。『彼岸先生』には語るべき部分はとくにないのではないか、と感じます。感想を書くのは、煩わしいです。解説を読むと、小説には仕掛けがあると書かれていますが。
島田雅彦の小説を読んでいると、真面目に感想を書く気がなくなります。どうでもよくなってくるし、読み通す気力も失せてきます。だからこそ、島田雅彦の小説は良いのかも知れません。
島田雅彦の小説は、いつでも安っぽくて、遊びみたいです。そして、深いようにも思えて、結局のところは贋物のようです。時には、そういう雰囲気が、現代を踏まえたもののように思えてくることもあります。しかし、思えてこないこともあります。『彼岸先生』も、やっぱり、そういう小説です。
別に、読み通す必要はないのではないか。テキトーに捲ってみればいいのではないか。というふうに、書きたくなってきてしまうような愉快な小説です・・・
泉鏡花文学賞受賞作。
読んだ本
島田雅彦『彼岸先生』
対談集。浅田彰は、フランシス・フクヤマ、スラヴォイ・ジジェク、エドワード・サイード、アラン・リピエッツ、ジャン・ボードリヤール、J・G・バラード、ポール・ヴィリリオ、インゴ・ギュンター、シルヴェール・ロトランジェ、ジャン‐フランソワ・リオタール、柄谷行人らとの対談が収録されています。
浅田彰のセンスの良さが光っています。相手の考えを巧みに引き出していきます。しかし、相手の言葉を受け入れるわけではありません。受け止めて、自分の言葉を返していきます。
スラヴォイ・ジジェクの鋭い物言いは面白いです。あと、エドワード・サイードの言葉は深いなぁと感じました。
柄谷行人との対談も面白いです。お得意の統整的理念という言葉が用いられています。ホンネではなく、理念を、という二人の主張には共感します。
読んだ本
浅田彰『「歴史の終わり」と世紀末の世界』
『永遠平和のために』を再読しました。示唆に富んでいます。カントの言葉は重いです。『永遠平和のために』の中には外れてしまった予測も多いけれど、だからといって、価値が下がるわけではない、と感じます。何度でも、永遠平和という理念を実現するために、考えていくべきではないか、と感じます。
読んでいたら、国際連合が、実質的に力を持ちえていないのはなぜなのだろうと考えてしまいました。ダブルスタンダードを認めているからか。
あと、国民国家の解体はなされるべきなのではないか、と感じました。民族自決を認めるべきなのではないか。
浅田彰、柄谷行人らは日本が誇れる先進的な理念は平和主義(9条)のみである、といって、9条のルーツがカントなどであることを示しつつ擁護します。そういうひねくれた言い方をしないといけないのだろうか、と思わないでもないのですが、よく分かります。
読んだ本
カント『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』
『私の履歴書 人生越境ゲーム』は青木昌彦の自伝。非常に面白いです。青木昌彦は、多くの人と出会い、多くの本を読み、どこまでも駆け抜けていきます。旺盛な知識欲と、様々な人との付き合いが、とても大切なのだと感じます。
最初は学生運動に参加し、全学連で活動。その後は学者として世界で活躍します。
しかし、全共闘世代の人たちは、結局のところ、様々な理由をつけて闘争から脱し、社会を構成する一部分になっていったのかなぁと感じないでもないです。
全く関係ないのですが・・・
『世界史年表・地図』は眺めているだけで面白いです。
読んだ本
青木昌彦『私の履歴書 人生越境ゲーム』
亀井高孝、林健太郎、堀米庸三、三上次男『世界史年表・地図』
ウラジーミル・ナボコフが、ロシアの小説を読み解いていきます。『ヨーロッパ文学講義』よりも、面白かったです。
ナボコフはゴーゴリを絶賛します。それから、ドストエフスキーを徹底的に批判し、トルストイを賞賛していきます。その切り口が面白いです。とにかく、鋭いし、明確です。
ドストエフスキーは狂人しか登場させず、読者を惹きつける、とナボコフは指摘します。それから、なんともし難い苦悩を描いているように見えるけれど、登場人物の性格は固定され、一貫されているのだから人間を描けていない、だからドストエフスキーは筋(プロット)に秀でた、非芸術的な小説家でしかない、とナボコフは批判します。確かにそうかも知れない、と感じます。
まぁドストエフスキーのような小説家も、僕は嫌いではないのですが。
ナボコフによるトルストイ賞賛の部分も、分からなくはありません。しかし、細部に徹底的に拘るため、読むのがじょじょに辛くなってきます・・・
読んだ本
ウラジーミル・ナボコフ『ロシア文学講義』
今日、『防衛白書』を読んでいました。
日本の安全保障のことが分かります。図解などもあり、非常によみやすいです。多分、データにも大きな誤りはないだろうし、頼りになります。(防衛省の出版しているものに誤りがあったら大変だと思う・・・)
弾道ミサイルは弾頭を搭載していることを除けば、衛星打ち上げ用ロケットとほぼ同じ構造のため、衛星打ち上げ用に転用可能だそうです。
アメリカの宇宙開発が止まらないのは、軍事利用も可能だからなのかなぁ・・・
アメリカと中国の軍事費は増大しているそうです。軍事費がダントツに多いのは、もちろんアメリカ。中国の軍事費増大ばかりを、アメリカや防衛省は強調します。
しかし、アメリカを恐れて中国が軍事力を増強し、中国を恐れてアメリカが軍事力を増強し、アメリカを恐れて中国が軍事力を増強し・・・ というふうな感じではないのかなぁ、と感じます。対称的な軍事力を持つべき、というけれど、それは不可能ではないか。
しかし、原子力にしろ、ロケットにしろ、「平和的な利用」と「軍事的な利用」を区別するのは容易ではない、と感じます。線引きできるはずがない・・・
今日読んだ本
防衛省『防衛白書 平成21年版』
著者は世界征服というものを丹念に検討し、その可能性を探っていきます。けっこうふざけるていのだけど、非常に面白いです。そして、最終的に、世界征服は無意味だという結論に到達してしまいます。現代の人々は「自由主義経済」や「情報の自由化」に価値を見出しているのだから、その価値を否定してこそ悪になるわけです。ならば、現代における悪とは教養を認めたり、地域通貨を見直したりすることだと著者は主張します。
詰めの甘さが気になりました。社会は「情報の自由化」を目指しているように思えるけれど、実は高度な管理型社会が生まれつつあるのではないか、と考えることも出来ます。現代社会をザクッと切り取るのは容易ではありません。
だけど、読み物としては物凄く面白いです。
切り口が良いのかもしれません。世界征服を考えることが、現代日本の考察につながるところが、非常に面白いです。
読んだ本
岡田斗司夫『世界征服は可能か』(再読)
栗原一止は内科医です。彼は信州の小さな病院に勤めています。過酷な労働に耐え、必死に働いています。愛読書は夏目漱石の『草枕』。夏目漱石の小説の影響を受けたためか、喋り方と考え方が古風なため、周囲からは変人だと思われています。だけど、妻思い。そして、医者としては非常に有能です。なので、大学病院から医局に来ないかと誘われているのですが・・・
地域医療を扱った小説。
滑稽な文体が非常に良いです。重いテーマを扱っているのに読んでいて楽しいです。一癖ある登場人物たちも面白いです。男爵や学士殿たちと酒を飲みかわす主人公はとても楽しそうです。
だけど、どうしても、森見登美彦を思い浮かべてしまいます。そして、森見登美彦に比べると浅い気もします。捻くれていないのです。捻くれていないからこそ、多くの人から愛されるのかも知れないけど。
第10回小学館文庫小説賞受賞作。第7回本屋大賞候補作。
読んだ本
夏川草介『神様のカルテ』
ポスト構造主義に焦点をあてて、現代思想を読み解いていこうとします。「現代フランス思想の構図」は分かりやすいです。綺麗に切り取っていくところが良いと感じます。見取り図になっています。見取り図はたとえ間違っていたとしてもないよりはあった方が良くて、そうすると哲学の世界に分け入っていくとき、役に立ちます。
「脱中心化の思想 ミシェル・フーコー」はとくに面白いです。フーコーは、大きな権力に注目するのではなく、細部を見つめたのだそうです。そして、「権力は生産する」のだと暴き出し、「知と権力の共犯関係」を明らかにしたのだそうです。フェミニズムにも繋がる気がしました。
あとは、「テクストと空白」なども読んでいて考えさせられました。ただし、繰り返しが非常に多くて、読みづらいです。
しかし、いろんな本を読むほどに、マルクス主義というもののことが分からなくなります。
呼んだ本
今村仁司『現代思想の系譜学』
鶴見俊輔が様々な人と対談していきます。本書はそれをまとめたもの。登場するのは、、姜尚中、中村哲、徳永進、アーサー・ビナード、上野千鶴子、四方田犬彦、中島岳志、孫歌、池澤夏樹ら。鶴見俊輔とアーサー・ビナードの対談は面白いです。言葉に関わるはなしが、どこまでも発展していきます。
ただし、発展がない場合も、なくはないです。両者が、普段から言っていることを繰り返しているだけになってしまっている対談もあります。ただし、それでも面白いです。
いろんな人と相対し、いろんなはなしを引き出す、鶴見俊輔という人は凄い、と感じます。ヨーロッパの思想に偏る日本の知識人に対して彼が抱いているらしい不信感が、雑多なものを受け入れる素地になっているのかなぁと感じます。
とはいえ、対談に参加しているのは、やっぱり教養人・研究者のような人たちばかり。鶴見俊輔と話せる人間だけが呼ばれているわけです。もう少し闘争心をむき出しにする、はなしが合わない人も入っていると、もっと面白いかも知れない、と感じました。
今日読んだ本
鶴見俊輔編著『新しい風土記へ』
浅田彰、柄谷行人、蓮實重彦、三浦雅士らが、日本における批評を再検討していきます。なんというか、非常に面白いです。それぞれ違う意見を持っているはずなのに、論争には発展しません。食い違いは放置されます。多分、互いに配慮しているのだろう、と感じます。
とくに、面白いのは蓮實重彦です。彼は、喋りたいことを喋ります。どばっと喋ることも多いです。鼻につくけど、それが良いのかも知れません。一方、柄谷行人も生意気です。海外での経験を活かし、様々な領域に切り込んでいきます。
生意気ではない批評家というのはありえないのかも知れないと感じます。だけど、三浦雅士はけっこうはなしを回そうとしています。それがかえって面白いです。
4人は、中村光夫を評価し、吉本隆明を貶めます。だけど、吉本隆明をどこまでも意識し続けているのだから、結局のところ吉本隆明に囚われているといっても良いのではないか。
読んだ本
浅田彰、柄谷行人、蓮實重彦、三浦雅士『近代日本の批評 昭和篇(下)』
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