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自森人-自由の森学園の人-の読書ブログ
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『ナジャ』は、小説家のアンドレ・ブルトンが1928年に発表した自伝的な小説。主に、私とナジャのことが綴られています。全体的に漠然としていますが、魅惑的で自由なナジャを追い求めるのだけど、私には手が届かないというようなストーリーなのではないかと感じました。
『ナジャ』

ブルトンが唱えた『シュルレアリスム宣言』というものに則って書かれているそうです。具体的には自動記述という手法を用い、自分の意識を無視して書いているみたいですが、それといって難しいことはないです。全てが暗喩のようで気になって仕方ないけど。

写真やイラストがたくさん挟まれていて印象的。

ナジャがナジャと名乗っているのは、それがロシア語「希望」という語の最初の一部分だから。彼女は不可思議な感性を持った人のようです。いかにも詩的と言う言葉がぴったり。彼女の言葉と存在は、いちいち印象的です。

ナジャは精神病院にも収容されてしまったということがのちに明らかになります。私は精神病院を非難しますがどうしようもありません。「美とは痙攣的なものだろう、さもなくば存在しないだろう。」という言葉で『ナジャ』は終わります。

解説が詳しくて面白いです。そこまで深く読むこともできるのか・・・

白水社。


読んだ本
アンドレ・ブルトン『ナジャ』

読んでいる途中
グレッグ・イーガン『万物理論』
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『SFが読みたい!〈2003年版〉』
面白そうなSFが目白押し・・・

1位は。

国内 野尻抱介 『太陽の簒奪者』
海外 コニー・ウィリス 『航路』


読んだ本
SFマガジン編集部『SFが読みたい!〈2003年版〉』

読んでいる途中
グレッグ・イーガン『万物理論』
『坂道の向こうにある海』
物語の舞台は小田原。朝子はハンサムで仕事の出来る正人とつきあっています。かつて、朝子はマイペースな卓也とつきあい、正人は朝子の5歳下の同僚・梓とつきあっていたのだけど、2人はそれぞれの恋人と別れました。そして、梓は卓也とつきあっています。正人と卓也は今までどおり介護施設に勤めています。一方、朝子はディサービスセンターへ転職、梓も病院へ転職してしまいました。その4人の関係はこれからどうなっていくのか・・・

恋愛小説。

さっぱりしています。いつかは好きな人を好きでなくなるときもあるし、だとしてもまた好きな人はできるから心配ない、というのがテーマなのだろうと感じます。

悩みつつもすすんでいく登場人物たちが印象的。

「朝のひかり─朝子/小田原ウメ子─梓/新しい年─朝子/山桜─卓也/貝の音─正人/坂道の向こうにある海─梓」といった章ごとに語り手がかわるのですが、それほど効果的とは思えません。しかもうまい具合に、章の最後の辺りで泣きをいれるところがあざといです。巧みではあるけれど。

あとはジョークがそれぞれ滑るところは気になります。全然気がきいていないように感じるのですが。

鋭いところのない心地良い小説。


読んだ本
椰月美智子『坂道の向こうにある海』

読んでいる途中
グレッグ・イーガン『万物理論』
『アウステルリッツ』
私は、半ばは研究を目的として、そして半ばは判然としない理由でイギリスとベルギーを行き来していました。1967年、アントワープ駅で、駅を観察し、メモをとっているアウステルリッツと出会います。そして、建築に関する話題をかわします。その後、会うこともなくなるのですが、1996年にアウステルリッツと再会します。そして、アウステルリッツの物語を聞くことになります。彼は15歳までウェールズの牧師のもとで育てられたのですが、実はアウステルリッツという姓だと教師から告げられ、自分を探すたびに出て・・・

ドイツ語の小説。

旅行記のようなエッセイのような小説のような、不思議な散文です。堀江敏幸を連想しました。しかも、各所に本文と関連した写真や図版が挟まれています。不思議な雰囲気を醸しだしています。

アウステルリッツは建築史を纏められず、文章を一行だって書くことが出来なくなり、論理を追求するのが欺瞞に思えてきてしまいます。文をみていてもほどけてしまうのです。そして、「綴じた紙もばらの紙も、メモ9用箋も、メモノートも、書類綴じも、講義録も、私の文字という文字の書かれている一切合財をなにもかもひっくるめて家から運び出し、庭の奥のコンポストの山にぶちまけて、その上から厚く枯れ葉をかぶせ、土をかけて」しまいます。それは、19世紀までの建築だけを考え、自分の生まれを忘れようとしていたから起こってしまったようです。

しかし、その自己欺瞞に気づき、過去を見つめると意外な事実がわかってきます。彼の生まれ故郷はチェコ。5歳のとき、彼はナチスによるユダヤ人狩りを恐れた親によって列車に乗せられ、ウェールズへと送られました。そして、その地で名前と出自と故郷と言葉を失ったまま生きることになります。そういったことが少しずつ沈鬱な文体で語られていきます。

ホロコーストの問題を扱っています。アウステルリッツは救いがたい事態に直面し、ヴォネガットと同じように線形ではない時間というものに目を向けるようになります。それが印象的でした。最後の辺りでは図書館のことが綴られます。過去へ目を向けなくなる世界に対して疑問を呈しているみたいです。蓄積は大切なのか。

「アウステルリッツ」からはアウシュビッツという単語が連想されます。しかし、アウステルリッツはアウシュビッツにたどり着くことはありません。それが不思議です。巨大建造物は最初から崩壊の陰をまとっているとアウステルリッツは指摘します。いびつな近代世界も、いつかは崩壊するのか。


読んだ本
W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』

読んでいる途中
椰月美智子『坂道の向こうになる海』
『ブラウン神父の童心』はG・K・チェスタトンの短編集。『青い十字架』『秘密の庭』『奇妙な足音』『飛ぶ星』『見えない男』『イズレイル・ガウの誉れ』『狂った形』『サラディン公の罪』『神の鉄槌』『アポロの眼』『折れた剣』『三つの兇器』収録。
『ブラウン神父の童心』

『青い十字架』
パリ警察に勤める名探偵・ヴァランタンは、機知と遊び心に溢れた大怪盗フランボウを捕らえるためロンドンへ向かいます。その途中で塩と砂糖が交換されているのを発見します。通りかかった二人組が行ったらしい。奇怪に思い、ヴァランタンは二人組を追うのですが・・・ ブラウン神父が初登場。

『見えない男』
四人の人間が周囲から監視していた建物の中で男が殺害されます。皆は恋敵が犯人ではないかと疑うのですが・・・

1911年に発表されたミステリ小説。

ブラウン神父はとても小さくて、丸顔で眼鏡を掛け、いつでも蝙蝠傘を持っています。だから、誰からも相手にされないのですが、実は鋭い洞察力と説明力を持っています。彼は、論理だけで全ての事件を解決していきます。そして、そのブラウン神父の相棒であり、引き立て役となるのがフランボウ。善良な心を持った大男。

突拍子がないトリック、心理的な盲点をついたトリックなどがたくさんあって面白いです。中には少し納得しがたい阿呆らしいものもないわけではないのですが楽しめます。『見えない男』などは、なかなかに面白いです。

最終的には論理が勝ちますが、それはキリスト教、つまり神への信仰を前提とした論理です。神秘的/幻想的な雰囲気が漂ってくることも多いです。新興宗教を立ち上げた男との対立が描かれる『アポロンの眼』などはなかなかに面白いです。本格ミステリなのだけど、宗教に関する物語のようでもあります。

犯人は創造的な芸術家だが、探偵は批評家にすぎぬというあまりにも有名な台詞も登場。とにかく、逆説と皮肉と批評が多くて楽しいです。無邪気にも王政と教養をぶっ壊したフランス人を軽く揶揄したり、「乗客の群れ」を蝿のように吐き出されたと表現したり、カトリック以外の宗教を愚弄するところは印象的。言いたいことは分からないでもないです。



読んだ本
G・K・チェスタトン『ブラウン神父の童心』

読んでいる本
W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』
『審判』
ある朝のこと。銀行員ヨーゼフ・Kのもとに突如として男たちが現れます。彼らは監視人だと名乗り、すでにKは逮捕されていると宣告します。しかし、なぜ逮捕されるのか全く分からないし、連行されることもありません。ですが、審理はすでに始まっていました。Kは無実だと訴えますが、法廷やその背景にあるらしい組織は訳が分かりません。そして、なぜかKはすでに有罪だと決まっているようです。Kは弁護士や法廷に出入りしている画家に頼ろうとするのですがますます訳が分からなくなり、最後には犬のように処刑されます・・・

1914年から書き始められた未完の小説。断片が断片として収録されています。

感覚的に把握することが出来ない巨大な組織・システムの怖さ/分からなさが、分かりやすく書かれています。ヨーゼフ・Kはなぜ裁かれるのかさっぱり分かりません。しかし、裁かれます。最初から結末が決まっているところは、ギリシア悲劇のよう。しかし、機械的にまずい立場へ押し込まれていくKは決して英雄ではありません。単なる銀行員です。だから、物語自体が少し滑稽になってきています。

Kはいつでも女性にまとわりつかれます。物語の一番最後には、断片「母親訪問」があります。ですが、Kにとって女性とのつきあいというのが何か分かりません。もしかしたら単なる息抜きなのかも。彼にとって最も大切なのは、銀行員としての仕事です。ようするに、かつては俗悪といわれた貨幣のやりとり/金融業なわけです(しかも金融業といえば、ユダヤ人が連想されます)。Kは女をひき寄せ、金融業を行う俗物のユダヤ人だから裁かれたのかも、と考えることもできます。

「大聖堂にて」では教誨師が登場し、Kに向かっていろんなことを語ります。教誨師は別個の短編として知られている『掟の門』のあらすじを説明し、解説まで加えるのですが、その部分は非常に面白いです。非常に大切なことが書かれている気がします。

法というものは、根本的に人間を容れないものなのであると示しているのかなぁ。あるいは、法というものはなんであれ人を束縛し、断罪するものだということか。その場合の法とは、自分の外側にあるものではなく、心の内側にある倫理観のようなものみたいなのですが。近代化が進み、神/つまり外側の法が消えたために内側の法(倫理観)も矛盾に悩まされ、破綻するということを示しているのか。


読んだ本
フランツ・カフカ『審判』

読んでいる本
G・K・チェスタトン『ブラウン神父の童心』
『ヨーロッパ文学講義』
大切なのは「丁寧に細部を読む」ことだとよく分かります。

ジェイン・オースティン『マンスフィールド荘園』/チャールズ・ディケンズ『荒涼館』/ギュスターヴ・フローベール『ボヴァリー夫人』/ロバート・ルイス・スティーヴンスン『ジキル博士とハイド氏の不思議な事件』/マルセル・プルースト『スワンの家のほうへ』/フランツ・カフカ『変身』/ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』といった作品が扱われています。

再読しなきゃと思いました。


読んだ本
ウラジーミル・ナボコフ『ヨーロッパ文学講義』

読んでいる本
フランツ・カフカ『審判』
『戦争のなかの京都』
読むと、京都も戦争の被害を受けていたのだということが分かります。地場産業は崩壊し、寺社も政府の指令を受け、金属を供出したそうです。しかも、空襲を受け、死者もでたらしい。

被害を受けていなかったから、原爆投下候補地にもなったとは聞いたことがあったので、(候補地は、京都市、広島市、横浜市、小倉市の4都市)意外でした。京都は、「戦災都市」としては認定されていないそうですが、太平洋戦争をくぐりぬけた日本の都市は、すべて戦災都市のようなものだという指摘は考えさせられました。

岩波ジュニア新書。


読んだ本
中西宏次『戦争のなかの京都』

読んでいる本
ウラジーミル・ナボコフ『ヨーロッパ文学講義』
『脱獄計画』
物語の語り手はアントワーヌ。彼は甥のヌヴェールから送られてきた様々な(矛盾する部分もある)手紙を引用しつつ、ヌヴェールのことを綴っていきます。ヌヴェールは親族や女性との関係がこじれ、流刑地である悪魔島に刑務官として送られました。彼は何もかもがよく分からないまま島で動き回っているということが、手紙から伝わってきます。そして、手紙だけでなく、それに呼応した他人の手紙や書類、様々な書物からの引用、2つの刊行者注が混ざり合っています。

1945年に発表されたカサーレスの小説。

認識に関する問題を扱っているようです。語り手は信用できません。しかも送られてきたヌヴェールの手紙も真実だけが綴られているのかよく分かりません。それ以前に、ヌヴェールは状況を把握できていません。だから、混乱します。

何がなんだか分からないというわけではないのですが、何が真実か、現実か定かではないのです。

ミステリのような、一種のオチもあります。オチもまた人間の認識に関する問題とからんできます。その部分はSFのようです。目新しいわけではないけれど、やはり驚かされるし、世界が本当にこのような姿をしているのか考えさせられます。

もしかしたら、全てがヌヴェールの妄想かもしれないけど・・・

カサーレスは、ボルヘスに見出され、彼とともに活躍したそうです。アルゼンチンには面白い小説家がたくさんいるみたいだし、もっと読んでみたいと感じます。


読んだ本
アドルフォ・ビオイ・カサーレス『脱獄計画』

読んでいる本
中西宏次『戦争のなかの京都』
『夜市』『風の古道』
『夜市』
大学生のいずみは、高校時代の同級生・裕司から「夜市にいかないか」と誘われ、ついていきます。すると異様な者がたくさんいて・・・ 予想外の展開が意表を突きます。第12回日本ホラー小説大賞受賞作。

『風の古道』
主人公と友達カズキは、現実から離れた道に迷い込んでしまいます。偶然出会ったレンという人に導いてもらうことにするのですが、カズキが射殺されてしまい・・・

幻想小説。

冒頭で、「学校蝙蝠」という言葉が登場した時点でうんざりしてしまいました。不思議な世界が展開されていくので楽しめますが、全体的にわざとらしくて鼻につきます。

構成、仕掛けはそれぞれ凝っていて面白いのですが、文章は荒いし、ひどいです。無理して難しい言葉を使っているのだろうと感じられるし、こなれていないのです。いかにもとってつけたようといえばいいのか。「美貌の才能」という表現などはとくに不可解。

日本ホラー小説大賞の選評者たちの絶賛は分からないでもないけど、褒めすぎではないかとも感じます。

あと、技法としてではなく、やたらと意味なく一行あけを使うところもいまいち。それをつなげなきゃ小説ではない気もします。小説ではなく、脚本としては優れているかも知れません。映像化されたら面白そうです。


読んだ作品
恒川光太郎『夜市』
恒川光太郎『風の古道』


読んでいる本
アドルフォ・ビオイ・カサーレス『脱獄計画』
『言葉の外へ』
『言葉の外へ』は、保坂和志のエッセイ。

カフカ、ベケットを引き合いに出すところはいつもどおり。言いたいことは分からないでもないです。しかし、カフカに関する説明は浅すぎる気もします。保坂和志がカフカ論みたいなものを書いてくれたら、絶対に読みたいと思うのですが、書いてくれないだろうかと感じました。もしかしてあるのかなぁ。

機械化された、論理を最上とみなす、この近代主義の時代・社会に納得できていない人は、翻ってロマン主義に目を向けるようになるのかも、と改めて感じました。あまりにも大雑把な把握だけど・・・

読んでいて、保坂和志は自由の森学園の教育に対して共感を示してくれるのではないかといつも感じます。どうだろうか。


読んだ本
保坂和志『言葉の外へ』

読んでいる本
恒川光太郎『夜市』
アドルフォ・ビオイ・カサーレス『脱獄計画』
「あなたはイタロ・カルヴィーノの新しい小説『冬の夜ひとりの旅人が』を読み始めようとしている」という一文から物語は始まります。男声読者は『冬の夜ひとりの旅人が』を読み始めるのですが、それは乱丁本でした。なので、本屋へいって取り替えてもらおうとすると、それはポーランド人作家タツィオ・バザクバルの『マルボルクの村の外へ』という小説かも知れないということが分かります。彼は、ちょうど同じ本を読んでいた女性読者と出会います。そして、乱丁本かも知れないから連絡を取り合って中身を確認しようと約束します。その後、男声読者は幾度となく読書を中断させられ、女性読者と邂逅することになります。

『冬の夜ひとりの旅人が』『マルボルクの村の外へ』『切り立つ崖から身を乗り出して』『風の目眩も怖れずに』『影の立ちこめた下を覗けば』『絡みあう線の網目に』『もつれあう線の網目に』『月光に輝く散り敷ける落葉の上に』『うつろな穴のまわりに』『いかなる物語がそこに結末を迎えるか?』といった小説の冒頭が連なり、その間に男声読者と女性読者の物語が綴られています。
『冬の夜ひとりの旅人が』

摩訶不思議な小説。説明不可能といっても過言ではありません。

作中作があふれています。チンメリア国、チンブロ人民共和国、ポルトガル、スペイン、さらには日本の架空の小説まで登場。どの小説もそれぞれ面白いのですが、それ以上にとにかく作品全体が面白いです。

遊び心に溢れていて愉快なのに、イタロ・カルヴィーノという人の作品論、読書論のようにもなっています。

『冬の夜ひとりの旅人が』という小説は、小説というもの、あるいはそれによって誘発される読書という行為それ自体を観察し、考察し、経験し、再現し、探索し、筆記し、解体し、構成していきます。読書と言うのは一度きりの体験なのだということを教えてくれるし、様々な読み方があるということを理解させてくれます。

とにかく、読書の楽しみが詰まっています。そして、大袈裟かも知れないけど、小説はあらゆる可能性を秘めていて、あらゆる世界を構築できて、あらゆる物を詰め込むことができるのではないかと感じさせてくれます。


読んだ本
イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』

読んでいる本
恒川光太郎『夜市』
保坂和志『言葉の外へ』
アドルフォ・ビオイ・カサーレス『脱獄計画』
『あなたの人生の物語』
『あなたの人生の物語』がやっと読み終わりました。

『地獄とは神の不在なり』
物語の舞台は、時折天使が降臨するアメリカ。物語の主人公は、生まれつき足が不自由だったニール。天使ナタナエルが降臨したとき近くにいたためニールの妻のセイラは死亡し、天国へいってしまいます。セイラを追うためニールは神を愛そうとするのですが、愛することは無理で・・・

『顔の美醜について-ドキュメンタリー』
人の顔をみても美しさを感じなくなる機械カリーを脳内に埋め込むべきか否か、ということで大論争が巻き起こります。差別を撤廃するためには必要と言う学生がいる一方で、化粧会社などは猛反発し・・・ ラストが印象的。

どの短編も面白かったです。


読んだ作品
テッド・チャン『地獄とは神の不在なり』
テッド・チャン『顔の美醜について-ドキュメンタリー』


読んでいる本
イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』
『朗読者』
少年ミヒャエル・ベルクは、吐いてしまった時、十五歳年上の女性ハンナ・シュミッツに助けられます。その後、二人は愛し合うようになり、ベルクはハンナのために、トルストイの『戦争と平和』や、ホメロスの『オデュッセイア』を朗読しました。しかし、ハンナは突如として失踪してしまいます。その後彼女の影を追い続けていたベルクは、裁判を傍聴しているときにハンナを見かけます。彼女は戦争犯罪人だったのです・・・

ベストセラーになったドイツの小説。

最初の内は、性愛の物語のように思えます。だけど、実はナチスによるユダヤ人虐殺の問題を扱った重々しい小説です。

とはいえ、作品自体はテーマとは相反するほど軽いです(だからベストセラーになったのだろうと思います)。語り手が、戦争を経験していない若者だからかも知れません。しかも、ミステリ的な仕掛けもあります。ある言葉に二重の意味がこめられたりしているのです。なので結構読みやすいです。

とはいえ、テーマ自体は複雑。

かつての人たちが行ってしまった過ちを後世の人間が断罪できるか、傍観者に戦争責任はあるのか、と問うているようです。戦争犯罪人と裁かれるハンナは「そのとき、あなただったら、どうしましたか?」と裁判長に向かって問いかけます。

主人公ベルクは、ハンナと愛し合ったために、様々な疑問を抱くわけですが、正解は見つかりません。というより、ないのかも知れません。しかし、軽々しく結論を出すわけにはいかないにしても、何らかの結論を出していかなければ次に進めません。本当に難しい問題です。

戦争は多大な禍根を残すものなのだと感じます。


読んだ本
ベルンハルト・シュリンク『朗読者』

読んでいる本
テッド・チャン『あなたの人生の物語』
『ナチュラル・ウーマン』
『ナチュラル・ウーマン』は、松浦理英子の連作短編集。『いちばん長い午後』『微熱休暇』『ナチュラル・ウーマン』収録。

『いちばん長い午後』
少年のような風貌を持つ容子は、花世と分かれてから、スチュワーデスの夕記子となんとなく付き合っていました。ですが、諸凪ハイツでかつて熱烈に愛し合った花世と再会します。

『微熱休暇』
容子は、裏表のない健康的な親友・由梨子とともに休暇を過ごします。そして、惹かれるのですが・・・

『ナチュラル・ウーマン』
大学生の容子と花世は、同人誌の集まりで出会います。二人とも先鋭的な作風で知られ、周囲からは注目されています。二人はいつしか愛し合うようになるのですが、関係は壊れていき・・・

多分、女とは何か、と問うている小説なのだと思います。

作品の順番は並べ替えられています。時間にそって順番に並べていくと『ナチュラル・ウーマン』→『いちばん長い午後』→『微熱休暇』というふうになります。

主人公・容子は同性愛者です。男に従い、子供を生むことを拒否します。そして、女同士で向き合い、セックスに耽溺し、相手を女と看做すことでナチュラル・ウーマンになろうとします。しかし、なかなかうまくいきません。純粋な女とはいったい何かが分からないからです。

その辺りの分からなさが面白いです。ジェンダーという言葉があるけれど、性というものは社会/環境がつくりあげているのかも、と感じます。


読んだ作品
松浦理英子『ナチュラル・ウーマン』

読んでいる本
テッド・チャン『あなたの人生の物語』
ベルンハルト・シュリンク『朗読者』
テッド・チャンの短編集『あなたの人生の物語』を読んでいる最中。

『あなたの人生の物語』
ルイーズは軍に依頼され、宇宙人ヘプタポッドと面会し、彼らの言語を解明しようと務めます。すると、ヘプタポッドの世界観は、人間と全く異なっていることが分かってきます。ルイーズはそれに影響を受けます。そして娘である「あなた」にたえず呼びかけ、未来に生きるあなたのことを思うのですが・・・ 線形でない時間がテーマになっているので、ボルヘスや『スローターハウス5』を連想しました。ボルヘスも引用されています。

『七十二文字』
物語の舞台は、名辞というものが存在する異世界のイギリス。72文字の名辞を与えると、それ自体が原動力になり、様々な物を動かすことが出来ます。ストラットンは、命名師となり、新たな名辞を開発して貧者を救おうとするのですが・・・

『人類科学の進化』
ショートショート。科学に関する記事のような感じなのですが・・・


読んだ作品
テッド・チャン『あなたの人生の物語』
テッド・チャン『七十二文字』
テッド・チャン『人類科学の進化』


読んでいる本
テッド・チャン『あなたの人生の物語』
松浦理英子『ナチュラルウーマン』
テッド・チャンの短編集『あなたの人生の物語』を読んでいる最中。

『バビロンの塔』
途轍もなく高くて横倒しにしたら端から端まで行くためには2日かかるほどの塔がありました。ヒラルムは空の丸天井に穴を掘るため、その塔へのぼるのですが・・・ 奇妙な世界観が特徴的。ファンタジーのよう。

『理解』
植物人間になってしまったレオンは新薬ホルモンKを投与され、天才になります。彼は、全ての物の中に法則性を見出すようになり、あらゆる物を操作できるようになります。自分のために彼はその知能を用いようとするのですが・・・

『ゼロで割る』
優秀な数学者レネーと、その夫カールの物語。レネーは「1と2、あるいは全ての数は等しい」と証明してしまいます。つまり数学は論理的でないと証明してしまったわけです。そして苦しむのですが・・・


読んだ作品
テッド・チャン『バビロンの塔』
テッド・チャン『理解』
テッド・チャン『ゼロで割る』


読んでいる本
テッド・チャン『あなたの人生の物語』
松浦理英子『ナチュラルウーマン』
カルロス・フエンテスの短編集『アウラ・純な魂』を読みました。カルロス・フエンテスはメキシコの小説家。
『アウラ・純な魂』

『チャック・モール』
友人フィリベルトがアカプルコで溺死しました。私は彼の遺体と日記を受け取ります。そこには、マヤの雨神チャックモールの像を買った日から巻き起こった怪奇が綴られていました。不気味な作品。オチが怖いです。

『女王人形』
14歳の頃、7歳の少女アミラミアと出会います。そして大人びたアミラミアに惹かれるのですが、いつしか苛立ちを覚えるようになり、疎遠になりました。それから10年。本の間から彼女が書いたカードが落ちてきて、彼女のことを思い出し・・・

『生命線』
政府に楯突く男達は監獄から脱出するのですが、再び捕まり、処刑されます。『百年の孤独』の冒頭を連想します。

『最後の恋』
初老の彼は金で若くて美しいリリアを買います。しかし、彼は自分が老いているということを強く意識させられ・・・

『純な魂』
兄ファン・ルイスと妹クラウディアは非常に親密な関係でした。しかし、ファン・ルイスがスイスへいき、様々な女性とつきあうのですが、とうとうクレールと結婚することを決めます。しかし、それを嫌ったクラウディアは・・・ これまた怖い作品。ミステリのよう。

『アウラ』
君は、老婦人の亡き夫の回想録をまとめて編集するだけで月四千ペソも貰えると知り、飛びつきます。老婦人の家ではアウラという若い女性と出会うのですが・・・ ありきたりの現実が壊れていきます。幻想的な作品。

フエンテスもボルヘスらに連なる、マジックリアリズム作家のようです。時間が線形ではなく、円環になっていくところが面白いです。とくに『アウラ』は秀逸。君の世界が崩れ、いつしか過去と未来が重なります。


読んだ本
カルロス・フエンテス『チャック・モール』
カルロス・フエンテス『女王人形』
カルロス・フエンテス『生命線』
カルロス・フエンテス『最後の恋』
カルロス・フエンテス『純な魂』
カルロス・フエンテス『アウラ』


読んでいる本
テッド・チャン『あなたの人生の物語』
『暗闇の中で子供 The Childish Darkness』
『煙か土か食い物』の続編。主人公は奈津川三郎。彼は、くだらない三文小説やミステリを書いていました。しかし母親が昏倒してしまってから小説を書くことが出来なくなります。あるとき、地面にマネキンょ埋めている少女ユリオを見かけます。ユリオは連続殴打生き埋め事件を引き継いでまったく別の絵をかこうとしていました。いったいぜんたい何が起こってるのか。再び死体が溢れ、肉が吹き飛び、血が流されることになります・・・

ミステリなのか、物語るということに関する物語なのか。

もう訳が分からないです。訳が分かることを目指してはいないのかも知れません。語り手が奈津川三郎だから余計に訳が分からなくなっているのかも。彼は、四郎のように強引にでも決着をつけるということはしないし、できません。小説を書くような人間だからです。

やはり暴力と愛に関する考えが溢れかえっています。

舞城王太郎作品は凄いと感じますが、まだ発展途上という感じもします。笑えるからいいけど、長くてぶっ飛びまくるので読むのが、面倒になってきます。

舞城王太郎作品を説明する上で重要な言葉はだいたい出し尽くされています。「大丈夫」「好き」「愛してる」「物語は嘘だけど、信じている人がいる限り現にある」とか。読んでおいて損はないです。随分と混乱するし、滅茶苦茶なので大変ですが。


読んだ本
舞城王太郎『暗闇の中で子供 The Childish Darkness』

読んでいる本
ウェブカルロス・フエンテス『アウラ・純な魂』
ジョージ・オーウェルの『動物農場』を読み終わりました。

『絞首刑』
絞首刑が行われます。それに立ち会う人たちには緊張感がなく・・・

『貧しいものの最期』
私は、病院に入院します。そこには貧しい人がたくさんいました。


読んだ本
ジョージ・オーウェル『絞首刑』
ジョージ・オーウェル『貧しいものの最期』


読んでいる本
舞城王太郎『暗闇の中で子供 The Childish Darkness』
『さようならコロンバス』
主人公ニールは下町の叔父の家に下宿しつつ図書館に勤めていました。彼は、プールでブレンダという女性と出会います。ブレンダはニューヨークの高級住宅地に住み、名門女子大に通い、気軽に整形するような女性でした。ブレンダとニールは惹かれ合います。同じユダヤ人だということもあったのかも知れません。そして、とうとうブレンダはニールを家に招くのですが・・・

恋愛小説。1959年に出版されたフィリップ・ロスのデビュー作。

それなりに清新ではあるし、読んでいて飽きません。しかし、基本的には定番の恋愛小説以外のなにものでもない気がします。アメリカでは絶賛され、様々な賞を受賞したそうですが、どこがそれほどまでに評価されたのかよく分からないです。

素直にさらさらと綴られているところはなかなかに良いとは感じます。

むしろ『さようならコロンバス』の良さとはそれに尽きるのかも知れません。ただただあっさりさっくりしていて、しかも随分と素直です。ニールはブレンダを好きになるのですが、物凄く好きというふうにはなりません。どこかで、とまってしまいます。

ニールが、黒人や差別される者の近くにいるところは印象深いです。社会からはずれたユダヤ人、しかもその中でも貧しいほうだからなのかなぁ。

黒人の少年に関するエピソードは印象深いです。夏休みの間、毎日のように黒人の少年は美術の本を見に来ます。少年の言葉はなまりがひどくて美術(アート)といっているみたいなのに、心(ハート)と聞こえるのだそうです。たわいもないはなしなのに心に残ります。

全米図書賞受賞作。


読んだ本
フィリップ・ロス『さようならコロンバス』

読んでいる本
ジョージ・オーウェル『動物農場』
『動物農場』『象を撃つ』
ジョージ・オーウェルの短編集『動物農場』を読んでいる最中。

『動物農場』
ジョーンズ氏の荘園農場で飼育されていた動物達は、豚のメージャー爺さんに「人間がいるから動物は幸せになれない! 動物達よ結束するのだ!」と言われ、団結します。メージャー爺さんの死後、動物達はジョーンズ氏を追放。ナポレオンとスノーポールら有能な豚たちが動物を指導するのですが、いつしかナポレオンが権力を握るようになり・・・ 1945年に発表された寓話。

『象を撃つ』
私は、南ビルマで英国の警官として活躍しています。ビルマ人からは憎まれていますが、自分も英国の帝国主義には賛成せず、むしろ自分の仕事を憎んでいるくらいなので、ビルマ人の態度を否定することはできません。ある日、象が暴れていると連絡を受け、その地へ向かいます。象はもう少しで沈静化しそうでしたが、私は、私に従うビルマ人が千人近くもいるので撃たざるを得ず・・・

読んでいると、ジョージ・オーウェルの真摯な姿勢がよく分かります。『動物農場』はとくに興味深いです。社会主義それ自体を否定しているわけではなく、スターリンの専制を批判しているようです。今では常識ですが、彼ほど早く、鮮明に、スターリンの専制・全体主義を見抜いた人間は少ないのかも。


読んだ本
ジョージ・オーウェル『動物農場』
ジョージ・オーウェル『象を撃つ』


読んでいる本
ジョージ・オーウェル『動物農場』
フィリップ・ロス『さようならコロンバス』
『いとしい』
私(マリエ)は、母のカナ子、姉のユリエとともに生活しています。二人目の父が死んだ後、母の手をかくためにチダさんが家を訪れるようになるのですが、いつしかチダさんも来なくなります。その後、私は女子高の教員になり、ユリエは、オトヒコという太った男を愛するようになり、家を去っていきます。私の生徒の一人ミドリ子には紅郎という兄がいました。私は紅郎と愛し合うようになります。一方、ミドリ子は鈴本鈴郎に迫られ・・・

不思議な恋愛小説。

やはり川上弘美の文体は柔らかいです。そして、気持ち悪いほど温かいです。だからか、不思議な出来事、不可解な出来事、不気味な出来事などが挟まれているのに、何が正常なのか分からなくなってきます。

好きというのはどういうことなのだろう、と問うているのだと読んでいて感じました。人を好きになるということは、決して確実なことではないみたいです。

変わっていく、捉えられない小説を目指しているのかも知れないと感じました。

意味を見出そうとするとかえって混乱するし、困ることになります。単にでたらめなだけのような気もします。しかし、だからこそ不確定性を持った面白い小説になっているのかも。まぁ、しっかりとした文体で分析するのは非常に難しいです。

幾つもの御伽噺が挟まれています。とくに、オトヒコに関する御伽噺は秀逸。嘘なのかほんとなのか分からないです。嘘だというふうに本人は言っていますが。

ちょっと飽きてくるのですが、それでも奇怪で楽しいです。


読んだ本
川上弘美『いとしい』

読んでいる本
ジョージ・オーウェル『動物農場』
『失踪者』
主人公は、カール・ロスマンという17歳の青年。彼は年上の女中に迫られて子供を産ませてしまい、故郷ドイツを追われます。そして汽船でニューヨークへ行くのですが、傘を忘れたことに気付きます。なので、トランクを他人に任せ、汽船に舞い戻ります。そこで火夫に出会い、彼が屈辱的な仕打ちを受けていることを知って弁護しようとします。そして船長のもとにいったら、伯父ヤーコプと出会い・・・

1912年頃から書き始められた未完の長編小説。

かつては『アメリカ』というタイトルで知られていた作品。今回再構成がなされています。これまで本編の中に組み込まれていた断片が、カフカの草稿通りに断片として収録されています。

カフカの小説はやはり面白いです。カフカは捉え難い世界/規範に翻弄される人間を描いているのだろう、と僕はこれまで思っていました。だけど、『失踪者』を読み、実はもう少し考えられているのかも知れないと感じました。もしかしたら、カフカは近代化(モダニズム)に違和感を覚えた人間なのではないか(翻訳者・池内紀の解説が素晴らしいので、これといってつけくわえることもないのですが)。

無垢なカールはどこまでも漂流していきます。

カールはヨーロッパを追い出され、近代化・産業化が進んだアメリカにたどりつきます。そこで、「一種の代理業・仲介業務」の結果、巨万の富を築きあげた伯父ヤーコプと出会います。ヤーコプは物をつくるのではなく、物と情報を早く流通させることで金を得ています。近代化というか、資本主義(市場経済)の申し子なわけです。ですが、カールは伯父から絶交され、追い出されます。そしてシステムからあぶれた人たちとつるむことになります。

その後、ホテルのエレベータボーイになります。なのに誤解から仕事を追い出されます。カールの正義は規範に敵いません。何もしていないのに警察に追われます。やたらとめぐり合わせが悪いのです。だから再びシステムからあぶれた人たちとつるむことになります。

結果としてカールは仲間から奴隷のような扱いを受け、バルコニーに押し込められます。そして、判事候補者の演説とその支持者が反対派と非難しあう場面を見下ろし、それに思わず惹き込まれます。ですが、カールと語り合う学生は「一番当選すべき人が当選しない」といいます。一種のイベント/見世物でしかない、多数決/選挙を痛烈に諷刺しているわけです。

最終的に、カールはオクラホマ劇場に就職します。そこではカールがどこに属する者なのか、ということが徹底的にあぶりだされます。家族いるかいないか、技術者かそうでないか、何が出来るか、と問われ、中学卒のところへいかされますがヨーロッパからきたかと分かると、さらにヨーロッパの中学卒のところへ回されます。翻訳者は「「救済」の門をくぐるには、お役所式の手間がかかるのだ」と書いていますが、そのしつこさは不気味です。しかし日常的にそういう光景に出会います。それは、近代になってから主権国家/国民国家が生まれ、土地、言葉、思想といった全てのものがどこに帰属するかしつこく問われるようになったからではないか。

「冷気が顔を撫でた」という一文で物語が終わるのですが、その辺りの気持ち悪さを、カフカはよく分かっていて書いたのかも、と感じます。カフカは、故郷なきユダヤ人(当時はまだイスラエルもなかったし)でありながら、保険局に勤める公務員でもあったのだから。


読んだ本
フランツ・カフカ『失踪者』

読んでいる本
ジョージ・オーウェル『動物農場』
『芽むしり仔撃ち』
戦時中、感化院の少年達は厄介者扱いされ、山奥の僻村に疎開させられます。待っていたのは閉塞的かつ抑圧的な環境でした。少年達は、動物の屍を大量に埋めることを命じられます。彼らは大人の指示に従います。ですが、仲間が死んだ夜に厄病を恐れ、村人たちは去っています。少年達は生き延びようとして村を荒らし、食糧を漁り、自分達の世界を築こうとします。そして朝鮮人の少年や脱走してきた兵士や、母を疫病で失った少女とともに生活するのですが・・・

長編小説。再読。

文体は硬いし、登場人物に名前がついていないし、死や生を想起させる表現は随分とグロテスク。いかにも文学的。しかし、少女との恋などが挟まれているため読みづらくはありません。

『芽むしり仔撃ち』とは、そのままの意味。大人達は、疫病が発生した村の中に少年達を閉じ込め、出てこようとするとさらに銃口を向けます。そして、早いうちから悪い芽は毟り取っておくのだのだと言い放ちます。

生き延びるため、自分達の世界を築こうとする少年達。村という共同体を形作り、少年達を異物として軽蔑しつつ踏みにじる村人/大人達。その二者の力関係は結局のところ最後まで変わりません。少年達が抑圧されずに力を発揮できるのは村人達がいない間だけです。彼らの結束は弱すぎて、大人に敵いません。

むしろ集団でいるからこそ、さらに巨大な集団の中に組み込まれると対抗できず、あっさりと屈してしまうのかも知れません。絶望的に感じられます。

しかし、ラストに希望がないわけではない気もします。僕は大人達に屈服させられることを拒み、仲間から離れて暗い森へと飛び込んでいきます。彼の前途には何が待ち受けているのか分からないから、希望とはいえないかもしれないけど・・・


読んだ本
大江健三郎『芽むしり仔撃ち』(再読)

読んでいる本
フランツ・カフカ『失踪者』
ウェブサイトhttp://jimoren.my.coocan.jp/
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