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自森人-自由の森学園の人-の読書ブログ
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★★★

著者:  佐伯一麦
出版社: 新潮社

  斉木鮮は、英語教員に「ア・ルース・フィッシュ(だらしのないやつ)」だと非難されます。それは決して褒め言葉ではありませんでした。ですが、looseは「自由な」という意味も併せ持っていました。その言葉に勇気付けられた鮮は、教師を殴って進学校を中退。そして、赤子を抱えた元彼女・幹のもとへと赴き、彼女との生活を始めます。赤子を梢子と名付け、アルバイトに精を出すのですが・・・

  成長の物語。

  さっくりとしていますが、なかなかに面白いです。主人公は、母親との不和を引きずり続け、苦悩します。ですが、彼は幹、梢子と生活するうちに成長していき、最終的に幹とセックスすることでトラウマから脱出します。悩みは基本的に淡白なもののように感じられるし、ラストは随分と安易な気もします。けど、だからこそ、『ア・ルース・ボーイ』という作品は現代的なのかも知れません。

  真摯な主人公は全くうじうじせず、淡々と苦境を乗り越えていきます。少しも大仰ではなく、気負いもなく、それでいてまっすぐ。

  私小説なのに、客観的な視点から書かれている気もします。だから、妙にあっさりとした印象を受けるのかも知れません。

  新聞配達などのアルバイトについて綴られている部分が面白かったです。

  山田詠美の解説も面白いです。ただし、山田詠美の小説はそれほど好きではないし、彼女が褒めている佐伯一麦の小説にも感心はしなかったのですが・・・

  第4回三島由紀夫賞受賞作。


自森人読書 ア・ルース・ボーイ
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★★

著者:  西加奈子
出版社: 角川書店

  少女きりこと黒猫ラムセス2世の物語。迫力がある容貌のため、きりこは、小さい頃から子供たちを率い、仕切っていました。ですが、ブスであると看做されてから力を失い、美人な女の子たちに敵わなくなります。けれどどうして自分がブスといわれるのか分からず、引きこもるようになるのですが、開けっぴろげな猫たちとの交流の中で、自分を見つめ直していき・・・

  単なる「良いはなし」になってしまいそうなのですが、現実的で俗っぽい話が混ざっています(子供たちの中での理不尽な関係とか、男は自分より優れた女を嫌う、とか、セックスばかりしている女性が強姦されると誰も同情しない変な世の中のこと、とか)。設定(猫が喋りだす)も文章も軽いです。そのために面白い小説になっています。

  人間の世界と猫の世界が対比されるところがおかしくて良いです。雄猫は良い匂いのお尻とセックスしたいだけであり、人間の男もそれと変わらないだろうに社会があるために本音が言えない、とか。けれど、一般論で全てを説明していくので底が浅い感じがします。

  決して悪くはないのですが、随分とずるい構成になっていると感じてしまいました。ラストの辺りで、ブスってなんだろう、なぜ人は外見で人を判断するのか、ときりこは考えていきます。そして、「いれものとなかみ両方込みで、その人なんだ」と悟るのですが、ようするに大切なところで反論しようのない正しい結論がでて、おしまいなのです。

  ブスと言われている人にとって苦しいのは、容貌に自信が持てず、誰ともコミュニーケションをとることができなくなることなのに、きりこはいつでも人間と変わらない猫と会話しているわけです。ある意味では、まだ全然救いのある浅い苦しみではないか。その辺りが甘いために、妙に共感できません。

  そして、ラストの告白はちょっとあまりにも狙いすぎではないか、と感じました。着地が綺麗過ぎて、かえってわざとらしい・・・


自森人読書 きりこについて
★★

著者:  魚住直子
出版社: 講談社

  おとなしいけれど、実は案外戦略的な篠崎が主人公。彼は、高校入学後、元不良の大和田と一緒にいたとき、野球部とバスケ部の人たちに入部を迫られ、それを断るために園芸部に入部します。いつの間にか2人は意気投合。段ボール箱をかぶらないと外に出られない庄司という少年が偶然通り掛かったので引っ張り込み、彼らは3人で植物を育て始めます・・・

  のほほんとした軽い青春小説。

  今回は非常に楽しめました。段ボールを被った庄治という人と彼に対する主人公のツッコミが愉快なのです。安部公房の『箱男』を連想しますが、こちらの場合はそこに深い意味があるというわけではありません。アクセントのようなものです。

  しかし軽いだけではありません。魚住直子本来の泥臭さというか、日常の中に歴然と存在するいじめや差別などへの視線も感じられます。みなそれぞれがそれなりの物を背負っているということを気付かせてくれます。

  台詞が状況説明みたいになっていてちょっと自然ではない気もしましたが、物語の運び方は非常に巧くなっています。魚住直子が世間的な普通の青春小説に歩み寄ったとも考えられるけど、浮き沈みする気分を切り取り、浮く部分を上手に切り取った今までの作品とは、少し違うような気がします。もう少し明るいです。希望があります。

  厳しい環境にある人が主人公ではないから、なのかなぁ。


自森人読書 園芸少年
★★★★

著者:  マイヤー・フェルスター
出版社: 岩波書店

  若き皇太子ハインリヒは律儀で頑固な宮廷の人間たちに囲まれて育ちます。唯一の救いは家庭教師のユットナー博士だけでした。彼は独特の寛大さを持ち合わせた人だったからです。とはいえ、厳しく全てが定められた生活は続きました。ですが、青年になったハインリヒはとうとう1年の間、風光明媚なハイデルベルクへと赴くこととなります。そして、そこで溌剌とした少女ケーティや多くの大学生たちと出会い、ともに大学生活を謳歌するのですが・・・

  戯曲。

  物語自体は、単純で平凡でありきたりです。「高貴なる王子さまと身分の低い可憐な娘が惹かれあい、結局のところ結ばれない」というただそれだけの物語なのです。しかし、心をくすぐられました。

  青春というものを描いた作品ではあるのだけど、青春時代のエピソードはそれほど多くはありません。詳しいことが書かれていないためにむしろ想像の幅が広がります。巧みな演出だなぁと思いました。

  ユットナー博士と内侍ルッツの掛け合いが面白いです。若者の文化に理解を示し、むしろそれを受け入れる寛大な自由人ユットナー博士と頑固に宮廷のしきたりを守ろうとするルッツの間には深い溝があるわけですが、2人ともハインリヒのためを思って行動しているという点は共通しています。なのに食い違い、言葉の喧嘩を繰り返すのですが、そのやりとりが愉快です。

  徹底的に頑固な男ルッツが、最後の辺りで大学生たちから敬遠されて沈み込むハインリヒに理解を示し、騒がない大学生どもに文句を言うのですが、その場面はぐっときます。偏狭な人なのだけど、ハインリヒのためを思っているということは揺るがないのです。


自森人読書 アルト=ハイデルベルク
★★★

著者:  誉田哲也
出版社: 文藝春秋

  主人公は、香織と早苗の2人。香織は厳しい性格。一般的な話題には興味を持たず、ひたすらに愛読書『五輪書』をめくる兵法オタク。幼い頃から剣道を習い始め、徹底的な稽古を積んだ結果、圧倒的な攻めを獲得。一方、早苗はのほほんとした性格。いろいろあって勝負にこだわることを忌避しているけど、昔日本舞踊をやっていたため体の使い方というものが他人と違って結構強い。とくに相手の攻めを受けるのが得意。まだ2人が中3だった頃。中学大会2位だった香織が、当時まだ無名だった早苗に敗北し、雪辱を誓ったところから物語は始まります・・・

  剣道を扱った青春小説。

  分厚いけれど文字は大きいし、改行は多いし、物語自体もシンプルなので読みやすいです。章ごとに語り手が入れ替わり、香織、早苗双方の視点から物語が語られていくことになります。2人の考え方の違いがわかって面白いです。

  剣道の特殊な部分(正しい姿勢で打ち込まないと得点にならない、とか)を知ることができてよかったです。「勝利こそが全て、でいいのか」という問題は、全てのスポーツにつきまとうものだけれど、剣道は作法というか、行儀を大切にすることで勝てれば何でも良い、という考え方はとらないのか。面白い。

  やたらと強い人ほど一回敗れただけでもポッキリ折れてしまうことが多いのはなんでも同じなのかなぁ、と感じました。

  そういえば、何ヶ所かに挟まっている絵つきの道具の解説がとても分かりやすくていいです。


自森人読書 武士道シックスティーン
★★★

著者:  中山可穂
出版社: マガジンハウス

  王寺ミチルは、演劇を熱狂的に愛する女性でした。彼女は脚本家・演出家・主演俳優として小さな劇団カイロプラクティックを主宰する一方で、様々な女性の家を泊まり歩く毎日を送っています。少年のような容姿が女性をひきつけるのです。ミチルの周りには立ち代りに様々な女性が現れます。しかし、彼女は自分だけを愛しているため人から愛想をつかされてしまい・・・

  中山可穂のデビュー作。

  演劇の面白さ、怖さを存分に教えてくれます。読んでいると中小の劇団の現状がちょっとだけわかって面白いです。

  慢性的な金欠とめまぐるしい人の入れ替わりのために劇団を存続していくこと自体がまず困難なのだけど、大劇団のように売り上げを重視して演劇とはいえないような安全なものをつくりたくはないという強烈な自負心に支えられ、必死で頑張っているらしい。凄いな、と感じます。

  それにしても、どうして表現(演劇とか、大道芸とか、舞踊とか)を生業とする流れ者の人たちはくっついたり離れたり、やたら恋愛とセックスばかり繰り返しているのだろう。やっぱり、色気を保つことが大切だからなのか。

  しかも、あとさきのことは考えていません。なんというか、エキセントリックというか、破滅的です。まぁあとさきのことなどまともに考えていたら、表現に全力を注ぐことができなくなってしまうか。何かを表現するというためには捨て身で望まなければならないのかも知れないなぁ、と感じました。


自森人読書 猫背の王子
★★

著者:  中田永一
出版社: 祥伝社

  短編集。『百瀬、こっちを向いて。』『なみうちぎわ』『キャベツ畑に彼の声』『小梅が通る』収録。

  『百瀬、こっちを向いて。』
  高校1年生のモテない男の子が主人公。彼には宮崎瞬という兄貴のようなかっこ良い先輩がいました。宮崎瞬は美人の神林先輩とつき合っていたのですが裏では百瀬という女の子ともつき合っていました。宮崎瞬は、百瀬とつき合っていることを他人にばれないため主人公に「百瀬とつき合っているふりをして欲しい」と頼んできます・・・

  『なみうちぎわ』
  高校生になったばかりの私が主人公。私は、不登校の男の子の家庭教師になります。2人はだんだんと仲良くなってくるのですが。ある日、私は入り江に浮かぶ男の子を見つけて海へ飛び込み、おぼれてしまいます。そして・・・

  某作家(というか乙一)が別名義で出版した恋愛短編小説集だそうです。

  甘酸っぱいというか、淡いというか、恋愛と呼べるか呼べないか分からない瀬戸際にある微妙な感情をさらりと表現した作品群だなぁ、と感じました。さっぱりとしていて読みやすいのに、ぐっときます。バリエーションも豊かで、小説としてのつくりが巧いです。

  なんというか、褒めるしかない小説です。かえって、その巧みすぎる部分が鼻につく、ということもできるかなぁ。


自森人読書 百瀬、こっちを向いて。
★★★

著者:  百田尚樹
出版社: 太田出版

  天才的なボクシングセンスを持っているアホ・鏑矢は、ボクシングの闘いにおいては圧倒的な強さを誇ります。彼に敵う高校生は一人もいませんでした。一方、鏑矢の幼馴染である優等生・木樽は、初めてのデートのとき不良にボコボコにされて屈辱を味わい、ボクシングを習い始めます。最初はひ弱だったのですが徹底的な練習の結果、じょじょに強くなっていきます。2人はともに手を取り合いながら、様々なライバル達に立ち向かっていくのですが・・・

  ボクシングを描いた熱血スポコン青春小説。

  少年漫画のように面白いし、試合の描写も優れています。ボクシングの詳しいルールなどが説明される部分は読み応えがありました。

  ただし、全体的に話が出来すぎなのではないかというふうに感じてしまいました。主人公たちがとにかくかっこよすぎ。それに、練習すれば誰でもそこそこそに強くなれるというような希望的な展開には首を傾げざるを得ません。そうではないからスポーツというのは辛いのではないか。

  各々のキャラクターの掘り下げが、いかにもありがちな方向へと進んでいくことにも疑問を覚えました。直球な物語というのはかえって難しいものなのだなぁ、と実感しました。

  そういえば、事実上のヒロイン役である耀子先生の行動がよく分からなったです。そして、あまりにもリアリティに欠けているような気がしました。彼女のような教員が存在するとはとても思えないんだけど・・・ まぁ「可愛い女の子が偶然マネージャーになってくれて鏑矢と木樽の間で揺れ動く」というふうなストーリーにしたら、もう完全にあだち充の世界になってしまうから、あえて年上の女性をヒロインにしたのかも知れないけど、どちらにしろ御都合主義的な感じが拭えない・・・

  2009年第6回本屋大賞ノミネート作(5位)。


自森人読書 ボックス!
★★★

著者:  絲山秋子
出版社: 新潮社

  気ままに生きている大学生ヒデは、年上の女性・額子が好きでたまらなくて彼女とのセックスに明け暮れていたのですが、そんなある日、下半身丸出しのまま木に縛り付けられ、捨てられてしまいます。ヒデは、それから幾人かの女性と付き合ったりするのですがじょじょに酒に溺れていき、いろんな人から見捨てられてしまい・・・

  妙にうらぶれた雰囲気が漂っているのに、全体的には軽くてスパッとしていて、とても読みやすかったです。爽やかですらあります。あらゆるものを軽く扱うのが今風、なのかなぁ。そのような軽薄さは、少し古いような気もするけど。

  けっこう笑えます。主人公ヒデが落ちぶれていく様は痛々しいけど、吾妻ひでお『失踪日記』を連想させます。ヒデのどこか抜けた部分がおかしいです。とくに、下半身丸出しのまま野ざらしにされて、いろいろ考える部分は悲しすぎるけど、おかしすぎる。

  絲山秋子の小説は、どれも純愛ものとして読むことも可能な気がします(『袋小路の男』とかも)。だけど、純愛がテーマなのだろうか。微妙に違うような気がします。むしろ、純愛とか、愛という言葉でひとくくりにされてしまうような微妙な感情の動きを、きちりと写し取った小説のような気がします。愛とかそういう言葉で、物語を説明/回収してしまうのは、間違っているのではないか。

  絲山秋子は、非常に巧みな人のような気がしました。ダメな男の物語(けっこうありきたりの題材)をここまで面白くしてしまうのはさすが。

自森人読書 ばかもの
★★★

著者:  三並夏
出版社: 河出書房新社

  親の離婚の後、私は父と父の愛人とともに生活しています。愛人とはとても仲が悪く、学校での毎日も楽しいものではありません。いじめられないようにうまく立ち回っているだけ。そんな中で、夢に現れた男にもらったマシンガンをぶっ放し続けます・・・

  第42回文藝賞受賞作。著者・三並夏はこの作品で15歳にしてデビュー。綿矢りさの記録を追い抜いたそうです。

  「ありきたり、目新しいものはない、でも15歳にしては凄い」といろんな人から言われまくった作品。僕はけっこう凄いと思いました。ありきたりな日常を普通に書いて、それを作品として完成させるのはかなり困難なことだと思います。

  句読点と改行を削った文章とかもまぁ全然斬新ではないけど、切迫した雰囲気を伝えてくれるし、全体に漂うなんというか暗いというよりは、空虚な雰囲気もなかなか良いです。しかし、読んでいて笑える部分がほとんど少しもないというのは辛い。まぁそういう作風ではない、ということなのだと思うのですが、なんというか一息つけない。

  『平成マシンガンズ』というタイトルの割にはどこにマシンガンを向けているのかすらいまいちすっきりしない感じが良かったです。最後急転直下のオチは、なんだかほったらかしというより、投げやりな感じがするけど、そこまで含めてまぁ世の中所詮はこんなもんだ、みたいな考え方が表れているような気がしました。。平成はそういう時代ということ、なのかなぁ・・・


自森人読書 平成マシンガンズ
★★★★

著者:  山本幸久
出版社: 文藝春秋

  凹組は、九品仏にあるアパートの一室を借りているデザイン事務所。凪海(なみ)はそこに入社し、大滝、黒川とともに色んな広告や、お菓子の装丁からエロ雑誌のレイアウトまで何でもこなしていきます。そんなある日、慈極園という遊園地から凪海の描いたキャラクターを使わせてほしいという連絡がありました。凪海は愛するキャラクター、デビゾーとオニノスケを世界に発信する機会を得て喜ぶのですが、凹組だけでやるのはきついということで、大きなデザイン事務所QQQに出向することになります。QQQを率いているのは、昔、大滝、黒川とともに凹組を立ち上げた女性、醐宮でした。凪海は、醐宮にQQQへ来ないかと言われます。彼女はQQQをとるか、それとも凹組をとるか迷うのですが・・・

  青春小説。

  「凹組」という職場は非常に楽しそうです。結局、大滝、黒川らはその凹組という狭い世界に閉じこもってしまうのですが、共感できます。というより、狭いからこそ居心地が良いのだし、本当は別に狭くはないのかも知れないし。

  「大きな仕事してやろう!」と意気込むのではなく、小さくまとまって遊んでいる、今の日本の男の姿をきちりと捉えているような気がします。

  1つひとつのエピソードの描き方が、あまりにも巧いです。きちりとオチがつき、綺麗に収まっていて、本当に笑えます。安定感がある、というか。


自森人読書 凸凹デイズ
★★★★★

著者:  森絵都
出版社: 講談社

  主人公はさくらという中学生の少女。彼女はあることをきっかけに親友、梨利と仲違いしてしまいました。その後、梨利は危ない犯罪に手を出していきます。梨利のことが好きな勝田という少年は、それを心配し、さくらを追い回して「梨利を助けてあげてよ」と懇願。

  一方、さくらは、智さんと出会います。智さんは、自室で全生物をのせることが可能な宇宙船の設計図を書こうとしている青年。彼の部屋は、全てのものから解き放たれた安全な隠れ家でした。さくらは智さんの家に入り浸ります。そんなある日、「真の友 四人が集いし その時/月の船 舞い降り 人類を救う」という古文書を発見し・・・

  あまり好みの作品ではなさそうだなぁ、と思いつつ手に取りました。

  しかし、面白かったです。全体的に、少しエキセントリックな雰囲気が漂っています。作品そのものもまだ綺麗に整理されてはいないように感じられます(後の『永遠の出口』などと読み比べるととくに)。しかし、その不安定さが登場人物たちの心情の中とマッチしている気がします。

  辛い現実(自分の状態とか、友達の犯罪とか)とファンタジックな空想が絡み合い、ぐちゃぐちゃになりつつも、危うい均衡を保っています。

  そして、最後には綺麗に物語が収束していきます。辛いことや哀しいことも(決して心地よいものではないし、良いものでもないけど)、その地点にたどり着くためには必要だったのかも知れない、と思わされます。不安定だけど、そこが面白いと思える青春小説。


自森人読書 つきのふね
★★

著者:  恩田陸
出版社: 河出書房新社

  なんだかよく分からないので、何にも期待しないで読みました。何かありそうで何も無い、という恩田陸の見事な技にひっかけられたくないので。

  それなりに面白かったです。それぞれ小説家、音楽家、映画監督になっていった、3人の男女が、自分なりに大学生活を振り返るというもの。彼らどうしには、少しだけ関わりがあります。だけど何かあるか、といえば別にどうということもない関係(蛇が落ちてきた幻覚を一緒に見たとか、そんな感じ)。

  僕はまだ大学に行ったことがないので、そういうものなのかと思いつつ読みました。本書は多分、大学を舞台にした青春小説。

  何かありそうでない、どころか、もうほんと「何もない」です。「大学生活は、無為の4年間だった」って誰かが語るのですが、『ブラザー・サン シスター・ムーン』という作品自体にもその雰囲気が滲み出てきています。読んでも読んでもすーっと抜けていきます。

  ところどころ引っかかる文章や言葉があります。しかし、ふっと気付いたと単にふわっと消えてしまうので、何とも言いようがない。

  なんというか、もう純文学みたいなものです。ストーリーではなくて文章が主体になっているような感じ。決してつまらないことはありません。しかし、恩田陸にはもっと別の方向の作品を書いてほしい、と勝手ながら思ってしまいます・・・


自森人読書 ブラザー・サン シスター・ムーン
★★

著者:  笹生陽子
出版社: 角川書店

  主人公は兎丸エイジという17歳の少年。彼は、奔放な母と腕白な異父弟・ヒロトに振り回され、高校に通いつつも一方では家事全般を担当し、兎丸家というものを支えています。父親は不在。そもそもエイジが生まれる前からいません。母が外国へと出張に赴き、ヒロトが水疱瘡にかかった時に、杉尾さんを家に呼んでから普通の日々が崩れ始め・・・

  なかなか面白かったです。父親と出会い、心をぐらつかせてしまう少年の物語。

  青春小説というものは、どうしても美しい物語になりがちです(たとえば『翼はいつまでも』という青春小説は、青春をファンタジックなまでに美しく描き出す)。しかし、『ぼくは悪党になりたい』は、キラキラしていない青春というものをみごとに捉えています。本当はそんな感じだよなぁ、と納得。

  エイジはどんどんと追い詰められていきます。けど全体の雰囲気は明るくて良いです。

  それにしてもエイジは本当に阿呆だなぁ。まぁ堕ち続けていく惨めな最後らへんの場面では少し応援したくなるけど、全体としてはじれったいなぁと思いました。勝手にして下さい、という感じ。彼が、自分とうまく付き合いきれていないのがよく分かります。

  最後も悪党になるわけじゃないし、本当に中途半端です。真面目な人間が、いきなり悪党になろうとしてもできるわけがないのか。そこがリアル。


自森人読書 ぼくは悪党になりたい
★★★★

著者:  綿矢りさ
出版社: ポプラ社

  高校に入学したばかりのハツは、「グループ」というのが嫌でクラスの中で孤立してしまいました。そんな中、同じようにクラスの余り者と化していたにな川と喋るようになります。にな川は女性ファッション誌で活躍している女性モデル、オリチャンの熱烈なファン。ハツは、にな川に対して友情なの恋情なのか優越感なのか、よく分からない微妙で複雑な感情を抱くのですが・・・

  読んでいると少しむず痒い気もするけど、良いです。

  異物を排除する作用を持つ教室と言う閉鎖空間において孤立したもの同士が手を取り合う物語なのだろうか。けど、そう簡単にはいきません。

  ハツにとってにな川という存在は、自分の鏡みたいな存在なのかも知れません。ハツは、にな川のことを軽蔑しているようでもあります。でも、同程度の人間だと思うからこそにな川に共感も出来るし、にな川と一緒に過ごすこともわけで・・・ そこらへんの感情の揺れ動きが、絶妙の按配で描かれています。

  「良い話」だということで大人が推薦している(推薦図書とかになっている)けど、決して「良い話」ではないと僕は感じました。もう少し深く人間のエゴとかを抉り出しています。まぁ「良い話」だという誤解が広まれば、いろんな人が読んでくれるし、別に悪くはないのかも知れないけど、そういう意味ではなくておすすめの作品です。

  第130回芥川賞受賞作。綿矢りさは芥川賞を当時19歳で受賞。今のところの史上最年少記録となっているそうです。


自森人読書 蹴りたい背中
★★★★

著者:  川上健一
出版社: 集英社

  主人公は、神山久志という少年。彼は野球部で万年球拾いをやっていました。しかし、ある夜、ビートルズのプリーズ・プリーズ・ミーを聞いて変わります。彼は野球で大活躍。そして、大人の男になるために、日本で最も処女が失われるという十和田湖へ旅立ちます。そしてとにかくセックスしようとするのですが、クラスメイトの女の子と出会い・・・

  極上の青春小説。

  ツボをきちりと押さえてあります。要するに「典型的な青春小説」なわけです。展開がいくらなんでもうまくいきすぎじゃないか、と思う部分もあります。でも、そこらへんが気にならないほど面白いし、絶妙です。読後感は最高。

  引っ込み思案だった少年・神山久志を変えたのはビートルズの音楽という設定なのですが。ビートルズの衝撃というものを、僕は分かることが出来ません。「ビートルズは革命だった」のか・・・ う~んどんな感じだったのだろう。学校がビートルズを禁止したというのは信じられないです。

  あとは、「とにかく暴力ばかり振るう大人たち」というものも想像することしかできないです。そんな時代があったのか。そういう見えやすい抑圧があったから、かつての学生たちは手を取り合い、連帯できたのかもしれないと少し考えました。今では、もっと直接的な抑えつけではなくて「将来が危ないよ」という脅しになってきている気がします。

  第17回坪田譲治文学賞受賞作。


自森人読書 翼はいつまでも


著者:  桂望実
出版社: 文藝春秋

  主人公は天才ランナー・優。彼の目標はオリンピック。誰に対しても傲岸不遜な態度を取り、「仲間」というものを認めようとしません。そして、箱根駅伝は自分にとっては通過点に過ぎないと言い切り、ただ1人どこまでも突き進みます。ですが、勉学の天才だった兄が自殺したことから家庭が崩れだします。そして、ある驚愕の秘密に気付いて苦しむことになります・・・

  青春小説。

  あまりにも文章が雑というか、締まりがないです。まぁいつでも桂望実はそういう感じなのですが。あと、中身も荒いです。なんというか、適当じゃないか。付け焼刃で書いたらしい雰囲気が漂っています。しっかりと調べて書いてくれれば、非常に納得できて、もっと良くなっただろうに。

  ただし、人間模様は面白いし、人物の描写はなかなか良いです。憎たらしい主人公の描写は、優れています。本当に嫌な奴だなぁ、と思わされるし、彼の世話をしてあげる友達・岩ちゃんが良い人なのだということが分かります。

  途中からは、まぁ予想通りの展開ではあるのだけど、じょじょに面白くなってきます。明らかになってくる事実が、結構衝撃的。一種のミステリとしても読めます。

  とはいえ、もう少しどうにかならないのだろうか。中身は面白いのに、とにかく文章や文体などが酷いです。


自森人読書 RUN!RUN!RUN!
★★★★★

著者:  恩田陸
出版社: 新潮社

  夜を徹して八十キロを歩き通す、高校生活最後の大イベント「歩行祭」がやってきました。貴子は小さな賭けをします。これまで3年の間果たせなかった「あること」を歩行祭の時に実行しようとしたのです。重くのしかかる疲労、押し寄せる感傷、周囲の友達の誤解の中で、ゴールはじょじょに迫ります。貴子は、親友達と歩きつつ語らい、楽しみながらも焦ります・・・

  恩田陸は、大風呂敷を広げておいて、最後には読者を落胆させたり、煙に巻いたりすることがよくあります。カタルシスを与えない訳です。しかし、『夜のピクニック』は「ただ歩くだけ」の青春小説なので、期待をはずされることがありません。

  恩田陸は本当に凄い、と読んでいて感じました。

  「ただ歩くだけ」の歩行祭を長編小説にしたら、普通は単調になってしまいます。『夜のピクニック』にも、けっこうだるい部分はあります。しかし、恩田陸はいつもの如く「謎」で物語を引っ張りつつ、魅力的なキャラクターを上手に配置して「甘美で切ない青春」を描き出し、読者を惹きつけます。

  全体的に、ちょっとこそばゆいです。西脇融と戸田忍、甲田貴子と遊佐美保子といった登場人物も格好良すぎる気もします。でも、少しずつ負の面も見せていき、そして最後にぽんと物語を放り出すことで、その恥ずかしさも解消してしまいます。それで余韻にひたれるわけです。凄く上手い。

  2005年第2回本屋大賞、第26回吉川英治文学新人賞受賞作。映画にもなっています。そちらも良かったです。


自森人読書 夜のピクニック
★★★

著者:  森見登美彦
出版社: ポプラ社

  主人公は、石川県七尾に送られて実験の毎日を送る男子大学院生、守田一郎。彼が京都の人たち(友人・知人・妹など)と文通する物語。なのですが・・・ 物語の全てが、手紙によって構成されています。書簡形式なわけです。しかも、守田一郎の送ったものだけしか掲載されていません。つまり守田一郎が貰った手紙はないので想像するしかないわけです。面白い仕掛けです。

  やっぱり森見登美彦は面白い、と感じます。

  バカというか、屁理屈を言いまくる「腐れ大学生」を描く巧さというのがまず良いのです。あとは、基本的に登場する人たちに極悪人がいなくて、みんなどこかおかしみ(滑稽さ)を持っているところも良いです。そして、とにかく登場人物が魅力的。犯人面している谷口さん、研究室を支配する「極悪人」大塚緋沙子大王、バカな兄を完全に把握しきっている頭の良い妹、マシマロマン、しかも作者・森見登美彦まで登場。

  読んでいると随所で笑えます。

  守田一郎が繰り出す偏屈な表現の数々。ほんとどうにかならないのか。失敗した恋文の練習がおかしすぎる・・・ マシマロマンが言い出してから延々と続くおっぱいの連呼。おっぱいってどれだけ書けば気が済むんだ、と思いきや結局、プロジェクターまで持ち出してしまい・・・ もう何やってんだか。

  森見登美彦は、とにかく文章の力が並みではないです。送った手紙だけ載せて、貰った手紙は載せないというような方法で物語を成立させてしまうというのはかなり凄いのではないか。最後に物語を収斂させていくところもさすが。


自森人読書 恋文の技術
★★★★★

著者:  芦原すなお
出版社: 河出書房新社

  ベンチャーズに憧れ、ロックに燃える四国の少年達の物語。彼らが高校に入学してから、卒業していくまでの3年間を描いています。「田舎臭い」感じの高校生たちなわけだから、ミュージシャンみたいに「かっこいい」というわけではないんだけど、最後の最後、学園祭で演奏する場面では、ほんとにかっこいいです。そして、全てが終わってしまった後のオチも良い。

  爽快。まさにこれこそ青春小説、と言いたくなるような青春小説。「青春小説」のお手本といってしまって良いような作品。素晴らしいです。高校生活の3年間をぎゅっとコンパクトにまとめているその手腕が凄い。ここが足りないというところはないのに、それでいてこのちょうど良い長さ。ほとんど、完璧といってしまっても構わないのではないか。

  のちに私家版という、もう少し長いバージョンをだしたそうなのでそちらもいつか読んでみたいなぁ、と思いました。賞に応募するために枚数を削ったのが『青春デンデケデケデケ』。元々の長いバージョンが『青春デンデケデケデケ 私家版』らしいです。新たな人物が加わっているのかなぁ。それとももう少し細部が凝っているのかなぁ。まぁ読んでみないことには分からない。

  僕は、この『青春デンデケデケデケ』には、まったく欠けている部分はないと勝手に思っています。だから『私家版』という補足バージョンは、蛇足だらけのものになってしまうのではないか、と心配なのですが・・・ とにかく読んでみないことには何も分からない・・・

  そういえばどことなく映画『スウィングガールズ』を連想しました。全然違うけど・・・

  第27回文藝賞、第105回直木賞受賞作。映画化もされ、漫画化もされているそうです。


自森人読書 青春デンデケデケデケ
★★

著者:  五十嵐貴久
出版社: 双葉社

  1985年、厳しい校則だらけの小金井公園高校の野球部9人は、まじめに野球をすることもなく、遊びまくっていました。しかし、ある日、天才ピッチャーの沢渡が転校してきて野球部を叱咤。それでも野球部はだらけたままでした。しかし、偶然かわいい女の子がマネージャーになったことで野球部は急変、初めて甲子園向けて動き出します・・・・・

  凄く「1985年なんだ」ということを意識させるものが詰め込まれています。ほんとにてんこ盛り。おニャン子クラブのメンバーの中で誰が1番可愛いのか争って野球部同士で殴りあい、「夕やけニャンニャン」があるからって野球の練習を切り上げて早く帰ってしまって・・・ 高校生が、たとえとして持ち出したり、話題にする人間は、とんねるずやらチェッカーズやら菅原文太やら石原裕次郎やらサザンやら、キョンキョン(小泉今日子)やら。そして、野球場では応援席のみんなが、『セーラー服を脱がさないで』を合唱する・・・

  軽くて爽やかな青春小説。テンポが良くて、読みやすいです。しかし、これに★を2つで良いのかと悩みました。もうはっきり言って、ステレオタイプ。楽しいといえば楽しいけど、新鮮味というものは全くありません。あだち充のマンガと同じじゃないか。それでもまぁ読んでいて楽しいんだけど・・・

  あさのあつこの『バッテリー』よりは、まだ青春スポーツ小説として、ノリがあって、野球があるのだから、良いといえるかも知れない。

  読んでいて強く感じたのですが、ホモをやたらと侮蔑的に扱いすぎじゃないか。ふざけをぎりぎり越えていないところに踏みとどまれているといえるのかなぁ・・・ 微妙な気がします。まぁそれは、岡村浩司の主観で語られているのだからしかたないか。いや、でもどうなんだろうか。熱くそれでいて爽やかな青春ものとしては、そういう差別意識丸出しの部分というのは、欠点になる気がするんだけど。

  やっぱり★2つかなぁ・・・


自森人読書 1985年の奇跡
★★

著者:  藤野千夜
出版社: 文芸春秋

  表紙はほんわかかわいい女の子(別にライトノベル系ではないけどマンガっぽい)。軽い短編集です。『ペティの行方』『青いスクーター』『アキちゃんの傘』『ミミカの不満』収録。

  気まぐれで人の犬を連れまわす少女が登場したりします(『ペティの行方』)。少し不思議っぽい話ではあるけど、全然怪談とはいえないです。確かにちょっとした人の心の怖さはあるけど、怪談という言葉から連想するようなおどろおどろしさは全くないのです。

  年頃の少年少女の心を描いているんだけど、さらさらと読めてしまう文章。嫌いではないんだけど、好きでもないというか、印象に残らないなぁ。どういう話だったか思い出せないくらい全然ぴしっとこなかったです。可もなく不可もないような感じ。とらえどころがない、というか。★1つでも良いだろうかと思ってしまうんだけど、この奇妙な味はどことなく面白いような気がします。

  もしかして掴みどころのない文体も、思春期の心に引っ掛けてねらってやっているのだろうか。だとすると案外面白いかも知れない、と思うけどやっぱりよく分からないものはよく分からないです・・・

  藤野千夜は、野間文芸新人賞や、芥川賞を受賞している人だと聞きました。純文学の人なのか。他には、どんな作品を書いているんだろう。1つぽっと読んでも、あんまりよく分からなかったので、今度別の作品を読んでみようと思います。


自森人読書 少女怪談
★★★

著者:  川端康成
出版社: 集英社

  20歳の一高生が、湯ヶ島、天城峠を越えて下田に向かう旅路の中で、旅芸人の一座と一緒になります。そして一座に属する可憐な踊子と出会い、なんとなく心を通わせるような通わせないような。とにかく学生は何かを感じるわけです。しかし、旅の中で2人は別れていきます・・・

  短編小説。

  不思議なほど、乾いた小説だなぁと感じました。なんだかみずみずしさに欠けているし、最後の涙だって爽やかなものだとは思えないです。「清らかで美しい初恋の物語」だというふうに褒めている人がいるけれど、理解できないです。まず妙に死を意識させる言葉/部分が多いところは気にかかります。

  そして、物語全体に満ちている旅芸人一座に対する差別意識も印象的。主人公が踊子に対して抱く感情は恋心なのか。彼は、踊子を金によって買うことができる対象として認識し、彼女が幼くて純真なことを意識しつつ、しかし隔たりを感じ、彼女の属する共同体の秩序(四十九夜)に添って行動することは拒絶し、去っていきます。

  主人公は「自分の死を容認し、女性と付き合って子どもを生むこと」を否定しているのかなぁ、と推理してみたのですが、どうだろう・・・ 違うか。

  日本流の奥床しさ・美しさが存分に発揮された作品だと評する人もいるけれど、そのように評しておくのが一番無難なのかも知れません。

  日本人として初めてノーベル文学賞を受賞した小説家・川端康成の代表作の1つ。6度も映画化されているそうです。しかもアニメにもなり、ラジオドラマにもなり、テレビドラマもなり、劇にもなっているらしい。凄い・・・


自森人読書 伊豆の踊子
★★★

著者:  竹内真
出版社: 新潮社

  自転車に憧れ、そして自転車とともに生きていく昇平と草太。音楽の道を選びながらも2人とどこかでつながっている幼馴染、奏。彼らの青春を描いていったものです。

  数人の登場人物が各々の視点から語る章が積み重なっていき、大きな物語が完成する、といういかにも好きそうなパターンの物語。

  それなのに、登場人物たちの書き方がありきたりでちょっと読むのが辛くなってしまいました。あまりにも話が出来すぎているという点も、ちょっと気になる。あとは4歳の男の子が異性のことを気にかけているという部分にも違和感を覚えました。

  とはいえ、物語は進むごとに段々と面白くなってきます。きちりきちりと細かい部分まで描写していく小説家・竹内真という人は凄い、と感心させられます。ただし、逆に言えばちんたらしているということです。この本を読む直前に壮絶で爽快なロードレースを描いた近藤史恵の『サクリファイス』を読んだばかりなので、なおさら『自転車少年記』のたらたらさが目に付いてしまい、うんざりしてしまいました・・・

  それぞれの章は、それぞれ色々あって面白いし、最後の辺りは感動します(昇平の息子が自転車に乗るシーンとか)。だけど、とにかく「長い」(二段組で400ページ超)というところで減点、という感じです。長くても物語に、山があり、谷があれば良いんだけど、この話はそれがなくて小さい話がチョコチョコ次から次へと出てくるだけ。かなり散漫です。章が進むごとにプツプツと切れてしまう。

  どうして、こうも起伏がないんだろうか。同じく竹内真の書いた長編小説『カレーライフ』は、凄く面白かったのに・・・ もしかしたら、ネットで連載していたものを本にしたから、こんなふうになってしまったのかなぁ。『自転車少年記』は、もともと「新潮ケータイ文庫」として配信したものを単行本化したものだそうです。


自森人読書 自転車少年記
★★★★★

著者:  米澤穂信
出版社: 東京創元社

  1999年4月。日本の普通の高校生・守屋路行と太刀洗万智が、雨宿りをしていた異国の少女、マーヤと出会ったところから物語は始まります。マーヤはユーゴスラヴィア人、一時的に日本に来ているのだそうです。彼女はいろんな国の文化を学んだあと国へ帰り、「ユーゴスラヴィア」という国をつくることを目指していました。守屋路行は、マーヤが「つまらない日常」から連れ出してくれる存在なのではないか、と感じて憧れます。そうして日本の高校生である守屋路行、太刀洗万智、白河いずる、文原竹彦らは、マーヤと過ごす日々をそれなりに楽しんでいました。

  ですが、別れはやってきます。マーヤの帰国直前に、彼女の祖国で動乱が発生。しかしそれでも、彼女は大丈夫だと帰っていきます。そして・・・

  「哲学的理由がありますか?」というマーヤの問いがどうしても印象に残ります。ちょうどユーゴスラヴィア解体の頃の物語。

  米澤穂信を一躍有名にした出世作、らしいです。確かにとても面白い。米澤穂信の作品中、今のところ多分1番好きな小説です。

  「ミステリ・フロンティア」からでているのに、ミステリ小説としてたいして面白いとも言えないという意見もあるようです。確かにそういう批判も一理あるかも知れない。僕も、中盤まではでてくる「謎」がどれも小さくてあまり面白くないなぁと感じ、読み進めるのが億劫になっていました。だけど、最後のページまでたどり着いてみたら、がらりと印象が変わりました。

  『さよなら妖精』は、分類としては多分青春小説になる気がします。「マーヤは、自分を広い世界へ連れて行ってくれるのだ」と思っていたのは、単なる甘えに過ぎなかったと主人公・守屋は終わり頃に気付くんだけど・・・ そこにいたって、やっとそれに気付くというところが痛々しい。

  ほんとは、日本の友達や、そしてマーヤとともに過ごした何気ない日常の日々こそが素晴らしいものだったのに、渦中にあってはそれに気付けない・・・ 通り過ぎてしまったあとに、初めて分かる。そういう「青春」の姿みたいなものを、『さよなら妖精』は、見事に書ききっています。それだから、★5つ。


自森人読書 さよなら妖精
ウェブサイトhttp://jimoren.my.coocan.jp/
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