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自森人-自由の森学園の人-の読書ブログ
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作者:  長岡弘樹
出版社: 双葉社

  長岡弘樹の短編集。『迷い箱』『899』『傍聞き』『迷走』収録。

  『迷い箱』
  主人公は犯罪者更生施設の施設長、設楽結子。彼女は、NHKの番組中で取り上げられるほど立派なことをしていたわけですが、前科のある人たちに裏切られることも多く、施設を辞めようかと悩んでいる最中でした。そんな中、施設を出ていったばかりの碓井という男が失踪し・・・

  『899』
  主人公は消防士、諸上将吾。彼は隣近所に住む新村初美という女性のことが気になってしかたがありませんでした。なにげなくアタックしてみるうちに2人は接近していきました。そんなある日、新村初美の隣家で火事が発生し・・・

  『傍聞き』(「傍聞き」は「かたえぎき」と読むそうです)
  主人公は女性刑事、羽角啓子。彼女は連続通り魔を追うのですが事件は全く進展せず、しかも機嫌を損ねると喋らなくなる娘にも悩まされ、絶え間ない頭痛に襲われます。タイトルの「傍聞き」と言う言葉にこめられた二重の意味とは・・・ 表題作でもある『傍聞き』は日本推理作家協会賞短編部門を受賞した作品。

  『迷走』
  主人公は救急隊員、蓮川潤也。彼はもうじき義父となる室伏光雄隊長とともに仕事をしていた。ある日、急報があって駆けつけるとそこには室伏の知り合いらしき人が倒れていて・・・

  全体的な物語の構造などは、横山秀夫に似ています。けど横山秀夫ほどのインパクトはありません。ひねりは良いのだけど、展開が淡白に過ぎるような気もしました。物語に盛り上がり/起伏があったら、もう少し読みやすかったような気がする・・・


自森人読書 傍聞き
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★★★★★

著者:  横山秀夫
出版社: 集英社

  F県警捜査第一課が活躍する短編集。どのような手段を用いててでも、絶対に獲物を落とす鬼のように刑事たちの物語。あまりにも壮絶。これは架空の物語だろう、本物の現場だってここまで荒んではいないだろう、と思わされるほど(警察内部がどうなっているか本当のところは知らないけど)。

  『沈黙のアリバイ』
  一班の班長である朽木が主人公。新入りの刑事島津が「落とした」はずの犯人が、裁判になった途端、完全無罪を主張。犯人は自分にはアリバイがあると言い出します。島津は逃げるようにして辞任。朽木は追い詰められました。さて、彼は犯人のアリバイを暴くことが出来るのか?

  『第三の時効』
  一時的に二班へ行かされた一班の刑事、森と二班の班長、楠見が主人公。容疑者が海外渡航をした場合、その期間だけ時効が延びます。それが「第二の時効」。しかし、楠見は犯人を焙り出すべく、ただ1人で、恐るべき計画を立案し、実行します。「第三の時効」とはいったい何なのか・・・?

  『囚人のジレンマ』
  一班、二班、三班それぞれが抱え持っている事件と、その三つの班を監督する立場にある田畑第一捜査課長の物語。部下が無能であれば苦労を味わい、部下が有能であればもっと大きな苦労を味わうことに・・・ 田畑という人は大変な苦労を背負っているみたいです。

  『密室の抜け穴』
  県北部で白骨死体が発見されます。事件をまかされたのは三班。しかし、事件現場に到着した直後に班長・村瀬が倒れ、班は危機的状況に陥ってしまいました。班を率いる立場にある東出と石上が反目し合ったのです。とはいえ、なんとか容疑者の絞込みには成功し、容疑者を監視していたら、さらに問題が発生。暴対課の顔を立てて刑事3人を捜査に加えたら、監視下で犯人が忽然と消失。警察内はごたごたしまくり・・・

  『ペルソナの微笑』
  隣のV県で、アオ(青酸カリ)によってホームレスが殺されたという情報が入ります。自分の県で、13年前に子どもを利用した残酷な殺人事件が起こったことがありました。それとの関わりを調べるために一班が出動します。

  『モノクロームの反転』
  一家3人が刺殺されます。一班とと三班が出動。事件解決に乗り出すのですが、2つの班は互いにいがみ合い、ひどいことになります。無事事件解決にこぎつけることは出来るのか・・・


自森人読書 第三の時効
★★★

著者:  若竹七海
出版社: 東京創元社

  連作短編集のように見えて実は・・・ 凝った作品。

  若竹七海は、月刊社内報の編集長に抜擢され、それまでのだらだらした日々から脱出。張り切って仕事にとりかかります。ですが、「あまり硬い内容にはせず、小説を載せよ」と言われて困惑。プロに頼むほどの予算はありません。そこで、大学時代の先輩に頼んでみたら、「知人でミステリっぽい短編を書いてくれる人がいる」と言われ、その人に連載を頼むことに。条件は匿名、というもので・・・

  若竹七海のデビュー作。

  幽霊話みたいなものも含まれているのですが、12個の短編どれもが面白かったです。基本的には何らかの仕掛けがあります。次はどんなふうなトリックでくるのか、と楽しみでした(密室やら、叙述トリックやらいろいろある)。少し強引なものもあるけれど、捻りがきいていてみごと。

  日常の描写が秀逸。文章もきちりと整っています。あと登場人物の会話が面白いです。ぽんぽんはずんでいきます。

  最後のオチにも驚かされました。単なる短編集では終わりません。だけど、「最後短編同士のつながりが明らかにされるところが素晴らしい」という絶賛を聞いてしまってから読んだら、そこまで凄い、と思えなかったです。ちょっと期待しすぎてしまったのかも知れない。

  しかし、とにかく個々の短編が良いです。


自森人読書 ぼくのミステリな日常
★★★★

著者:  道尾秀介
出版社: 新潮社

  主人公はミチオという小学生の少年。彼は、夏休み前の終業式の日、欠席したS君にプリントを渡すため、S君の家を訪ねます。声をかけても応答がないので中に入っていくと、S君が首を吊っているところを発見。ミチオはすぐさま学校に引き返し、担任の岩村先生にそのことを告げます。ですが、岩村先生と警察官が事件現場へ急行すると死体が消えていました。いったい何が起こったというのか。蜘蛛になったS君がミチオの前に現れたことで、さらに事態は混乱していきます・・・

  「生まれ変わり」が自然な形で登場するので、SFか、もしくはファンタジーなのかと思いきやそういうことはなく、ミステリです。けっこう陰惨な場面が多いです。

  以前読んだ『姑獲鳥の夏』には納得することが出来ませんでした。なんというか、いかにも大仰なところにうんざりしてしまい、途中で読み進めるのが面倒になってきたのです(そこが良いと言う人もいるけど)。しかし、同じ系統といってしまって構わないような『向日葵の咲かない夏』には感心しました。歪んだミチオの世界というものに説得力があったからです。

  途中で怪しいな、とは思いました。たとえばミカのこととか。しかし、最後のあたりになって仰天しました。まさか、○○○だったとは・・・ そこまでは想像できなかったです。

  現代社会が生み出してしまった歪んだ家族を、子どもの視点から見つめた作品としても読めます。考えさせられます(著者が書こうとしたものは別のところにあるのかもしれないけど)。「物語」をつくり出してしまう人間というものの心の闇を描き出した傑作。


自森人読書 向日葵の咲かない夏
★★

著者:  薬丸岳
出版社: 講談社

  主人公は桧山貴志という男。彼は、保育園に通う娘と2人を育てながら日々を過ごしていました。しかし、そこへ突如警察が現れ、貴志がある殺人事件の容疑者となっていると仄めかします。殺されたのは沢村和也。かつて貴志の妻を殺しておきながら、まだ13歳だったがために非行として処理され、裁かれなかった少年でした。桧山貴志は自分が殺したわけではないのに疑われたため、何が起きたのか自分で調べようとします。すると・・・

  第51回江戸川乱歩賞受賞作。つまり著者のデビュー作。

  社会派ミステリに分類されるような作品。

  ものすごく重苦しい空気を発しながら、少年法の問題点について追求していきます。そこらへんの生真面目さは非常に良かったです。とても考えさせられました。なんでも良いからとにかく裁けという主張には違和感を覚えるけど、少年が人を殺しても非行として処理されることに違和感を覚える被害者・桧山貴志の考え方にも一理あるかも知れない。

  けど厳罰化すれば良い、というわけでもないと思います。本来、刑罰と言うのは被害者の個人的な報復の意思を満足させるためだけのものではないはずです。加害者に反省を促したり、事件の再発を防いだり、そういう側面もあります。だから「少年犯罪が激化しているから、それを抑止するために厳罰を加えよう」というふうになるわけです。でも少年犯罪は年々減っています。だから、刑罰の強化を目指す人たちの主張は支離滅裂といえます。被害者の声だけに耳を傾けてはいけないのではないか。

  『天使のナイフ』は、全体としての完成度が高かったです。ただし、だからといって面白いとは限らないわけで。物語の展開が少し御都合主義的ではないか、と感じました。もうどこもかしこも犯罪だらけ。登場人物のほとんど全員がなんらかの犯罪の被害者か、もしくは加害者というような状況です。終盤に入るとドミノ倒しみたいになっていきます。


自森人読書 天使のナイフ
★★

作者:  森博嗣
出版社: 講談社

  S&Mシリーズの第2巻。

  犀川と萌絵は、犀川の同級生にして同僚の喜多北斗に誘われ、「極地環境研究センタ」を訪れます。極地研では氷点下20度という低温の状態で様々な実験が行われていました。犀川たちが訪れたその夜、衆人環視かつ密室状態の冷たい実験室の中で、男女2人の院生が刺殺されているのが発見されます。さて、いったい何が起こったのか・・・?

  非常に普通のミステリ作品。オーソドックス。

  『すべてがFになる』では、非常に特殊(かつ異様)な環境で事件が発生したわけですが、今回はもう少し普通。またまた密室なところは普通とはいえないけど。

  ただし森博嗣らしさは発揮されています。やっぱり理系ミステリ。そういう雰囲気の会話と登場人物たちが良い感じです。ミステリというよりは、軽い小説として楽しめます。とくに会話には、コミック的な軽妙さがあります。

  犯人の動機は、ありきたりで俗的。納得できそうな感情的なものです。たいてい、犯人は「狂気」を孕んでいることが多い森博嗣ミステリの中では少し普通であることが異質かもしれません。まぁこういうのもたまには悪くないかもしれない。


自森人読書 冷たい密室と博士たちDoctors in Isolated Room
★★

作者:  麻耶雄嵩
出版社: 幻冬舎

  兄・珂允(カイン)は、弟・襾鈴(アベル)の死の謎を解き明かすため、地図にない異郷の村へと向かいます。しかし着いた途端に鴉の大群に襲われ、負傷。千本頭儀という長の人の世話になります。ですが殺人事件が相次ぎ、「外人」である珂允が疑われ・・・

  探偵・メルカトル鮎が登場する作品。

  舞台は閉鎖的な村。そこで栄えているのは錬金術や五行思想。村において絶対的に力を持つのは、神のような存在「大鏡」。そしてそれを称えるものとして存在する村をあげてのお祭り・薪能。生まれてきたら徹底的に排斥される「鬼子」という存在。そういった設定が、不気味な雰囲気を醸し出します。

  ちょっと長すぎ。淡々としているので、読み続けるのが苦痛になってきます。

  とはいえ、読み終わった瞬間には頭がパンクするかと思いました。凄かったです。仕掛けられていた物語自体の衝撃的なトリックには驚かされました。思わず、最初のページからパラパラめくって読み直してしまいました。そういうことか・・・ と納得して、凄いや、と改めて感じました。

  新本格ミステリというものの集大成とも言えるような作品。

  良くも悪くも本格ミステリ。絶対にありえないだろう不気味で閉鎖的な村や、シルクハットにタキシードという格好をした探偵メルカトルや、物語自体の長大さに納得できる人にはおすすめ。僕は少し辟易しました。クライマックスは楽しめたけど、そこまで読むのが辛かった・・・


自森人読書 鴉


作者:  辻真先
出版社: 東京創元社

  冒頭で「読者が犯人」と宣告するミステリ小説。

  可能キリコ(スーパー)と牧薩次(ポテト)が活躍するシリーズの第1作目。

  なかなか面白かったです。ただし、いろんな人が絶賛するほどに凄いとは感じられませんでした。キャラクターの描写はペタペタ貼り付けたみたいに類型的だし、文章も粗いし(しかもそれを、「作中の子どもが書いたものだから」ということで正当化するところはどうも納得できない)。

  あと「読者が犯人」という衝撃的な最初の宣告が、一種の騙しにしかなっていないような気がしました。鯨統一郎の『パラドックス学園』の方がさらに凄かったです。あの『パラドックス学園』の最強さに匹敵する作品なんて、どこにも存在しないのではないか・・・ まぁあの作品(のバカバカしさ)と比較するというのは酷だけど。

  『仮題・中学殺人事件』は、ちょっと整っていないジュブナイルと言う感じです。もう少し洗練して欲しかったなぁ。とはいえ、こういうトリッキーなミステリ小説を自身のデビュー作としてもってきた辻真先という人は凄いなぁ、と思います。

  辻真先のデビュー作。一読の価値はある凝った作品。


自森人読書 仮題・中学殺人事件
★★★★

著者:  倉知淳
出版社: 講談社

  広告代理店勤務の杉山和夫は上司を殴ってしまい、タレントのマネージャー見習いという微妙なところに左遷されます。最初の仕事は、スターウォッチャー・星園詩郎の付き人。和夫は、星園詩郎に従って山荘へ赴きます。楽しい旅行になるかと思いきや、その山荘はあまり良いところではなく、しかも吹雪によって閉じ込められてしまいます。さらに、突如として連続殺人事件が発生。さて、いったいぜんたい犯人は誰なのか・・・?

  山荘に集まったのは、《ヤマカンムリ開発》社長・岩岸、岩岸の部下・財野政高、スターウォッチャー・星園詩郎、「UFO研究家」嵯峨島一輝、作家・草吹あかね、あかねの秘書・早沢麻子。あと女子大生2人組ら、個性的な面々。

  物語の舞台は、秩父。埼玉の奥の方。

  クローズド・サークル。著者は、「本格ミステリ」だということを強く意識してこの作品を書いたみたいです。だから他作品のパロディみたいな部分がたくさんあります。そこらへんは、ミステリを読みなれた人でないと楽しむことができないかも知れません。

  ラノベっぽい文体が醸し出す軽妙な雰囲気はとても良いです。それと、徹底的なまでのフェアプレイは凄いや、と思わされました(実は、唖然とさせられるような仕掛けがあるんだけど・・・)。

  「傑作」とは思えませんでした。どれもこれも使い古しというか、以前見たことがあるネタばかり。どうしてもインパクトに欠けます。古くからあるテーマ(「吹雪の山荘における連続殺人」)をそのまま用いて、面白い物語を構成するのはやはり難しいのだなぁ、と強く感じました。あと、冗長で、小説としてはいまいち。

  「ミステリ史に残る、意欲的な本格ミステリ作品(でも小説としては不満あり)」という感じかなぁ。


自森人読書 星降り山荘の殺人
★★★★

著者:  舞城王太郎
出版社: 講談社

  アメリカサンディエゴで活躍していた救命外科医・奈津川四郎のもとに凶報が舞い込みます。母が、連続主婦殴打生き埋め事件に巻き込まれ、昏睡状態に陥ってしまったというのです。四郎は故郷西暁町へ帰り、犯人を探し出してぶっ潰すべく駆けずり回ることになります。彼は事件を解決できるのか・・・? 血と暴力に彩られた壮絶な小説。

  血塗られた奈津川家の物語。テーマは家族愛、なのだろうか。

  舞城王太郎の特長は、まず文体。読点句点が削られています。そして、英文はカタカナで表記されています。とにかく混沌としていて、暴走しまくりです。だから、読みにくいはずなのですが、テンポは良くてぐいぐいと引っ張られます。

  探偵やら暗号やらがでてくるので、一応装いはミステリっぽいなのですが、ミステリ小説としての枠組みを破壊しかねない勢いがあります。謎解きはほとんどこじつけに近いし、そもそも扱われている事件だって奇怪過ぎて阿呆らしいです。ミステリとして読むのが間違いなのではないか。

  何もかもがぶっ壊れた世界の中でも消えない、家族というもののつながりを感じる小説なのかも知れません。しかし、愛とは残酷なものではないか、とも感じます。人を救うのも壊すのも愛か。

  暴力が満ちている割には、テーマ自体は恥ずかしいほど真直ぐ。受け付けない人は絶対に受け付けないだろう作風。でも、僕は凄いや、と感じました。傑作ではないかと感じます。

  第19回メフィスト賞受賞作。


自森人読書 煙か土か食い物Smoke, Soil or Sacrifices
★★★★

著者:  東野圭吾
出版社: 角川書店

  日本のジャンプスキー界を牽引するべく期待されていたスター楡井が殺されます。犯人は楡井を支えていたコーチ・峰岸。届けられた密告状からその事実を知った警察は「いったい何故コーチである峰岸が楡井を殺したのか」を調べるのですが、全く理由が分かりません。警察はいろんな方面に追及の手を伸ばします。それでも、謎が残り・・・

  ミステリ小説。

  鳥人というのはスキーヤーのことを指しています(とくに楡井、かなぁ)。最近、オリンピックのたび問題になるドーピング。数値に頼りきりの科学的トレーニング。それらが持ち込まれてしまったジャンプスキー界を題材にしたミステリ。「ある恐るべき計画」の全てが、明かされた時には唖然としました。そのようなことが現実化したら、スポーツは崩壊してしまうのではないか。勝利だけが大切なのか。考えさせられます。

  タイトルが全てを語っていたのか、と読んでいて思いました。

  コーチ・峰岸の動機には納得させられました。人を殺していいはずがないけど、それでも共感します。彼の感じた恐怖、というか、屈辱は。

  最後に、どんでん返しが待っています。警察でさえ証拠を掴めず、明らかに出来なかった最後の謎。それが非常に印象的です。


自森人読書 鳥人計画
★★★

著者:  石持浅海
出版社: 光文社

  久しぶりに開かれた同窓会に参加するため大学時代の同級生たちが集まります。終始冷静冷徹な男・伏見亮輔は、後輩の新山を殺害し、密室に閉じ込めました。そうして自殺を装い、そのうえ「ある目的」を果たそうとしたのです。しかし、伏見を越えるほどの智能を持つ碓氷優佳だけは、伏見の犯罪を疑います。2人は息詰まるやりとりを繰り広げるのですが・・・

  倒叙ミステリ。

  さほど面白くなかったです。探偵が、小さな手がかりをこつこつと積み上げていき、犯罪を証明して行く部分で飽きてしまいました。小説と言うよりは、パズルのようなものではないか、と感じます。

  伏見が犯罪を犯した理由が最後になって判明するのですが理解できないです。狂っているとしか言いようがありません。そんなことのために、わざわざ凝った犯罪を起こすとは思えないし、犯人が狂っていることを明らかにするために著者はそういう理由を持ち出したのかも知れないけど、納得できないです。

  ただし、探偵役・碓氷優佳の推理をたどっていくのはそれなりに楽しいです。

  理由あって扉が壊せないので犯行現場へいけないのですが、碓氷優佳は緻密な論理でもって、伏見を追い詰めていきます。彼女が犯罪を解き明かしていく理由は凄いです。愛は人を狂わすというけれど、あまりにも回りくどい方法ではないか、と感じました。

  クローズドサークル(外界と遮断された状況)です。石持浅海は、その系統のミステリをたくさん書いている人だそうです。


自森人読書 扉は閉ざされたまま
★★★

著者:  東野圭吾
出版社: 講談社

  主人公は開陽高校のエース、須田武志。彼は天才的なピッチングセンスを持っていました。春の選抜高校野球大会の一試合でも、強豪相手に一歩も譲らず、9回まで無得点に押さえつけます。しかし9回裏2死満塁のピンチに陥った時、彼はなぜか不思議な暴投を行います。いったい彼に何が起きたのか。その球に隠されていた謎が事件を引き起こします。その試合の数日後、武志の女房役だった捕手・北岡明が愛犬と共に刺し殺されているところを発見されました・・・

  青春ミステリ小説。

  少年の持つ爽やかと、薄暗い陰険さがうまく描かれています。とくに異彩を放っているのは、この『魔球』という物語を成立させている主人公、須田武志。狂っているとしか思えないほどのまっすぐさを発揮します。ものすごく強烈なキャラクター。『バッテリー』の原田巧を連想します。

  青春ミステリの中には謎解きの部分がいまいちなことも多いけど、『魔球』はミステリとしても優れています。最終的には全ての謎が論理的に解決されます。「どうしてまず犬が殺された後に、北岡明が殺されたのか?」。そこに理由があると解明された時には凄いや、と感じました。

  しかも、読みやすいです。つっかかる部分はないので、さくさく読み進めることができます。少し味気ない印象を受けます。流暢というよりは、「事務的」な感じ。でも、むしろそこが、東野圭吾の良さではないかと感じます。分かり易い文章だからこそ、推理小説マニア以外にも読まれるのではないか。

  江戸川乱歩賞の最終候補に残った作品。


自森人読書 魔球


著者:  殊能将之
出版社: 講談社

  『樒』は、鮎井郁夫の未発表小説である『天狗の斧』という作品をそのまま掲載したという体裁。名探偵、水城優臣とその助手、鮎井郁夫が活躍。舞台は、香川県の飯七温泉。何もない辺鄙な土地で、密室事件が起こります・・・

  『榁』では、石動戯作が登場。舞台は同じく香川県の飯七温泉ですが、10数年後になっています。またもや不可解な密室事件が発生します・・・

  「密室本」の中の1冊。やたらと薄いです。

  期待を裏切る作品。樒と、榁それぞれから「木」を取り除くと、「密室」になる、とかそういう小技がタイトルにも仕掛けられているから、少しは期待したのだけど、何もないです。『ハサミ男』のインパクトには全く敵わないし、中身もたいしたものではない・・・

  もしかしたら、期待しすぎたのも知れません。こじんまりとしていて読み甲斐がないけど、普通のミステリ程度の謎解きは存在します。まぁそれもたいして面白くないんだけど。

  『樒/榁』という作品自体を一種のジョークとして受け止めればいいのだろうか。

  あえて、読者の期待を裏切る殊能将之という小説家の本領が発揮されています。本当によく分からないなぁ・・・


自森人読書 樒/榁
★★★★

作者:  中西智明
出版社: 講談社

  赤毛の人が多い町で、不可解な殺害事件が発生します。事件が起きた後、三度ともなぜか死体と犯人が現場から消失してしまったのです。いったいぜんたいどういうことなのか。名探偵、新寺仁がその謎に挑みます。

  ミステリとしての仕掛けには、とにかく唖然とさせられました。サプライズがたくさん(大きなものが3つくらい)あります。「驚愕のミステリ・オールタイムベスト5」を挙げてほしい、とミステリファンに聞いてみたら、上位に食い込んできそうな作品。

  ネタバレになるから何も説明できないんだけど。1つ目のサプライズは読者を軽くいなすようなものなので、呆れるし、うんざりさせられます。しかし、その1つ目のサプライズがあったお陰で成立する2つ目のサプライズはかなり衝撃的。そして最後のサプライズには唖然とさせられます。ミステリ小説としてはありがちの展開なのだけど、ちょっと寒気を覚えます。

  バカミス的な要素を強く含んでいます。そういうのが嫌いな人にはあまり受けないかもしれません。でも、僕はとても面白いなぁ、と感じました。昔は絶版となっていて、気軽に読むことは不可能だったそうです。でも、今では復刻されています。一度手にとってみると驚くと思います。

  『消失!』1作を出した後、作者・中西智明自身が「消失」。なぜか次の作品を発表することなくいなくなってしまいました。どうしてなのだろう・・・

  いろいろと不可解。


自森人読書 消失!
★★★★★

著者:  伊坂幸太郎
出版社: 新潮社

  仙台市内をパレードしていた新総理大臣が、爆弾テロによって暗殺されたところから物語は幕を開けます。警察は無職の青年、青柳雅春を犯人と最初から断定。殺害すらもいとわずに身柄を拘束しようとしました。マスコミも煽り立てます。

  しかし、当の青柳雅春は、身に覚えがなかったので逃げようとしました。ですが、敵は強大なる国家権力。しかも、確信犯的な犯行(青柳雅春が犯人ではないと分かっていながら、犯人に仕立て上げている)なのです。青柳雅春はじょじょに追い詰められていきます・・・

  「伊坂幸太郎の(2008年時点における)集大成」と言われる作品。

  どこにでもいる「普通」の人間に過ぎない主人公。彼を襲う絶体絶命な状況。圧倒的かつ最強とすら言えるような「敵」の設定。物語の随所にこれでもか、とばかりに張り巡らされている伏線の数々。時間を自在に扱い、目をくらませる技(途中に差し挟まれている「20年後」の章はとくに印象的)。どれもこれも、本当に見事です。

  しかも、それらの豪華な素材を駆使して語られるのは、人々のささやかな善意の連鎖と、人間が信頼し合うことの確かさなのです。読んでいて、気持ちいいです。あとは、青春時代(主に大学時代)への懐古というのも大きなテーマになっています。青春と言うのはほろ苦いけど、それでいて極上の甘みを持つ、というメッセージが感じられます。

  鮮やか、爽やか、後味も最高。傑作。

  2008年第5回本屋大賞、第21回山本周五郎賞受賞作。


自森人読書 ゴールデンスランバー
★★★

著者:  折原一
出版社: 講談社

  一軒家に住むアルコール中毒の翻訳家は、のぞきの趣味を持っていました。彼は、伯母の疎ましい毒舌に晒されながら日々を過ごしていました。その翻訳家の家の向かいにあるアパートに住む女性は、なぜか男を挑発するようなそぶりを見せます。そうして、2人の間に不思議な緊張が生まれます。そこへからんでくるのがアルコール中毒の泥棒。その泥棒は、翻訳家に恨みを抱き、こそこそ動き回ります・・・

  ミステリ小説。

  折原一の長編デビュー作。「鮎川哲也と13の謎」企画の中の1作。「折原一といえば叙述トリック(物語/文章自体に仕掛けのあるミステリ)」といわれるほど、折原一は叙述トリックにこだわっている人ですが、やはりデビュー作である『倒錯の死角―201号室の女』も、凝った叙述ミステリです。

  登場人物はほとんど倒錯者、すなわち狂人・・・ 本当に狂人しか登場しないので、ちょっと辟易というか、うんざりします。しかし、だからこそ面白い。気の狂った人が語る(騙る)のだから、それ自体がミステリになるわけです。

  どこまでも混乱を誘う展開。もう、何がなんだかラストになるまで分からないです。ちょっと疲れる・・・ そういえば、『倒錯のロンド』とほとんど同じようなはなしじゃないか、と思ってしまいました。というわけで少し減点。でも、びっくりさせられます。面白いです。よくこんなことを考えるなぁ、と感心させられました。

  サイコホラー(人間の心の闇を描いた)サスペンスとしても読めます。しかし、やはり一種の本格ミステリです。


自森人読書 倒錯の死角(アングル)―201号室の女
★★

作者:  有栖川有栖
出版社: 東京創元社

  矢吹山のキャンプ場に遊びにやってきた英都大学推理小説研究会の4人組。彼らは、そこで他校の学生たちと出会い、意気投合して一緒に過ごします。そうして、学生達14人は楽しい数日間を過ごすのですが、帰りの日になって突如火山が噴火し、彼らはキャンプ場に閉じ込められます。そしてその中で連続殺人事件が発生します。いったい誰が犯人なのか・・・

  ミステリ小説。

  語り手(ワトソン役)は有栖川有栖という学生。語り手と、作者が同姓同名なわけです。それは、エラリー・クイーンの真似、というかオマージュ。作風も、似ています。とにかく「理屈」が大切。なんでも理屈だというところがそのままです。

  純粋な犯人当てもの、みたいです。文章はほとんど全て陳腐、キャラクター達も薄っぺらい、どこまでもありきたりなので、小説としてはそこまで評価できないような気がしました。しかも緊迫感が全くない。殺人が起きているのに、それほど大騒ぎしないキャラクター達が不可解。

  いかにも「浅さ」を感じさせられます。まぁその分、読みやすいけど。

  しかも、14人学生が出てくるのに、書き分けができていないような感じがしました。誰が誰なのか、分からなくなるし、いったい誰が殺されたのかも思い出せない・・・ もっと登場人物を減らしても良かったのではないか。

  まぁいろいろ文句書いたけど、そこそこ楽しめます。謎解きは納得。本格推理小説への愛が溢れた小説。これがデビュー作だというのは、立派なことなのかも知れない。


自森人読書 月光ゲーム Yの悲劇’88
★★★

著者:  山口雅也
出版社: 講談社

  短編集。

  A面。『密室症候群』。説明が難しい。ひっくり返ってひっくり返ってを繰り返します。『禍なるかな、いま笑う死者よ』笑ったまま死んでいた2人の男。いったい彼らに何があったのか。『いいニュース、悪いニュース』息子のデイビットがデートしたために退学になるかも、と知った母。なんと息子の相手が中年男だと聞いてさらに混乱・・・ 『音のかたち』音を巡る物語。なんと、歴史上有名なあの人が登場。『解決ドミノ倒し』ドミノ倒しのように延々と答えの出されない堂々巡り・・・

  B面。『「あなたが目撃者です」』「あなたが目撃者です」という番組で、レッド・リヴァー連続殺人のことが詳しく解説されていました。それを見ていたある家庭では、妻が夫をを疑い始めます。『「私が犯人だ」』夢見る文学者、グッドマン教師は、教え子で娼婦のレノラとともに逃避行へ出て、しかしレノラに拒否されて殺してしまうのですが・・・ 『蒐集の鬼』SP盤を愛し、それをコレクションするマッケリー。彼は幻のエレイン・レイニーのSP盤を探し回るのですが・・・ 『《世界劇場》の鼓動』。完全版にのみ収録されている作品。音楽と、世界の破滅を描いた短編。ミステリっぽくない作品。『不在のお茶会』3人の人間が奇怪な状況に放り出される。それぞれ精神科医、作家、植物学者。彼らは自らの状況を分析していき・・・

  盛りだくさん。読み終わるととけっこう疲れます。1つひとつどれもが凝っているんだけど、玉石混淆です。面白いのもつまらないのも混じっています。僕は、『禍なるかな、いま笑う死者よ』、『解決ドミノ倒し』あたりが面白いなぁ、と思いました。

  山口雅也はあとがきの中で、「狂気」と「逸脱」がテーマと書いています。確かにミステリから逸脱したものも多い・・・


自森人読書 ミステリーズ 完全版
★★★★

作者:  北村薫
出版社: 東京創元社

  連作短編集。『織部の霊』『砂糖合戦』『胡桃の中の鳥』『赤頭巾』『空飛ぶ馬』収録。私(古書店回りが趣味の女子大生)が語り手、落語家・春桜亭円紫が探偵役。

  『織部の霊』。大学の先生と仲良くなり、その縁で落語家の春桜亭円紫と対談することに。その席で、先生が子どもの頃のことを語りだします。彼は、夢の中で見たこともないはずの古田織部正重然に出会ったというのです。いったいそれはどういうことなのか?

  『砂糖合戦』。私は、紅茶専門店「アド・リブ」で、奇妙な光景に出会います。三人の女の子達が、砂糖をかわるがわる何杯も自分のカップに入れていたのです。、いったいなぜそんなことをしているのか?

  『胡桃の中の鳥』。私と正ちゃんは蔵王に赴き、江美ちゃんと落ち合い、楽しい旅行へと乗り出します。そして、以前貰った円紫の講演会の券を使い、落語を聴くことに。しかし駐車場で不可解な出来事に出会います。車のシートカバーがはずされていたのです・・・

  『赤頭巾』。歯医者の待合室で会った女性から、公園に現れる「赤頭巾」の話を聞かされた私。いったい、どういうことなのか・・・?

  『空飛ぶ馬』。幼稚園のクリスマスパーティを録画して欲しい、と母の友達から言われ、呼ばれた私。そこで、その女性からまたまた不可解な話を聞かされます。深夜、幼稚園に設置された馬が消えていたというのです。馬が空を飛んだのか?

  北村薫のデビュー作(当時は覆面作家だったため、どのような人なのかと騒がれたらしい)にして、円紫さんと私シリーズ第1作目。「鮎川哲也と13の謎」企画の中の1作。

  「日常の謎」系ミステリ(殺人・誘拐など格別重大な事件が発生しないミステリ)というジャンルを世に広め、その後のミステリ界に大きな影響を与えた作品。まず文章が良いです。味わいがある、というか、日本語としておかしい表記が多く見られるミステリ作家の中で飛びぬけて気持ちの良い文章のような気がします。しかも突飛な殺人事件が起こることはないのでとても入りやすい。


自森人読書 空飛ぶ馬
★★★★★

著者:  山口雅也
出版社: 東京創元社

  物語の舞台は、ニューイングランドの片田舎、トゥームズヴィル。「今、アメリカの各地で不可解な事態が発生しています、死者が次々蘇っているのです」とニュースで報じる中、バーリイコーン一族の経営するスマイリー霊園で、殺人事件が発生します。死者が蘇るというのに、人を殺すことに何の意味があるのか?

  ミステリ小説。

  主人公、つまり探偵役はパンク青年のグリン。死のことばかり延々と考えているような男です。なんと、彼は物語の途中で殺害されてしまいます。そして言葉通り「生ける屍」となって事件解決を目指すこととなります。グリンの相棒は、同じくパンク女のチェシャ。どことなく抜けているところはあるけど、愛嬌があって実は鋭い女の人です。その2人のコンビが最高。

  最初にある登場人物の紹介(30人くらいがずらーっと並んでいる)と、物語の概略を読んで複雑な物語なのかと思い、警戒して読み始めました。確かにかなり入り組んではいますが、一時にたくさんの人物がでてくることはないし、文章は端正。だから非常に読みやすかったです。

  コメディタッチな部分がたくさんあって楽しいです。溢れかえる衒学趣味には少し閉口させられるけど、読み進めるうちに楽しくなってきます。ギャグになっているのです。しかも、全てが伏線として成立しています。素晴らしい、というしかない。

  ラストシーンは悲しすぎる。悲しいことなんてないんだけど、やっぱり悲しい。感動。

  これまで読んできた推理小説の中で、最高の傑作のひとつだと僕は感じました。「異色ミステリ」と紹介している人がいます。確かに死者が蘇るというびっくりな設定を持ち込んだところは特殊です。だけど解説にも書いてある通り、内容は王道の本格ミステリ。

  山口雅也のデビュー作。最初から傑作。


自森人読書 生ける屍の死
★★★★

作者:  泡坂妻夫
出版社: 東京創元社

  アマチュアの奇術同好会マジキクラブは真敷市公民館の20周年記念のショーに呼ばれることになりました。そのショーの日、11人の奇術師たちは時には、というかけっこう色んな失敗をしつつも、次々と華麗な技を披露していきます。

  そして、最後のフィナーレ。人形の家から女性奇術師の水田志摩子が登場するはずだったのですが、なぜか現れません。そうしてショーはなんともしまらない幕切れとなります・・・ その後、事態は急変します。水田志摩子が自宅で死体となって発見されたのです。そして、その周りには短編集「11枚のとらんぷ」に沿った小物11個が毀されて配置されていました・・・

  「11枚のとらんぷ」というのは、マジキクラブをつくった奇術師・鹿川舜平の短編集。とても面白いものの実用はできなさそうなマジックを集めたもの。作中作。

  日本語としておかしな部分が随所にあって、それが凄く気になるんだけど・・・ しかしミステリとしてはとても面白いです。★5つでも良いくらい。

  泡坂妻夫にとってこれは初の長編小説だそうですが、最初から傑作。ちょっとアンフェアっぽいんだけど(どんなに考えても、絶対に犯人にたどりつけないような気もする)、それでも素晴らしいです。散りばめられた伏線が回収されていくラストが感動的。

  これぞミステリ小説。


自森人読書 11枚のとらんぷ
★★★★★

著者:  山田正紀
出版社: 双葉社

  30分間宙に浮かんだあと墜死した男、各所に登場する不可解なトランプ。主人公の女性が信じる平行世界のこと、オペラ『魔笛』の解釈。残された旧仮名遣いの文書の引用、古典ミステリへの言及。さらに、三大奇書への言及。銀仮面で顔半分を隠している謎の人間、甲骨文による見立て殺人。2メートルもの巨人の骨の発掘、戦闘中に消失する列車。日本が満州国に押し付けようとする新たな「神話」。検閲図書館なる謎の存在、暗躍する幾つもの組織。

  まぁそういった目くらましに引き込まれちゃいけないんだろうけど。これでもか、というくらいに繰り出される魅力的な謎と小道具には感心するしかないです。

  SF的/ファンタジー的設定を用いたミステリ小説。

  物語は、現代(平成元年)の東京と、昭和13年の満州国をいったりきたりします。とてもごちゃごちゃになっていて眩暈がしてくるのですか、最後に到達すると、全ての謎が一応きちりと解決されます。大風呂敷を広げた割には、全てがしっかりと消化されきっていて、素晴らしい。

  推理作家・小城魚太郎の著作『赤死病館殺人事件』の中の一文が、何度も引用されて、とても印象的です。「この世の中には異常(アブノーマル)なもの、奇形的(グロテスク)なものに仮託することでしか、その真実を語ることができない、そんなものがあるのではないか。君などは探偵小説を取るに足りぬ絵空事だと非難するが、まあ、確かに子供つぽいところがあるのは認めざるを得ないが、それにしても、この世には探偵小説でしか語れない真実といふものがあるのも、また事実であるんだぜ。 」

  山田正紀は、2段組680ページという分厚さでもって語るわけです。「昭和史」とはすなわち「探偵小説」なのだ、いや「探偵小説」によってこそ見えてくる「昭和史」があるんだ、と。

  著者が最後に提示するのは、「推理小説」による昭和史の総括。そして、「巨大な力に押し潰された弱者の声を掬うというのは凄く難しいことだけど、やっぱり為されなければならない」という意思。受け付けない人もいるようですが、僕は著者の態度はとてもかっこいいと思うし、『ミステリ・オペラ―宿命城殺人事件』は傑作だと思います。


自森人読書 ミステリ・オペラ―宿命城殺人事件
★★★

作者:  湊かなえ
出版社: 早川書房

  夏休みの前の日、高校2年生の由紀と敦子は、転入生の紫織から「実は自分の親友が自殺した」という話を聞かされます。由紀と敦子は、同時に「人が死ぬ瞬間を見たい」と思い、しかしその思いを胸に秘めたまま夏休みになります。2人は別々に動き出しました。由紀は、病院にいき、重病の少年死を看取ろうとして、敦子は老人ホームで手伝いをし、老人の死を看取ろうとします・・・

  最初読み始めたときは、湯本香樹実『夏の庭』を連想しました。『夏の庭』も人の死ぬ瞬間を見てみたいという好奇心から町外れに住むおじいさんを見張ることにした3人の少年たちの物語。まぁそちらは、最後には心温まる話になるのですが、『少女』はそういう感動の物語を嘲笑うかのように、女子高生の成長しない姿と、乾いた残酷さを書き出します。

  笑ってしまうような展開。

  2人の足取りは最終的に絡み合います。うまくいきすぎ。あほらしいといってしまっても良い気がします。まぁこれは小説だから良いのか。

  読者に嫌悪感を抱かせるような描写をしておきながら、かといってそこを主題にすえずにうまくそらしていき、最後にはきちりとオチをつける。みごとというしかないです。まぁ『告白』のほうが衝撃的ではあったけど、今回も面白い。

  しかし、もうそういうやり方に慣れてしまって、そこまでショッキングではなくなってきました。湊かなえはいったいどこへと向かっていくのか。もっとエスカレートさせていき、さらに反感を買うような作風にしていくのか、それとももっと別の道をとるのか。興味があります。


自森人読書 少女
★★★★

著者:  横山秀夫
出版社: 講談社

  横山秀夫の短編集。『動機』『逆転の夏』『ネタ元』収録。

  『動機』
  警察手帳一括保管を提案した警官が危地に追い詰められた警察官・貝瀬の物語。この事件は内部の犯行なのか、外部の犯行なのか・・・? 貝瀬は独自に追求していくのですが、最終的には意外な人が犯人と分かります。

  『逆転の夏』
  かつて女子高生を殺してしまった男が主人公。彼のもとに殺人依頼の電話がかかってきます。どうしてその事実が、その何者かにばれているのか・・・?どんでん返しが見事。

  『ネタ元』
  女事件記者の物語。彼女は、主婦殺人事件のまとめを担当していました。しかし、やたらと飛ばす原稿を求められ、反発。そんな中で、東洋新聞という大手から引き抜きのはなしを受け、心揺らぐのですが・・・
  『密室の人』
  裁判中に居眠りしてしまい、窮地に追い詰められた裁判官の物語。妻の名を連呼したことが致命的。彼はどうなるのか・・・?

  横山秀夫という人の短編小説は重くて面白いです。まっとうな主人公。彼らに重くのしかかる過ちや、過去の出来事。とても重くて、読んでいて疲れを感じるほどです。しかし、そこが良いのではないかと感じます。これで長編だったら、読むに耐えないだろうけど、短編だから入っていけます。

  ぎゅっと圧縮された物語と、短く切られた読みやすい文章。それがうまい具合にかみあっています。凄い、というしかないです。


自森人読書 動機
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